第9話 新しい日常

 シズクが提案した計画が発動して1週間。

 3・3部隊の台所事情はかなりのペースで改善しつつあった。


 部品供給元のシズクとセレスティーナの《アジュールダイバー》はちょっとしたダメージを受けるだけでも交換部品を要求できることになっている。


 形だけ戦闘訓練を行い故障したということにして、ほとんど新品のパーツを次から次へと整備不良になっている《アジュールダイバー》に回すという形式上の共食い整備を挟むことで、予算をほとんど圧迫することなく部隊の機体は本来の戦闘力を取り戻しつつあった。


 よもやここまで3・3部隊の整備状況が悪く、さらにカルディナを筆頭に部隊のほぼ全員が《竜骸ドラガクロム》でのけんが大好きな、お祭り野郎がそろっていた……ということを除けばおおむねシズクのもくんだとおりに事は運んでいると言っても良い。


 ただ、名目上とはいえシズクもしくはセレスティーナの《アジュールダイバー》もしくは《竜骸ドラガクロム》が破損しないことには交換部品を要求出来ないという事実だけは動かしがたい。

 このため、とにかく稼働率をあげるために2人は毎日のように朝から晩まで隊員を相手に仮想敵機として延々と訓練スケジュールを消化する毎日を送っていた。


 シズクとしては想定外のオーバーワークであり、すでに昼食を詰め込むのも青息吐息というていたらくだった。



「シズク。昼からの訓練は3セットだ」


「……ちょっとは手加減してくれ」


「何を言っている。シズクが始めたことだぞ? それに訓練回数なら、私も同じだ。つまり、シズクの鍛え方が足りないということだ」



 シズクと同じだけの訓練メニューを行っているはずのセレスティーナが、涼しげな顔つきでファイルをめくっている。

 とっくに昼食を平らげたセレスティーナの心は早くも午後の訓練に向かっているようだった。


 ほっそりとした身体のどこにそんなバイタリティが詰まっているのか、予算問題が解決したとたんにセレスティーナははちめんろつの大活躍で部隊全体の信頼を勝ち得つつあった。


 それは良いのだが、そのセレスティーナを補佐する身としてはもう少しノンビリしてくれれば……と思わずにはいられない。

 いられないが、それでノンビリするような性格で無いことは他ならぬシズクが誰よりもよく知っていた。



「……なあ、もしかしてトゥーン人って地球人よりも身体が丈夫なんじゃないのか?」


「そんなことはない。シズクの体力の無さは最初からだ。やはり、ここに来る前にもう少しちゃんと鍛えておくべきだったか。どこかでちゃんとした体力増強メニューを組む必要があるな……」



