第14話 不本意な任務完了

「……どうにも不気味だな」


「ああ」



 シズクとセレスティーナは順調に消化されているステージ1の進捗を確認しながらも、共に浮かない表情のままだった。


 シズクとカルディナの強硬偵察の結果、危惧していた赤目赤翅と同種のアピスの姿を確認することはなかった。

 ただ、その代わりに世界樹の空巣だけではなく周辺に点在している樹下の民の村においても異変が見つかっている。


 より正確には村の痕跡というべきだろう。


 どの村にも人影は無く、遺棄されたのか全てが廃墟となっていたのだ。


 遺棄されて、どれぐらいの日数が経過しているかまでは判別出来ないが樹下の民が暮らしている生きた村とはひとつも接触できなかった。


 魂結晶を持たない彼らはミードを必要とせず、その意味ではアピスと敵対関係には無い。とはいうものの、やはり縄張りを侵せば襲われるためアピスの勢力範囲の拡大と共に村を放棄した。

 というのは確かにありそうな話ではあった。


 しかし、まったく逆に全滅した後という可能性も否定出来ない。


 どちらにしても、スッキリとしない話だった。



「考えててもしゃーねーって。こっちの仕事はきっちりやってんだ。やることやっときゃ、そっから先は上の連中の仕事だろ?」


「まあ、それはそうなのだが」


 現状ではほとんど戦闘が発生していないため、どことなく欲求不満なカルディナを眺めながらシズクは部隊の損耗度を纏めた表に目を移した。


 カルディナに限らず、セレスティーナが積極的な交戦は禁止するという指示を出しているのが功を奏し現時点では死に戻りの数はゼロのまま推移している。


 数機の《アジュールダイバー》が損耗で後退し修理を受けているが、こればかりは遭遇戦そのものをゼロには出来ないので致し方ない。


 むしろ、かなり慎重な索敵によるマッピングを行っているために日数の超過の方が問題になりつつあった。



「また、作戦司令部から文句が来てるよ」


「……わかった。今、行く」



 無線を受けたヨシュアに呼ばれ、セレスティーナが席を立つ。作戦完了を催促する連絡はすでに今日だけで3度目だった。



「ボツボツ潮時かな。概ね、マッピングも完了したし」


「だな。つか、セレスは何をカリカリしてんだ? そんなに赤目赤翅つったか? ヤバいのか?」



 ランプの光を眺めながらプラプラと椅子で舟を漕いでいたカルディナがシズクに目を向ける。すでにセレスティーナが何度か情報を共有しているものの、カルディナはもちろんヨシュアやアリアナでさえもイマイチ、ピンときていないようだった。


 だが、その危険性を知っているシズクにしてみればセレスティーナの慎重さは理解出来る……というよりもむしろ当然のように思える。



「ああ。個体がとんでもなく強力っていうのもそうなんだけどさ。群れの危険性がとにかく半端じゃないんだ」


「確か人を襲うんだろ? けど、それなら普通のアピスにしたって襲ってくるよ?」


「襲うっていうよりも、エサなんだよ。人間が」



 あの騎士の記憶は今もシズクの中にこびりついている。樹下の民もトゥーン人も見境無く狩られて、そのまま肉団子にされていく血と脂に塗れた記憶だ。



「たまたま、亡くなった騎士の記憶を見る機会があったんだけどさ。あれを見たら……怒りでおかしくなる」


「そんなに?」


「目の前で、大人も子供も片っ端から、その肉団子にされていくんだ。生きたままで……」



 その光景をありありと脳裏に思い浮かべたのか、ヨシュアが心底イヤそうな顔になる。



「それは……ぞっとしないな。そんな死に方だけはゴメンだ」


「つまり、シズクはあれか? 空っぽの村の連中が食われちまったんじゃねーかって考えてるってことか?」



 カルディナにシズクは黙然とうなずいた。シズクだけでは無い。セレスティーナもまたそれを前提に偵察作戦を組んでいた。



「まあ、ね。もし、赤目赤翅が複数いたら……たぶん、大隊規模でも全滅する。実際、たった一匹で10人以上のトゥーンの騎士を殺してるんだから」


「つっても、シズクとセレスの2人がかりでどうにかなったんだろ?」


「条件が良かったんだよ。狭い巣の中で、しかも女王アピスを護ってるところを不意打ちしたんだから。それでも、俺もセレスも《竜骸ドラガクロム》がボロボロで結局置いて帰るしかなかったわけだし。もし、赤目赤翅に有利な普通の空戦で《竜骸ドラガクロム》戦闘になったら……10分は保たないと思う」



