第31話 崩落 -後編-

『……なんとか、持ちこたえてくれましたか』


 落下の衝撃で意識が飛んでいたのは、ほんの1分程度だろうか。

 カミラは自身の《竜骸ドラガクロム》が、崩落した世界樹の樹床の残骸に半ば埋もれるようにして横たわっていることに気がついた。


 崩落の最中、女王の触手がセレスティーナの《竜骸ドラガクロム》を絡め取ったのを見た瞬間、全速でセレスティーナの《竜骸ドラガクロム》へと向かったことまでははっきりと覚えている。

 その後、斥力場を全力で展開し2機の《竜骸ドラガクロム》を包み込むようにして防御姿勢をとったあたりで記憶は途絶えていた。


「……お嬢様は? お嬢様っ!」


 慌てて、警告表示を無視してセレスティーナの《竜骸ドラガクロム》の反応を探し求める。はたして、セレスティーナの《竜骸ドラガクロム》はカミラの《竜骸ドラガクロム》のすぐそばにあった。


「お嬢様、ご無事でございますか!?」

『……カミラ、か? ああ、大丈夫だ』


 一呼吸の間をおいて、セレスティーナの声が聞こえ、安堵の吐息をつく。

 すぐさま、セレスティーナの《竜骸ドラガクロム》とのリンクが復活。互いの《竜骸ドラガクロム》の状態が共有される。


『……すまない。巻き込んでしまったな』

「何をおっしゃいますか」


 共有された互いの《竜骸ドラガクロム》の状態は控えめに言っても、酷い状態だった。

 カミラ自身の《竜骸ドラガクロム》は武装のほぼ全てを損失。生き残っているのは腕部に固定されている光学兵装のみ。崩落に巻き込まれた際の斥力場の異常出力により、フレーム内部の加熱により、《竜骸ドラガクロム》の脊髄部分から全身に張り巡らされた各部位への神経系が全て無視出来ない損傷を受けていた。

 立って動くだけが精一杯というところで、かろうじて無事なのは斥力の盾を展開する部分だけだった。


 一方のセレスティーナの《竜骸ドラガクロム》はというと、こちらはカミラの捨て身の防御が功を奏したのか目立った損傷は見受けられない。

 が、それまでの女王との戦いで相当のリソースを消耗していた。

 機動や攻撃はなんとか行えるだろうが、セレスティーナの騎技ドラガグラスタを全力で実行するだけの余裕は無い。まして、斥力の盾など展開しよう物ならあっというまに行動不能になってしまうだろう。


『それで、女王は……まさか、あの崩落に巻き込まれたとは思えんが』

「……わかりません。あの巨体です。巻き込まれても不思議では無いと思いますが……!?」


 言い終えるよりも早く、カミラの《竜骸ドラガクロム》が鋭い警報を発した。

 即座に《竜骸ドラガクロム》の斥力の盾を展開し、自身とセレスティーナの《竜骸ドラガクロム》を包み込む。とほぼ同時に、飛来した攻撃が斥力場と反応し鋭い光を放った。


 キチキチキチキチという、耳から離れないあの音が聞こえてくる。


『……そうか、お前がいたな』


 セレスティーナのつぶやきと共に暗がりから、まがまがしい赤光を纏って現れたのは、確かにあの赤目赤翅の姿だった。


「赤目赤翅……」


 カミラのかすれた声。

 赤目赤翅がここにいるということは、あの異世界から来たシズクという戦士は敗北したということだろうか。

 あるいは、あの崩落に巻き込まれてしまったのか……。

 カミラは今さらながらに、この世界樹に穿たれたアピスの巣そのものが巨大な罠になっていたことに気がついた。

 赤目赤翅がセレスティーナとカミラの《竜骸ドラガクロム》に迫る。


 すでにセレスティーナの《竜骸ドラガクロム》には斥力によるシールドを展開する余力は残されていない。

 カミラはセレスティーナの《竜骸ドラガクロム》に寄り添うようにして、斥力場を展開。

 防戦に専念するしか、打てる手が無い。


 赤目赤翅の針が1本、また1本と飛来しては斥力場に弾かれ、そしてその度にカミラの《竜骸ドラガクロム》から斥力の盾を展開するための力が失われていく。


 ゆっくりと確実に赤目赤翅は2人から距離を取り、安全な位置からジワジワと攻撃を加え続けている。


 もはや、赤目赤翅を迎撃するだけの余力はどこにも残されていない。


『……シズク。どこだ? どこにいる?』


 セレスティーナがシズクの名前を呟く声が聞こえる。

 無事でいてくれと祈りつつ、カミラは赤目赤翅の攻撃からセレスティーナを守ることだけに意識を切り替えた。


 †

 

「……さっすが雫の作ったシステムだけのことはあるな」


 瓦礫に埋もれた暗がりの中、斥力フィールドの発する青白い燐光に照らされながらシズクは雫PGの指示に従いながら、ゆっくりと《竜骸ドラガクロム》の斥力シールドを操作した。