 ふむ、と考え込み始めたセレスティーナを横目にテーブルに突っ伏しながら昼食をつついていると、いきなり背中に衝撃と重みが加わった。



「いよっ! 何をしけたツラしてんだよ、シズク。暇してんなら、アタシと遊ぼうぜ! 身体動かさないと、腐っちまうぜ!」



 振り返るまでもなく、コーディーことカルディナがシズクの背中にぶら下がっている。

 初日の戦いがよっぽど楽しかったのか、あるいはそれ以外の理由があるのかはわからないが、暇があると何かとシズクに絡んでくる。

 見てくれはほほましいが、こちらの体力はまったく気にしないで24時間全力運転なので、シズクとしてはさすがに身が持たない。


 セレスティーナとは一見すると正反対の性格に見えて、根っこはほとんど同じなせいか、コーディーもシズクとは馬が合うと感じているらしかった。



「……そんな元気なんかないって。頼むから休ませてくれ」


「なっさけねーなー。セレス! ちょっと鍛え方足りないんじゃねえのか? いいだろ、遊ぼーぜ、なあってばよ!」



 シズクの首っ玉にかじりついたコーディーがブンブンとシズクを振り回す。

 コーディーの言う遊ぼうというのは普通に遊ぶという意味でも無ければ、もちろん色っぽい意味でも無い。



「カルディナ。シズクから離れろ。午後の訓練に支障が出る。それにお前の訓練は当分先だ。他の隊員が訓練できなくなるだろう」


「っせーな。アタシはシズクに言ってんだよ。棒きれはすっこんでろ。シズクもアタシと遊ぶ方がいいだろ? な?」


「ぼ、棒きれ? お前が言うか!?」



 トゥーン人は地球人とは骨格が少し違うのか、女性でも総じてスレンダーな体型が多い。もちろん、セレスティーナもその例に漏れない。むしろ、トゥーン人の中でもさらに細身な部類に入る。


 だが、それを言ったカルディナはというとこちらは完全にお子様体型なのだからセレスティーナのことをとやかく言えたものではない。



「あ? アタシには未来があんだよ。先が見えてるヤツにはわかんねーんだろうけどなあ?」


「黙れ。お前もこちらにいる間は変わらないだろう。もう、何年その格好だ?」


「…………てめ、やんのかコラ? 買うぞ? けんなら買うぞ?」



 いつもと同じ流れを感じ取り、そっとシズクがその場から離れようとする。が、カルディナはシズクを離そうとはしなかった。


 それを見たセレスティーナが完全に臨戦態勢でカルディナに挑みかかるようににらみつける。



「いい度胸だ。売ってやるとも。シズクの代わりに私がたっぷり遊んでやる――シズク、よろこべ。午後の訓練はキャンセルだ。指導が必要な部下がいるのでな! 《竜骸ドラガクロム》を回せ! そこの……確か、レントンだったか? スマンが整備班に至急伝達だ。そこの跳ね返りの《竜骸ドラガクロム》を出すようにな」


「うぃっす! 隊長さん頑張ってくだせえよ! 俺っち隊長さんに賭けるつもりなんすから!」


「うむ。いい判断だ」「あ、レントン、テメェ!」



 すでに何度目になるのか、数えるのも馬鹿馬鹿しいにらいに食堂の温度が急上昇。まるで爆発するような勢いで沸き返る。


 リーダーのカルディナの気性がそのまま反映されているのか、とかくけんとお祭り騒ぎがあれば他には何も要らないというのがシズクの見た3・3基地の個性パーソナリティだった。


 そこかしこで賭けが始まり、オッズが飛び交う。


 現時点では融合モード一歩手前まで騎技ドラガグラスタを磨き上げたセレスティーナとカルディナの戦績は、ややセレスティーナが優勢で推移していた。


 ただし、カルディナもカルディナで訓練だからとイマイチのりきれない歯切れの悪さがあるようで、そこを加味して考えると2人の実力は伯仲している。


 盛り上がるのも、しかもありなんという好カードといえた。シズクとしても自分が渦中でなければ、喜んで賭けに加わっていたに違いない。



「うちの親分も親分だけど、そっちの隊長さんもなかなかだね」



 ようやくカルディナから解放されたシズクにヨシュアが笑いかけてきた。シズクと同じく上官を補佐する立場なだけに、相身互いという感じでなにかと世話を焼いてくれている。



「ええ、まあ。見た目はおしとやかですけど、頭の中まで筋肉が詰まってる口なんで」


「ボクとしては一安心だけどね。コーディーも、なんだかんだで隊長のこと気に入ってるし。なかなか良いコンビだと思うよ?」


「俺のいないところでやり合ってくれるなら、完全に同意なんですが」



 どういうわけか2人がああしてけんを始める時のきっかけは、必ずシズクが絡んでいる。シズクとしては2人で勝手にじゃれ合ってくれという気分なのだが、なかなかそうはいかないらしい。

 なぜ、そうなる。とのシズクの思いに対するヨシュアの答えは簡潔だった。



「そりゃ無理だ。キミがキーマンなんだから。モテる男の宿命だね」



 諦めるんだね、というヨシュアの言葉にシズクは再びテーブルに突っ伏した。


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