 淡々と語るシズクに何を大げさなと半ば笑っていたカルディナだったが、その表情よりも声を聞くうちにようやくシズクの言う危険性が理解出来てきたらしい。


 シズクの話が終わると、じっと目を閉じ瞑目し始めた。しばらく、静かな時間が流れてやおらカルディナが目を開く。

 その表情は当初よりもずっと深刻でありながらも楽しげなものだった。



「……確かにシズクがそういうんなら、アレだな。気合い入れて行く必要があるな。うちの連中は前に出せねえや。誘導ミサイルとかありゃあいいんだけどな」


「あっても当たらないよ。アピスにはエンジンも無ければ金属反応もないからね」


「ま、そりゃそうだ。しかし、そう考えると……厄介だな。《アジュールダイバー》じゃ相手に出来ねえだろ」



 《アジュールダイバー》は言ってみれば戦闘機なので、近接格闘能力は圧倒的に《竜骸ドラガクロム》に劣る。

 代わりに最高速度は圧倒的に速いために、編隊を組んでの飽和攻撃からの一撃離脱では圧倒的な戦闘力を有していた。

 このため、アピスの数が多い場合は速力と防御力を生かして群れに突入して数を減らし、十分に数が減った後は《竜骸ドラガクロム》での近接戦闘で一匹一匹仕留めていくというのが騎士団のセオリーとなっている。


 しかし、この方法はアピスの脅威が【数】にあるから有効な作戦であり赤目赤翅のような少数精鋭では効果を見込むことは難しい。


 当然ながら、《竜骸ドラガクロム》乗りの少ない3・3部隊では有効な手だてはほとんど無い。



「……まだ、その肉食アピスが発見されたわけじゃない。今、考えるのは……妥当性を欠く」



 アリアナの一言で思いに沈んでいたシズクは我に返ったように苦笑を浮かべた。



「アリーの言うとおりだね。とりあえず、ボクらはボクらの仕事ジヨブを片付けることをまず考えた方がいいんじゃない?」


「あとは……隊長と副隊長の提言を纏めて、それを前提とした場合の戦力評価。これを作戦司令部に提出すれば少しは変わる、かも」


「だね。その辺はボクとアリーが纏めるよ。そういうのは得意なんだ。シズクと違ってボクはボードゲーマーだからね」


 ヨシュアの言葉に場の空気がほぐれる。

 

 そろそろ夕食の準備でもしようかとヨシュアが腰をうかしたところで、ちょうどセレスティーナが戻ってきた。

 表情を見る限り、どうやら不本意な命令を受けたらしい。


「セレス。もしかして?」


「ああ。明日の偵察で我々の任務は完了だそうだ。すでに司令部ではステージ2に移行するだけの十分な情報が手に入った……と評価しているようだ。明日の作戦完了後、速やかに帰投。最終報告を提出せよとの命令だ」


 字面を見る限り、十分に評価されているわけだが、やはりセレスティーナの表情は渋いままだった。


「まあ、納得出来ないってのは俺もわかるけどさ……。こればかりは」


「ああ。わかってる。それから、こちらは朗報だ。全員に特別報償が出るそうだ。補給に関してもステージ3に際しては正規の騎士団と同等の補給を受けられるとのことだ。これで――」


 そこまで言って、ようやくセレスティーナの顔が少しほころぶ。


「シズクも仮想敵機役をしなくてすむな。通常の訓練に戻れるぞ」


「……やっぱり訓練なのか」


「当然だ。悪いがカルディナにもつきあって貰うぞ。やはり、どうしても気になる。可能な限り練度を上げておきたい。以上だ」


 セレスティーナとシズクの悪い予感が的中した、と判明するのはそれから数日後のことだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る