第57話 町を守るいいヤクザ(2)
「――どうも、昨日はうちの若い衆がお邪魔したみたいやな。全く、うちのモンは血の気が多くて困るわ」
のっそりと現れた着物姿の親分がテンプレヤクザセリフを吐いて、テーブルを挟んで対面のソファーへと腰かけた。口元には、恫喝的な笑みが浮かんでいる。
「いえいえ。おかげで、色々と学ばせて頂きました」
俺は涼しい顔で答える。
『中々貫禄があっていいですねー。親分さんのセリフは後からアテレコしましょう。――シーン41、スタート』
『一人で来たわ。だから、返して。彼を』
あっ。なんか後ろで小芝居が始まってる声がする。
シリアスな雰囲気が台無しだけど、スルーしとこ。
「ほう。殊勝なこっちゃ。それで、今日はどないな用件でうちに来たんや?」
親分が、キセルタイプのタバコを取り出す。部下がすかさず火をつけた。
親分も後ろのやつはシカトしてくれるらしい。空気が読めるぅー。
『祐樹くん。ちょっと頭を下げてもらえませんか。画が被ります』
白山監督うるさい。
「ええ。それはもう、これまでの無礼をお詫びするために、誠意を見せに参りました」
俺は軽く会釈をした。
もう。これでいいか、監督。
「ほう。そりゃ結構やな。ワイは回りくどいのが嫌いやねん。見せてもらおか。坊ちゃんの誠意ってやつを」
親分はタバコの灰をテーブルの上の灰皿にトントン落としながら言った。
「はい。では、こちらをお納めください」
俺は手提げの紙袋を親分へと差し出す。
『これがあなたの欲しがっていたものでしょう』
小百合ちゃん。大喜利大会じゃないんだから、俺の行動に合わせてセリフを言うのやめない?
「おい」
親分は顎をしゃくる。配下のチンピラが俺の差し出した紙袋を受け取る。
中身を検あらためたチンピラが、親分に何やら耳打ちした。
「――これが坊ちゃんの誠意か?」
ギョロっと親分の視線が険しくなる。
「ええ。地元の名物のぬばたま団子です。皆さんで召し上がってください」
底に山吹色のお菓子でも入ってると思ったか?
正真正銘、たまちゃんが早起きして丹精込めて作ってくれたただのお団子だよ。
「――もう一度だけ聞くで。ほんまにこれがあんさんの『誠意』っちゅうことでええんやな?」
『まだ足りないの? どこまで欲するの? 私たちが求めることが許されるのは、この両腕で抱きしめられる分だけなのに』
「ええ、そうです。本当にすみませんでした。長年、地元で営まれていたあなた方に、何らかの形でご挨拶はするべきだということは分かっていたんです。ですが、言い訳させてもらいますと、入札前に地元の業者同士が接触するのは、談合を疑われる可能性があるので、連絡を取ることは控えていたんですよ」
俺はとぼけるように言葉を並べ立てた。
小百合ちゃんと俺とのダブル挑発が見事に決まったぜ!
「なめんなやゴラぁ!」
突如態度を豹変させた親分が声を荒らげてテーブルを蹴飛ばす。
ガンっ! っと灰皿が跳ね上がり、俺の足下へと落ちた。
「なめている? なんのことでしょう。俺は同じ地域で働く者として、こうしてきちんと挨拶をして、誠意を見せました。これ以上、何を望まれますか?」
「誠意っちゅうのはなあ、言葉ちゃう! 金額や! チンチンに毛が生えとらんお前でも、札束の枚数くらい数えられるやろがい! おおん!?」
親分がテーブルの上に片脚を乗せて、肩をはだける。毒々しい色をした蛾の刺青が、俺の目に飛び込んできた。
ウホッ。いい身体!
『あなたは、臆病なヤマアラシ。針の鋭さを自慢しても、むなしいだけよ』
「お金ですか? よくわかりません。ビジネスマンにとっての誠意とは、サービスに対してきちんとした対価を支払うことだと思います。あっ、そうだ。本格的に映画の撮影に協力してくださるなら、相応のギャランティーをお支払いしますよ?」
俺は「名案を思い付いた」とでもいうように手を打った。
無論、煽りである。気分はさながら、高速の追い越し車線をチンタラ走ってる軽自動車だぜ!
「ほうか。そうかい! おんどら、ワシらをおちょくるために来たって訳やな! ほんなら、こっちも相応の礼をしたらなあかんなぁ!」
ドンッっと、奥の扉が開く。
拳銃やら刀やらで武装したチンピラがワラワラと姿を現した。
「――暴力に訴えるおつもりですか? あなた方の一挙手一投足は、今も撮影されています」
「関係あるかい! カメラなんぞぶち壊したらしまいや! それとも、せっかくやから、そっちの小娘でポルノ映画でも撮ったろか!」
親分が下卑た笑みを浮かべて言った。
オヤビンは将来みかちゃんに手を出そうとするスケベおじさんだからね。
「それが、あなた方の誠意ですか。では――、こちらもそちらのやり方でお付き合いしましょう」
『今この瞬間から、私は鬼も恐れる鬼となる!』
小百合ちゃん! 俺のかっこつけシーンを盗らないで!
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