第20話 騎士と傭兵

「シズク、皆は?」


「ヨシュアたちはHQで今日も若樹に偵察中。アリアナから斥候が周辺を演習行動で索敵中だってさ。たぶん、ここもボツボツ見つかるね――そっちは?」


「さすがに人数が多すぎる。これだけの人数が街から離れた場所に避難するのは無理だな。街長との話し合った結果、アピスの群れが近づいてきた時点でいくつかの施設に分散して避難するということになった」


「よく、大人しく話がまとまったな」



 分枝の街よりは小さいが、幼樹の村よりはずっと大きな規模の街だけにもっとめるかと思っていたシズクは少し驚いたように街を眺めた。


 簡単に全員が分散して避難とは言うが、その規模は数千人の数におよぶ。ましてやアピスとは敵対関係にない樹下の民だけに、そもそも変異種アピスの脅威を理解出来ないのではないか……と心配していたのだが。



「事前に成聖樹騎士フェーバー・クラン・ローデンを通じて騎士団から通達を出してもらえたのが効いた。おかげであっさりと話がついた。正直、あのお方が出てきたときはどうなるかと少しばかり不安だったのだが」


「まあ、おっかない感じだったよな……」



 仮想空間越しで直接会ったわけでは無いが、さすがに騎士団の重鎮というだけあってその迫力は十分に感じ取れた。



「不遜だぞ。そんなわけでな、こちらの準備は整った。あとは群れが出てくるのを待つだけだ――カルディナ!」


「怒鳴るなっての。いつでも行けるぜ。久々の全力戦闘だから、手前ぇら抜かるんじゃねえぞ。ラン! ドモロク! レキ! お前ら、間違っても落ちるんじゃねーぞ。赤目が予定通りにフラつきだしたら、赤目野郎の撃墜はお前らの仕事だかんな。アタシらとスイッチだ。シン、マツキ、キャシーは引き続き、雑魚ざこの掃討だ。《アジュールダイバー》で足使ってかき乱せ。《竜骸ドラガクロム》戦は無しだ。一匹も街に近づけるな!」



 街の防衛兼あかあかばねの迎撃を兼ねる6個分隊のリーダーたちがそれぞれふてぶてしい表情でカルディナを取り囲んでいる。

 誰も彼も久しぶりの戦闘に張り切っているのか、沸き上がる興奮を抑えられないで居るようだった。



「心配しなくとも、こんだけ武装も整備も充実してんだ」


「手前ぇらのことなんて心配してるか、ボケ。死に戻ってラクしやがったやつぁ、後でアタシがもっぺんぶっ殺すからな。全部落とすまでは落ちんじゃねえぞ。その後なら、勝手にくたばれ。パーティの分け前が減るからよ?」


「ボスが真っ先にちないか、そっちの方が心配なんですがね。隊長、副隊長! うちのボスの子守、よろしくお願いしやす!」


「るせえ、ボケ。アタシの方がこいつらより年季入ってるっつーの」



 笑いながら自分の機体へと散っていく部下を見送っていたカルディナが、改めてシズクとセレスティーナに向き直る。


 そこにいたのは最近の慣れた雰囲気の少女では無く、初めて出会った時の凶猛なオーラを内に秘めた、もう1人のカルディナ・コーンズだった。



「どいつもこいつもやる気満々だ。安心したか?」


「最初から不安など無い。彼らの能力は私とシズクが一番よく知っている――何しろ、ずっと仮想敵機役アグレッサーだったからな」



 2人の少女が笑い合っているのを横目で眺めていると、まるで準備が整うのを待っていたかのようにヨシュアとアリアナの乗るHQから無線が飛び込んできた。



『出た出た出た。今、そっちにまっしぐらだ。出来るだけそっちに引きつけて……と言いたいけど、出来ればもう少し手前で迎撃した方が良さそうだ。数はさほどでもないけど、一匹でも逃がすとヤバイ感じがプンプンしてる』


