第47話 名監督はいい画のために民家を壊す(3)

「お、俺ですか?」




「――ええ。試しに、あなた、演ってみてもらえませんか?」




 疑問形をとっているが、有無を言わせない圧がある。そりゃ確かに主人公くんの中身はおっさんの俺だからな。諦念も達観もあるけどよ。




「いや、でも、その、出資者本人が映画に出るっていうのは、なんか、こう、傲慢というか、地方のイタくてダサいワンマン社長みたいで嫌なんですけど」




 監督が演者としても出るっていうのはたまに聞くが、出資者が主役として出るなんて話聞いたことない。そんなことしたら、俺かなりアレな奴じゃん。ア〇ホテルの社長じゃないんだからさ。




「イタくてダサいかは、あなたの主観に過ぎないのではないでしょうか。客観的にいえば、出資者のあなたを損させないためにも、ベストな映画を撮るために最善を尽くすべきだと思います。そして、新たにオーディションをするよりは今いる人材を使った方が経済的でもある。協力して頂けませんか」




 白山監督はそう畳みかけてくる。




 こいつ、正論で追い詰めてくる《ロジハラ》おじさんか!?




 パワハラおじさんの次に上司にしたくないタイプだわ。




「祐樹くん、試しにやってみるだけなら、構わないのではありませんか。祐樹くんは記憶力がすごいから、脚本は全部覚えてますよね? 服のサイズも香くんと大差ないですし」




 祈ちゃん、余計なこと言うんじゃねえよ。基本は空気が読める子なんだけど、創作になるとガチだからなー。




「う、うん。まあ、覚えているけど、演技の練習はしてないよ」




「まあまあ、食わず嫌いせずに、やってみてください」




 俺は白山監督に押し出されるようにして、現場に出た。




 予備の禰宜の服を着て、現場に立つ。




「ぷひひ、ゆうくんと恋人役、うれしーな」




 ぷひ子は無邪気にぷひぷひ喜んでる。




 黙れ納豆女が! 鮒ずしと一緒に箱詰めにされろ! くっそ。こいつの好感度はこれ以上稼ぎたくないのに。




(くっ。どうする。わざとクソみたいな演技をして、5億パーセント監督が見限るようにするか? ――だが、そうすると確実にヒロインたちからの好感度は下がるな)




 基本、ギャルゲーにおいて、真面目にやるべきところで手を抜くのはミスチョイスである。一生懸命やった上で失敗するのはいいのだが、不真面目キャラでも、『意外と真面目な所もあるんだ。素敵!』な好感度を稼いでくのが基本だ。




(んー、真面目にやってみるか。少なくとも俺の演技が香より上手いってことはないだろ)




 俺は楽観的にそう考えて、それなりに真面目に演技をした。








「カット!」






「うーん、やっぱり違いますねえ」




「あっ。やっぱりそうですか? 俺なんかじゃダメですよやっぱり。不満なら急遽、この村で新しくオーディションをするか、小百合さんの事務所に相談を――」




「いえ、祐樹くんの演技はいいですよ」




 ウキウキで役を降りようとする俺を、白山監督の声が遮った。




「えっと、じゃあ、何が違うんですか?」




「それはもちろん、ヒロインですよ。ヒロインも、違います。こう、しっくりきません」




「ぷひゃ!?」




 突如水を向けられたぷひ子が泡を食ったように目を見開く。




「えっと、どういうことでしょうか。今回のヒロインは、そもそも美汐ちゃんを念頭に作ったので、ズレているはずはないのですが……」




 祈ちゃんが困惑したように言う。




「ベースの性格で表現するなら、まさに美汐さんは適役でしょうね。しかし、ストーリー上ではどうでしょうか。今回のヒロインは、将来、単身で暴力団の事務所に乗り込んでいくような女子高生になる訳です。常軌を逸している。つまり、ある種の狂気を孕んでいる訳ですよね。ただの天然のポヤポヤした女の子ではない。ならば幼少期からその片鱗は見せておくべきだと思うんですよねえ」




 あ? なに言ってんだこら。ぷひ子は狂気の塊だぞ。バッドエンドルートのバーサクモードぷひ子のヤバさをしらねーからそんなこと言えるんだぞこら。監禁されて、熟成肉にされたヒロインズを食わされる主人公の気持ちになってみろ。殺すぞ。




「――確かに、おっしゃっていることは一理ありますね」




 おい、祈ちゃんも納得しちまったよ。こっちも創作に関しては妥協しない派だからな。友達が出演しているからとはいえ、忖度なんかしない。




「えっと、でも、監督、狂気を孕んでそうな子なんて、いますかね?」




 俺はおずおずと問うた。




 ぶっちゃけくもソラのヒロインは全員狂気を孕んでいるのだが、監督が言いたいのはそういうことではないようだ。




「そうですねえ。私の見立てでは、名前は存じ上げませんが、そちらのお嬢さんなどよいかもしれないと思うのですが……」




 なんと監督が白羽の矢を立てたのは、俺の護衛として現場に来ていたアイちゃんだった。

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