 落下する世界樹の破片は質・量ともに尋常な量ではなかったが、所詮は単純な落下の法則に従っているだけに過ぎない。

 雫PGにとって、斥力によるフィールドを操作して瓦礫が上手く隙間を作り《竜骸ドラガクロム》を守るように誘導することはさほど難しいことではない。

 結果としてシズクが心配したような、途中で《竜骸ドラガクロム》のリソースが尽きて瓦礫に押しつぶされるのでは無いか――という不安は完全な杞憂に終わっていた。


 破片を崩さないように、ゆっくりと斥力場を操作して這い出る隙間を作り上げる。

 すでに崩落は完全に終わっているようで、新たな瓦礫が落ちてくる様子は無い。


 シズクは《竜骸ドラガクロム》のS・A・Sスキル・アシスト・システムを再起動。

 赤目赤翅が崩落に巻き込まれたとは思えない。あれだけの機動性を誇る赤目赤翅ならば、全ての瓦礫と全ての酸の雨を掻い潜ることは不可能では無いはずだ。


「……《竜骸ドラガクロム》の反応が2つ? セレスとカミラさんか?」


 だが、視界に表示されたのは思いがけない2つの輝点だった。色はグリーン。味方機。数は2。間違いなく、セレスティーナとカミラの《竜骸ドラガクロム》だ。

 だが、彼女たちはアピスの女王を求めてシズクとは別の巣室に向かっていたはず。それがここにいるということは上層部の巣室にいて、崩落に巻き込まれて落下してきたということになる。


 ということは必然的に女王アピスも同じく、この巣室のどこかにいるということになる。

 シズクはS・A・Sスキル・アシスト・システムの探知範囲を拡大させて、別の反応を探った。

 背後に巨大な輝点。その質量だけで、優に《竜骸ドラガクロム《ドラガクロム》》の20倍近くに達している。が、その巨体が禍したのか崩落によりセレスティーナの《竜骸ドラガクロム《ドラガクロム》》に負けず劣らずの損傷を受けているらしい。


 さらにその巨大な輝点の中にもう一つの反応。

 こちらは小さい。赤目赤翅とほぼ変わらない。

 

 どちらかが女王に違いない。

 おそらくは巨大な方が護衛のアピスで小さい方が女王か。


 続けて、真っ正面に見覚えのある輝点が表示される。

 赤目赤翅。奇妙なことにほぼ完全に動きを止めている。


 シズクは悪寒と共にS・A・Sスキル・アシスト・システムを索敵モードから僚機との情報共有モードへと切り替えた。速やかに隊長機のセレスティーナの《竜骸ドラガクロム》とのリンクを再接続。2人の《竜骸ドラガクロム》の現状を表示する。


「……マズいな」


 セレスティーナの《竜骸ドラガクロム》は行動に支障はなさそうだが、リソースがほとんど底をつきかけている。激しい戦闘を行えば、ほどなく行動不能に陥る可能性が高い。ましてやリソースをバカ食いする斥力の盾を展開することはまず無理だろう。

 カミラ機は逆に斥力の盾を展開するだけのリソースは残っているが、フレームに重大な損傷を抱えており、自力で動くことがままならない。

 武装も固定武装の光学兵装以外全てを喪っており、こちらも戦闘は不可能。

 しかも、その残されたリソースがまるで機械仕掛けのように正確なリズムで減少しつつあった。


 その意味するところは簡単だ。

 つまり、何者かの攻撃を受けている。


 考えるまでも無い。

 赤目赤翅はあの崩落を掻い潜り、今も2人を攻撃し続けている。


 動けない2人を相手にしてもなお、一気に決着をつけようとはしていない。確実に安全な位置から削り続けている。とても虫とは思えない慎重さ、あるいは狡猾さだった。


 いくらカミラの《竜骸ドラガクロム》のリソースに余力があるとは言ってもセレスティーナの《竜骸ドラガクロム》とあわせて2機まとめてとあっては耐えられる回数にも限度というものがある。

 赤目赤翅はその時までじっくりと時間をかけて、2人を始末するつもりのようだった。


 その一方で赤目赤翅はまだ、シズクの無事に気がついていなかった。

 最大の危機でもあり、最高の機会でもあった。


 知らず滴る汗を拭うことも忘れて、シズクは雫PGを自機の保護から再び赤目赤翅への闘争のために切り替える。

 S・A・Sスキル・アシスト・システムと連動した雫PGはほとんど一瞬で赤目赤翅の存在を検知。同時にその取り得る行動予測線も表示させる。


 完全に意識が2人に向いているのか、その予測線は驚くほど減っていた。

 この場に隠れたまま、ただ1つ残された固定遠距離武装の光学兵装を用いて背後から赤目赤翅を狙撃。もちろん、その一撃だけで決められるとは思わない。

 よって、与えたダメージの確認は行わずに、そのまま赤目赤翅に突撃し近接格闘線にもつれ込む。


 プランを頭の中で組み立て、S・A・Sスキル・アシスト・システムを通じて《竜骸ドラガクロム》と雫PGのリソースの全てをプランの実行へとシフト。


 次は無い。

 そして、死に戻りも出来ない。


 赤目赤翅の戦いに敗れるということは、そのままセレスティーナとカミラの死を意味する。

 初めて、真の意味で負けられない戦いというものを実感して、シズクはこみ上げる衝動をかみ殺した。

 心臓の鼓動がおそろしく大きく聞こえる。

 深呼吸をさらに数回。


 じっとりした恐怖が絡みつく。

 はたして、無事に作戦通りに赤目赤翅が動くだろうか? 失敗すれば自分では無い2人の命が危機にさらされる。


 その時だった。

 シズクの《竜骸ドラガクロム》が1つのデータを受け取ったのは。

 雫PGがデータを解析し、シズクに理解出来る形に再構築し伝達する。その内容を理解したとたん、恐怖が和らいでいくのを感じた。


 怖れが消えたわけでは無い。

 だが、迷いは無くなっていた。


「行くか」


 決意の声は自分で驚くほど落ち着いていた。

 シズクの《竜骸ドラガクロム》が残骸の影で静かに赤目赤翅に狙いを定める。

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