第12話 合同作戦 ~ステージ1~

 3・3基地から世界樹までの距離は往復でも2日を要する。


 それだけの距離を偵察任務のために往復していたのでは、さすがに時間がかかりすぎるし、何よりも常時出撃を求められる主要メンバーの疲弊が激しすぎる。


 このため、主要メンバーは目標となる世界樹から半日ほどの距離にキャンプを張り、そこを仮の拠点として行動する方針を定めることとなった。


 これが可能になったのは、ひとえに3ナンバー基地では3・3のみが運用している指揮司令機の存在が大きい。


 トゥーンではめつにお目にかかれない、純粋な飛行ユニットで《竜骸ドラガクロム》をコアユニットとして使ってはいるものの分離は出来ない。完全にエンジンとして組み込まれていた。


 大きさも《アジュールキャリアー》並のサイズを誇るものの、積載能力はキャリアーに遠く及ばない。

 《竜骸ドラガクロム》を積み込むのはもちろん、武器弾薬も積み込めない。せいぜいが2週間分ほどの生活物資が関の山といったところだ。


 しかし、その本領はアリアナとヨシュアが時間をかけて構築していたばくだいな情報処理能力と指揮管制能力にある。


 この指揮司令機を中核にして、各分隊に対する指示を出しながら戦闘を進めていくというのが3・3部隊独特のドクトリンとなっていた。


 また、このドクトリンが存在するからこそ、ステージ1を任されたとも言える。


 

