第76話 身体髪膚傷つけぬは五孝のはじめ(1)

「――母さん。明けましておめでとう」




「……単刀直入に言います。竜蛾組から手を引きなさい」




 おいおい。年始の挨拶なしでいきなりそれかよ。




「それは、竜蛾組を潰したら、新しい素体が手に入りにくくなるから?」




「――仕入れ先は一つではありません。この私がリスクヘッジを怠るとでも? そもそも、素体が減れば、間接的にあなたへの人材供給も減らさなくてはいけなくなるのですよ」




 まあね。今の俺はコンビニの廃棄を漁るバイトに近い立場だからな。




 でも、もう呪い持ちばっかり増やされても困るんだよ。参拝客が増えたとはいえ、たまちゃんのキャパにも限界がある。女の子たちも日常的に解呪メンテしなきゃいけないし。




「わかってる。別に俺だって母さんと敵対したい訳じゃないんだよ。でも、俺は正当な商行為で競争する以外のことはしてないのに、いつも向こうから、道理に外れた攻撃をしかけてくるんだ。だから、こちらから謝る義理はないし、謝ったらナメられるよね。」




「謝れとは言っていないでしょう。……会談の場を設けるよう働きかけます。手打ちの証として、あなたの手駒から一人、生贄を差し出しなさい」




「かわいい部下をそんな理由で差し出せないよ。金銭的な面での妥協ならともかく」




 俺は即答した。




「実利と面子が一体化している相手は、目には目をの血の対価を払わなければ納得しません。手駒を捨てるのが嫌なら、こちらから廃棄前の個体を送ります。それを生贄として使いなさい。体裁さえ整えばいいのです。その後で金銭的な交渉に移ればいい」




「そういう問題じゃないよ。多分、送られてきたら、俺はその子を助けるよ。助けずにはいられないと思う。だって、その子は何も悪くないんだし」




 俺は鬼畜ママンとは違う優しいマスターというキャラで部下の歓心を買ってるんだよ。一見効率的に思えても、長期的に考えて部下の信頼を失うような真似はできるか。




 メタ的にいえば、主人公がそれっぽくないムーブをすると必ず報いがあるってことだ。主人公には主人公特有の行動制限というものもある。




「――私は、相応の対価を払う者を、区別しません。分かりますか?」




「回りくどい言い方しなくてもいいよ。敵が母さんから傭兵を雇おうとしているということでしょ?」




「それが分かっててなお、あなたは私の提案を蹴るというのですか?」




「うん。そりゃ、ダイヤやミケくんが出てきたら怖いけど、さすがにそういうことはないでしょ?」




「サードニクスから聞いたのですか。ええ。ヒドラはそれほど安くはないですよ。あれは国家規模の案件で用いる存在であって、暴力団ごときに貸し出したりはしません」




「なら、問題ないね」




 俺が怖いのは変に続編のキャラと絡んで厄介なフラグが立つことだけだ。モブが出てくるならビビる必要はない。




「あなたは、日本の暴力団の資金力を甘くみていませんか。彼らには、蛭子を二桁揃えるだけの金があります。あなたもまた、あの男とつながりを持っているようですが、現状、こちらが有している装備はあなたが持っている物より、優れていますよ。対するあなたの戦力は、蛭子クラスのサードニクスと、後はプラナリアの雑兵が少し。仮に完全装備の蛭子クラスを二桁用意されても、勝てると言うのですか?」




 わかってる。現状のママンとシエルお兄様たちの俺に対する認識は、二流の人材と二流の装備でイキってるガキって感じだもんね。アイちゃん以外も、続編チートでパワーアップしてることを、ママンたちは知らないから。




 ソシャゲ風に言えば、重ねてないSSRより、重ねたRの方が全然強いんですよ。




「どうかな。俺の子たちも一生懸命訓練してるし、ゲリラ戦法なら戦力の多寡はあまり関係ない。そして、もし本丸のこの村に攻め込んでくるなら、地の利はこちらにあるよ」




 という勝算があることにしておこう。




「……戦争は第三者になれば儲かりますが、矢面に立つ当事者になれば損しかありません。それが分からないほど、あなたは愚かではないでしょう」




 あれれー、おかしいぞ? いくら俺を心配してくれてるとはいえ、ママンがこんなに戦争を嫌がるなんて珍しいな。いつものママンなら、『金が貰えて戦闘データも取れてラッキー』くらいに考えそうなものなのに。




 何か私的に介入しなければいけない事情が――あっ……(察し)。

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