第10話 作戦始動

 今日も今日とて、訓練……というよりもセレスティーナとカルディナのけんにつきあわされろうこんぱいという体のシズクが主要メンバーのたまり場になっている作戦室に顔を出した時、その部屋の空気が普段とは違っていることに気がついた。


 いつもはどちらかというと、だらけた部活直後のようなかんした雰囲気が漂っているのだが――。


 ぼーっとジグソーパズルを解いているヨシュアの表情も電卓をたたいているシェンのしかめ面も、よくわからないプログラミングにいそしんでいるアリアナのキータッチのスピードも、何も変わらないのに妙にピリついている。


「よ。遅かったね」


「ええ。ちょっと整備の人と打ち合わせをしてたもんで――何かあったんですか?」


「まあね……決まったみたいだよ」


 その一言でようやく、ピンと来た。

 言われてみれば、確かに先に戻っているはずのでセレスティーナとカルディナの2人の姿が見えない。


「もしかして?」


「そ。隊長さんと親分は司令官のところ。今頃は作成の詳細を聞かされてるんじゃないかな」


「良いタイミングだったわ。シズクのおかげで金庫触らずに戦力は充足してきてるし、みんなも良い感じに暖まってるしね」


 シェンがチェックを入れている補給リストには部隊の保有する《アジュールダイバー》の整備状況および消耗品の充足度が記されている。


 おおむね8割の機体がコンディショーン・グリーン。残りの2割は共食い整備用に残されたパーツ取りの機体なので、これは無視して問題無い。


 消耗品であるミサイルなどの弾薬類や精製ミードはさすがにシズクとセレスティーナの分しか支給されていないが、こちらは売り払った《竜骸ドラガクロム》や《アジュールダイバー》のパーツの代金で十分に充当出来ていた。


 シェンの言葉にフラフラになりながらも、毎日のように訓練プログラムで愛機を酷使し続けた甲斐かいがあったとシズクが小さな満足感を覚えていると、ちょうど2人が勢いよく扉を開け放つ。


「決まったぞ」


 短い言葉の中にあふれんばかりの戦意が見える。セレスティーナ……というよりもトゥーン人にとっては念願の世界樹の奪還計画だ。


 彼女たちにとって、世界樹というのはただの巨大な樹木ではない。


 それは魂結晶を維持し続けるために必要不可欠なミードを産み出す、偉大な生産プラントであり、1個の都市基盤であり、何よりも信仰の対象ですらあった。


 今まではアピスに寄生されてしまえば放棄するしか手がなかったのだが、ようやく反抗の糸口が見えたというわけだ。


「やっと、本気で暴れられるっつーわけだ。久しぶりの全力戦闘だからな」


 そんな使命感にあふれたセレスティーナとは対照的に、幼い顔に飢えたおおかみのような戦意をみなぎらせているのがカルディナでこちらは純粋に戦えることを喜んでいる感じだ。


「それで、具体的には?」


「今、説明する」


 ヨシュアの疑問にセレスティーナがどさりと分厚い封筒をテーブルの上に投げ出す。中からこぼれ落ちた書類の束を見る限り、かなり詳細な計画が立てられているのは見当がつく。


 封筒の中から一枚の地図を取りだしたセレスティーナは、赤く記された1点を指さした。


「これが目標の世界樹だ。まだ、若い世界樹なので巣くっているアピスの数もさほどではないこと。この若樹を拠点とすることで周囲に散在する、孤立した世界樹の奪還が容易になることを勘案して選定されたとのことだ」


 つっとセレスティーナの指が地図の上を滑る。

 たしかに、目標を中心にいくつかの世界樹が記されていた。


 まず点を確保し、そこを拠点に次の点を奪還すれば線となる。さらにもう一つを奪還すれば面とすることが出来るわけで、そういう意味でも意義は大きい。


 ただし、問題点が無いわけでもない。

 その1つをヨシュアがぽつりと口にする。


「……遠いな。ここからだと、ざっと丸1日。下手すると日をまたぐね」



 若樹はアピスの勢力圏内に位置しているため、必然的にどの基地からもかなりの距離がある。

 一番近い3・5基地からでも1日近くはかかる計算になる。



「そうだ。《竜骸ドラガクロム》ではこの距離を踏破してさらにそこから戦闘を行う……というのは無理があったがな。《アジュールキャリアー》で移動すれば、疲労を蓄積することなく戦闘に移れる。これは大きい」


