第29話 それぞれの戦場 -前編-

 1人だけで歩む路は静かで寂しかったが、不思議な高揚感も混在していた。


 構造図によると、今歩いている路を突き当たると赤目赤翅がいるはずだ。待ち構えているのか油断しているのか。後者ならばありがたいが、さきほどの広間の戦闘で何匹かのアピスを取り逃がしていた。


 おそらく、あのアピス達は警報を巣に発しているはずだ。となれば、おそらくは気がつかれているだろう。

 それでも群が襲ってこないのは、赤目赤翅の戦闘力がそれだけずば抜けているからに他ならない。逆に女王の巣室には相応の数の狩人アピスが護りを固めているはずだ。


 シズクは《竜骸ドラガクロム》の武装を確認しながら、待ち受ける赤目赤翅との戦いを想像した。

 赤目赤翅の巣室の構造にもよるが、何しろ閉鎖空間の中での戦いになる。となると距離を取っての高速機動戦とはなりようがない。


 つまり、そうした戦いで役に役に立つ誘導系の武装は使えない。誘導装置が機能するよりも先に壁面に激突するだろう。

 第一、あの赤目赤翅には当たる気がしない。ここまでで随分と消耗しているので残数もさほど残っていない。


 よって、破棄。


 ガシャリと音を立てて《竜骸ドラガクロム》から誘導系の自律飛行型弾倉および発射装置が切り離されて落下する。


 次に斥力場の展開について考える。


 赤目赤翅との戦いでは何よりも機動力が最優先だ。あの動きに置いて行かれては戦いにならないし、何よりも逃がしてはならない。機動力への割り振りは最優先。


 逆にシールド機能への割り振り、これは最低限で良い。


 相手は一匹しかいないのだから、押し包まれる心配はない。また、赤目赤翅は先の戦いで完全に自らの身体だけを攻撃手段として使用していた。


 今まで経験してきた世界樹での通常のアピスのように針を弾丸のように発射してくる心配は無いので、露払いのような全身をくまなく覆うようなフィールドは不要だ。


 だが、重要な部分だけはきっちり護っておかないと一撃が即死に繋がる。


 よって、極端な偏重型として《竜骸ドラガクロム》の外骨格フレームで鎧われている部分は思い切ってカット。その分、生身が露出している部分への出力をさらに増強させる。


 余剰の斥力場のエネルギーは全て斥力を用いた刃を腕部に形成し、超近接戦に備える。セレスティーナほどの腕前はないが、それでもこれまでの訓練でかなり使えるようになったという自負はある。


 やがて、細い路の終点へとたどり着く。

 そこは予想したとおりの場所だった。

 襲撃を受けた場所よりも二回りほど広い。


 天井は暗がりに溶け込んでおり、よくわからない。高層ビルの吹き抜けのような構造で、イメージ的には筒の底という感じだった。


 とは言っても、所詮は閉ざされた空間であることには変わりは無い。この場所ではあのふざけた機動力は十分に発揮することは出来ないはずだ。

  壁面がほのかに燐光を放ち、部屋の中央の赤目赤翅を照らし出している。

 まるで無垢な幼子のように無心に赤目赤翅は足下に転がる何かをもてあそんでいた。


 小さな拳程度の色を失った結晶体。


 赤目赤翅がもてあそんでいるのは結晶人からくり抜かれた魂結晶だった。彼らの魂のよりどころを赤目赤翅はまるで自らのコレクションのように六本の足で掴み、転がし、器用に持ち上げて眺めている。

 虫の類とは思えない、実に人間くさい仕草だった。

 そして、実は最初から気がついていたというようにゆっくりとその複眼をシズクへと向ける。深い深い赤い色がシズクに向けられる。その色から感じられるのは怒りでも敵意でもなく、嘲りと喜悦だった。


 キチキチキチキチと顎が鳴る。まるで首を長くして待っていたおもちゃが自分からやってきてくれたとでもいうように。

 それに応えるようにシズクはゆっくりと腕を上げて、腕部に搭載された光学兵器を赤目赤翅に向ける。


「よお」


 声をかけてからの、一斉射。

 もちろん、あっさりと避けられた。


 軽くサイドにスライドするような動きを見る限り、翅を一枚失ったはずなのに飛ぶことに支障はなさそうだった。

 キチリと顎が音を立てる。ふわりと浮いた躯に力がこもっていくのが伝わって来る。タイミングを合わせるようにシズクも《竜骸ドラガクロム》の出力をアイドルから最高域へ。

 すでに起動させていた雫PGが解析データを元に演算を開始。予想される機動を雫の視界に投影する。

 さすがに狭い中での自由度には限界はあるものの、それでも複数の機動予測が同時に表示されている。赤目赤翅を相手にS・A・Sスキル・アシスト・システムを使った機動は危険だ。逆に自分の首を絞めることになりかねない。


 キチキチキチキチという音が徐々に速く甲高く大きくなっていく。やがて、その音は1つに繋がり金属を高速で擦り合わせるようなノイズへと変化していく。


——ギキギキギキィィィィィィィキィィキィィィィィッッ!


 音が極限まで高まり可聴域を超えた刹那、赤目赤翅の姿がかき消えた。

 次の瞬間、自動的にS・A・Sスキル・アシスト・システムによる斥力フィールドが雫PGのアシストを受けて自動展開。

 攻撃を受けた、と理解するよりも先にシズクは《竜骸ドラガクロム》の掌に斥力の支えを軸に展開。

 一瞬の後に赤目赤翅の突進を受けて、《竜骸ドラガクロム》の斥力場が激しく反応する。そのまま弾かれたように支えとなった一点を支点にして、赤目赤翅の攻撃を受け流す。《竜骸ドラガクロム》は赤目赤翅から受けた攻撃を自身の運動エネルギーへと転換する。


「るぅああ!」


 雄叫びとも遠心加速による悲鳴ともつかない声を上げながら、背後から赤目赤翅に斬りかかる。竜骨の剣ではなく、スカイナイツで得意としていた斥力フィールドを変形させた短剣で。

 青白く輝くフィールドが赤目赤翅の首を刈ろうと閃く。しかし、浅い。

 クンッと躯を沈め躱される。かろうじて触覚の先端を削ったのみ。

 さらにターンしてもう一撃と思った時には、すでに赤目赤翅は距離を大きくとっていた。


 一瞬の攻防の後に場所を入れ替えて、再び対峙する。


 ダメージは互いに無い。

 強いて言うならば赤目赤翅は触覚のほんの先っぽ。シズクの《竜骸ドラガクロム》はすれ違いざまに食らった浅い尾の針による擦過痕。まるでナイフで斬り付けたような痕跡が腕部に走っている。

 やはり、強い。

 地の利を得て、ようやく勝ち目が三分かどうかというところだろう。だが、それでも――とシズクは腕から伸ばした斥力場の刃をゆっくりと構え直した。


「負けるわけにはいかないんだよな」


 負ければ、それはそのままセレスティーナとカミラの危機に直結する。

 赤目赤翅の顎がキチキチキチキチと甲高く鳴り響く。鳴り止む前にシズクは《竜骸ドラガクロム》の斥力場を推力へと転換し、弾けるように飛び出した。


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