「了解した。そちらは手を出さずに群れをやり過ごしてくれ。こちらが迎撃に入ったタイミングでそちらも攻撃開始だ」


『了解。そっちの状態はこっちで常時監視ワッチしてるから、指示は要らないよ。あかあかばねに集中してくれ。ちゃんと抑えてくれないと作戦が前提からひっくり返る』


「心配すんな、ジョッシュ――じゃ、先に上がってるぜ」



 軽やかに愛機へと走り寄るカルディナを見送っていたセレスティーナがぽつりとシズクにつぶやいた。



「すっかり巻き込んでしまったな」


「……まあ、気にしなくてもいいんじゃないのか? コーディーもみんなも楽しんでるみたいだし」


「……。連中じゃ無い。いや、連中もだが……お前のことだ、シズク」


「俺? もしかして、気にしてたのか?」


「それは……そうだろう。今回の件は完全に私の……私情だ。騎士は失格だな」



 少しねたようなセレスティーナの口ぶりの中には若干の後ろめたさが含まれていた。

 おそらく彼女自身は意識していないのだろうが、やはり騎士団やイリエナを裏切るような形になってしまったこと、それらが貴族である彼女の一族などにも影響を及ぼすであろう事、そういったもろもろのことが部外者であるはずのシズクを巻き込んでしまったという、一種の罪悪感につながっている。


 何をいまさら、というか水くさいというか。


 そう思わずにはいられない。


 そもそも、セレスティーナがきゆうきよ、騎士団に呼ばれる理由になったのもシズクが強引にねじ込まれたために人数が合わなくなったという側面がある。



「どっちにしろ、最初からイレギュラーだったんだから今さら気にされても困るって。そもそもセレスが呼ばれたのだって、俺がはみ出たからだろ? そう考えたら最初に巻き込んだのは俺の方になるわけだし」



 そこから考えれば、どちらかというとシズクが巻き込んだという考え方も成立する。シズクがいなければおそらくセレスティーナはどこか別の騎士団に今も所属していたはずだ。



「シズク。それは、さすがに無理があるぞ」


「そうか、な?」


「そうだ。別にお前がはみ出たくてはみ出たわけではないだろう。他の誰かが私の元に配属されていてもおかしくなかったわけなんだからな」


 

 やっぱり、ちょっと強引かなと思いながらのシズクの言葉だったが、やはりセレスティーナはごまかされなかった。

 シズクの言葉をやんわりと否定しながら、それでも笑顔を浮かべてみせる。



「だが、まあ。そういうことにしておこうか。私にはシズクぐらい、そのなんだ。がさつな方が合っているようだしな。今さら、変えられても困る」


「そうそう。今さらだって。どうせ、これからまだまだ長い付き合いになるんだしな。そんな面倒なこと気にしてたら、こっちが困る。アレだよ。要するに俺とセレスの間には縁があったってことだよ」


「縁?」



 あまりトゥーンにはみのない言葉だったらしく、S・A・Sスキル・アシスト・システムく翻訳出来なかったらしい。

 懐かしい、日本語そのものの発音でセレスティーナが【縁】と繰り返す。



「……どういう意味だ?」


「なんていうのかな……運命ってのはちょっと言い過ぎだしなあ。本当に縁としか言いようがないんだけど。なんていうか、俺とセレスがこうなるような、そういう巡り合わせがあったっていう、そんな感じの言葉だよ」


「……縁、か。まあ、そうだな。騎士とようへいの巡り合わせ、か」



 なんとなく気恥ずかしくなってきたところで、2人して顔を見合わせて肩をすくめ合う。



「いや、シズクももう従騎士だったな。そろそろ野蛮人は卒業してくれないと困るぞ」


いまだにピンと来ないんだけどな」


「そのうち慣れる。私もそうだった。さ、そろそろ私たちも上がるぞ。またカルディナが妙な邪推をすると困る」



 すっかりと《アジュールダイバー》にも慣れたセレスが操縦席へと潜り込む。ヨシュアか誰かに教えられたのか、サムアップしながらキャノピーを閉じる。



「騎士とようへい、か」



 それが、今は騎士と従騎士だ。

 そして、これから先はというと、それはまだわからない。


 セレスティーナに続いて、自分の新しい愛機に乗り込む。すっかりんだコクピットでプリフライトチェック。

 すでに動き出しているセレスティーナの後に続いて、草原を滑走。空へと舞い上がる。



「騎士とようへい、ね」



 シズクは誰もいないコクピットの中で、もう一度その言葉を繰り返した。

 

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