「格納庫でみた時から、何に使うのか疑問に思ってはいたんだけど……」


「まあ、ウチにしかないからね、この試験機。燃費もバカみたいに悪いから、よっぽど割の良い任務じゃ無いとなかなか使えないし」


「ん。この子を飛ばすのは久しぶり」



 虎の子の水上機ユニットを取り付けられた指揮司令機を着水させ、岸辺に指揮司令キャンプを設置する。


 当面はここで寝泊まりすることになるので、幼樹の村に向かった時のような野営に毛の生えたような代物では無い。かなり、きっちりとした簡易司令部が設置されていた。



「んじゃ、あねさんに隊長さん。俺たちゃ、いったん基地に戻りますんで」


「ああ。手間をかけさせたな。助かった」 



 司令機に収まりきらなかった物資の輸送とついでに設置の人足として駆り出された隊員達が帰投するのを見届けたセレスティーナは、満足げな顔でキャンプを見渡した。



「うむ。出来るまでは多少不安だったが、なかなかいいじゃないか」


「だろ? なんせ、しばらくはここが我が家だからね。疲れを抜くためにも手は抜けないって」



 分隊はローテーションで基地から出撃して基地へ帰投。数日の休養をおいて、また自分の番という動きになる。


 だが、指揮管制を行うヨシュアやアリアナ。それに統括を行うセレスティーナとシズクはここを当面の拠点として活動することになる。


 特に情報の収集と分析の要をなるヨシュアとアリアナの負担は大きい。

 本来ならばこの2人は基地に残して解析に専念させるべきかもしれないが、指揮管制機を動かせるのがこの2人だけとあってはそうもいかなかった。



「負担が大きいとは思うが、頼む」


「気にすんなって。どの道、ジョッシュもアリーも後方で浮かんでるだけだからよ。言うほど疲れやしねえって」


「……だから、どうしてカルディナがここにいるのだ」



 さっそく、荷を解いたカルディナがシャリシャリと果物をかじっているのを見ながらセレスティーナがいつものため息をつく。



「ん? なんかあった時のために、殴り合い出来る戦力ヤツは必要だからに決まってるじゃねーか。セレスは前には出れねーし、シズクだけじゃ頼りねーしよ」


「別に私は下がるつもりはないぞ」


「あー。ダメダメ。基地司令から隊長は戦闘は厳禁だってさ。殴り合いはボクらだけでやれって」



 同じく荷の中から果実を取り出したヨシュアから告げられて、むっつりとセレスティーナが腕を組む。


 ステージ1の実質的な司令であるセレスティーナはトゥーン人騎士であるために死ねばそれっきりだ。

 むろん、その覚悟はセレスティーナにはとっくに出来ているが現実問題として、指揮官がいないのでは作戦そのものに支障が出る。


 このキャンプにまで出向く許可を得るだけでも、副長を通じてなかなか大変なやり取りがあったぐらいだ。まして、戦闘などと言われれば確かにその通りではあった。



「セレスに万が一のことがあったら作戦そのものが止まりかねないしな。俺としてはどっちかというと、基地に残って欲しかったぐらいなんだけど」


「シズクまで……。今さら、何を言ってるのだ。あかあかばねと共に戦っておいて、それはないだろう」


「あの時とは立場が違うってことだよ」



 シズクにそう言われては言い返す言葉も無い。確かにあの時と違い、今は舞台全体の指揮官であり、そういう意味ではイリエナと同じ立場なのだ。


 自分でもイリエナが最前線に出るなどと言い出せば、やはりいさめるだろう。それはもちろん、わかってはいるのだが……。



「むう」


「まあ、セレスにそう言っても無理なのはわかってるからさ。ここに張り付いてろとまでは言わないけど」


「おい、シズク。甘やかすんじゃねーよ。リーダーが真っ先に突撃してどーすんだよ。後ろでにらみを効かすのがボスってもんだぜ」


「カルディナ! お前が言うか!?」



 思わずげきこうするセレスティーナをなだめつつ、シズクは組み立て式のテーブルに広げられた地図に目を落とした。



「それで、これからの具体策だけど……ヨシュアさん、アリアナ。今までにわかってることを教えてくれないか?」


「ん。とりあえず、わかってるのはこんな感じ」



 キャンプを設置する前にキャンプ地周辺を偵察したデータが全員の視界に投影される。この時点ですでに数種のアピスと接触が確認されていた。


 アピスは基本的にミードが絡まなければ、特に凶暴な生物では無い。このため接触はしても戦闘は発生していない。



「斥候タイプのミードが2種。どちらも個体としてはそれほど成熟していない。それから、採取タイプのアピスが4種。うち2種はかなり遠距離まで往復出来るタイプ。というわけで……目標の世界樹にはかなり多くのアピスが巣を構えていると予測していいと思う」


「理由は?」


「ん。遠距離採取型のアピスは通常のアピスの巣からは発生しない。発生するのは他の世界樹までミードを求めて遠征する必要性がある場合に限られる」


 セレスティーナの確認を兼ねた問いによどみなくアリアナが答え、さらにヨシュアが捕捉を入れる。


「つまり、1本の世界樹じゃエサを賄いきれなくなってるってことさ」


「出稼ぎってワケだよな、要するに。っつーことはアレだな。ボツボツ、間引きも始まるんじゃねーか?」


 カルディナのいう間引きとはアピスとアピスの生存競争の過程で発生するものだった。

 間引きに敗れた巣の群れは残らず殺されるか、生き残ったとしてもはぐれとなって別の世界樹を求めることになる。


 もっとも、周辺には世界樹が幾本もあるので、そうなる前に巣ごと移動する可能性の方が高いだろうが。



「となると……念のために周辺の世界樹も調査した方がいいか」


「それが賢明。他の世界樹も似たような状況だと……むしろ、先遣を警戒する必要が出てくる。だとすると、奪還どころの話じゃない」



 あくまでも最悪のケースだけど、とアリアナは付け加えた。



「ま、そっちは本来の目的じゃ無いからね。あふれそうかどうかだけでいいんじゃない? さすがに全部しらみつぶしに当たるだけの余力は3・3ウチにはないよ」


「そうだな。あくまでも奪還すべき世界樹が本命だ。となると、本格的な偵察を行う前に私たちだけで周辺の調査だな。その後だ、基地から分隊をローテションで派遣するのは」


「それじゃあ、初期偵察は明日の朝一からということで。ヨシュアさんとアリアナは飛行ルートの選定をお願いします。俺は基地に方針を連絡しときますから」



 すっかり副官が板についてきたシズクがセレスティーナの基本方針に沿って指示を出す。



「おいおい。アタシの仕事はねーのかよ?」


「セレスと一緒に晩ご飯でも釣ってくれば?」


「私もか!?」



 暗に仕事の邪魔をするな、と言われた2人が複雑な表情を浮かべるのも無視してシズクは足早に係留してある機体へと足を向けるのだった。 

 

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