「《アジュールキャリアー》?」


「輸送機。《竜骸ドラガクロム》を1度に複数輸送できる。かなり便利。水上機としても使えるから、河があれば滑走路無しで離着水可能。集結して、そこをキャンプにして出撃も出来る」


 S・A・Sスキル・アシスト・システムを経由してアリアナが全員の視界に《アジュールキャリア》の概要を映し出す。シズクとセレスティーナが使った時と仕様そのものはほとんど変わっていない。2機の《竜骸ドラガクロム》をコアユニットとして使い、さらに追加で3機まで搭載可能。


「こんな便利なものを作ってたのか。で、これはウチには?」


「もちろん、来ない。これはトゥーン騎士団にのみ配備。ウチは《アジュールダイバー》で頑張って移動。ただし、水上モジュールは配備されるから少しはマシ?」


 アリアナの感情のもらない声にヨシュアが肩をすくめる。あまり最初から期待はしていなかったらしい。

 そんなヨシュアを見ながら、セレスティーナが少し申し訳なさそうな顔で付け加えた。


「本作戦の開始時には何らかの措置はとられるはずだ。集結時にやはり不便だからな。その前段階では我々は使用しない。そういうことだ」


「要らねーよ。どの道、ウチの連中はどっちつかっつうとダイバー乗りの方が圧倒的に多いからな。初っぱなから《竜骸ドラガクロム》じゃ、ウチのうまみは出せねーんだから」


「ま、それはそうだね。ウチで《竜骸ドラガクロム》乗りって言えるの、コーディーぐらいのもんだし」



 そもそも、《竜骸ドラガクロム》の技術や発想がトゥーン独自のもの……というだけあって3・3基地のメンバーはみな、戦闘機フォルムである《アジュールダイバー》での戦闘の方が好みに合っているようだった。


 スカイナイツというVRゲームを通じて、選抜を行うというアイデアも当初から《竜骸ドラガクロム》に慣れたパイロットを養成する必然性から生まれたらしい。


 ただし、もちろん例外も存在する。


「アタシはコクピットに収まって、チマチマやんのは性に合わねーしな」


「セレスもどっちかというと、そうだよな」


「まあ、否定はしないが。本能だけで動いているようなカルディナと一緒にされるのは少し心外だぞ、シズク」


 緊張感の中にも軽い冗談を交えながら、さらに詳細な計画内容が明かされていく。


 計画は複数のステージからなっており、まずは大まかなアピスの戦力を探るステージ1。次にアピスの巣をマッピングするステージ2。そして、全ての情報が出そろった段階でようやく全ての戦力を投入するステージ3へと移行する。


「私たちはまずステージ1を担当する。その後、疲弊した戦力の回復などのためにステージ2を3・6と3・7へ引き継ぎ、ステージ3に合流だ」


「初っぱなか。まあ、サブロクサブナナの連中よりはマシかな。巣の中に潜り込むなんてゾッとするね」


 ヨシュアとしては冗談のつもりだったようだが、実際に巣に潜り込んであかあかばねと死闘を繰り広げたシズクとしては笑い事ではない。

 まず、居はしないだろうが……あかあかばねの同種がいれば初戦では全滅間違いなしだ。


「セレス。あかあかばねの情報は?」


「団長殿やジャーガを通じて、上層部には報告されているはずだが……3・6や3・7まで降りているかはわからないな」


 コソコソと小声で話すシズクとセレスティーナをろんげな顔つきでカルディナがにらみつける。


「んだ、その赤目なんたらってのは?」


「……後で説明してやる。極めて危険な、肉食種の特異なアピスだ。恐ろしく、強い。私とシズクの2人がかりでやっとだった」


「そいつぁ、お楽しみだな。久々にスカっと出来そうだ」


「まあ、居ないだろうが期待している。《竜骸ドラガクロム》戦を満足に行えるのは私たちとカルディナぐらいしかいないからな」


「ま、任せときなって。で、いつからおっぱじめるんだ? 表の連中に気合い入れてやんねーとな」


 気楽な笑みを浮かべるカルディナにやれやれとばかりにため息をついたセレスティーナは、一同を見回して高らかに作戦の発動を宣言する。


「最初の出撃予定は3日後。夜の終わりと同時に出撃する。以後、数日おきに偵察を続行し情報を収集する。ヨシュア、アリアナは偵察プランを作成。シェンは補給体制の確認と整備班・補給班への伝達を。カルディナは偵察班の編制。今回は3ローテーションで行く。シズクと私は全体の統括だ。ただいまより、本作戦を開始する!」

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