第24話 樹の護人 -前編-

「どうだ? やはり返事は無しか?」

「ダメだな。多分、どっかで電波障害でも起きてる感じだ。距離の問題もあるんだろうけど」

「そうか。となると、基地からの支援は期待出来そうに無いな」


 いくらシズクが操作しても、意味のある信号を何も返さない無線機を眺めていたセレスティーナは落胆したように肩を落とした。

 順調に旅程をこなすうちに徐々に無線の調子が悪くなってきた。それでも昨日の昼間ではかろうじて連絡をとることが出来ていたのだが、ついに今朝から完全に繋がらなくなっていた。


 しかも、問題は無線だけでは無い。


 ようやく幼樹の近くにまでたどり着いたものの、近隣に存在する樹下の民の村は完全に空っぽだったのだ。避難してきているはずの幼樹の村の民はもちろんのこと、樹下の民の姿もない。

 ところどころに赤黒いシミや破壊された家屋が残っていたので、どうやらこの村もアピスに襲われたと見当はつくがそこから先がわからない。

 とりあえず、土地勘のあるキーヴァとエイリンが消えた人々の捜索を進めているがそろそろ半日になろうかというのに未だに発見の報告は届いていなかった。

 基地からの指示も仰げない今、独自の判断で行動するよりない。

 トゥーンの広大さが完全に敵に回った、という感じだった。樹門が無ければ街と街を行き来するのも困難なだけに、何かあればいとも簡単にこうして孤立してしまう。陸地ではあるものの、トゥーンはまさにぽつりぽつりと世界樹という小さな島が浮かぶ広大な海洋のようだ。


「完全に孤立無援だな」

「そういうことだ。シズク、お前の魂結晶は大丈夫なのか? いきなりパタリと動かなくなる……などというのはさすがに願い下げだぞ」


 セレスティーナの言葉にシズクは自分の胸の魂結晶に視線を落とした。今のところ、その輝きに変化は感じられない。


「リンクだけは生きてるみたいだから、まあ死に戻りはなんとかなるんじゃないかと思う。ただ、他はダメっぽいな。S・A・Sスキル・アシスト・システムもネットワークのスキルにはアクセス出来なくなってる。そっちはどうなんだ? 世界樹とも繋がってないだろ?」

「私たちの樹寵クラングラールは基本的に魂結晶に封じ込まれているから、問題無い。何から何まで世界樹任せというわけではない。お前たちと一緒にするな莫迦者」

「怒るなって。それにしても……何が起こってるんだろうな。ここから見た感じだと、そんなに不自然な感じには見えないんが」


 シズクの言うように遙か彼方に見えている、世界樹には異変らしい異変は見受けられなかった。だが、その見た目の平穏さは逆にセレスティーナを苛立たせていた。静かで平穏で美しく、そして残酷な気配を感じる。

 それは強いて言うならば、魚の棲まない清流に似た不吉さだった。


「予断は禁物だ。シズク。これはお前の悪い癖でもあるし良い部分でもあるのだが……あまり先回りして思考を進めるな。特に今は、な」

「ああ。悪い」


 ふと同じ事を前にも言われたなと思い出す。もちろん、言ったのは幼なじみの口の悪い友人だ。【君は未来が予測出来るとでも思ってるんじゃ無いだろうね? 言っておくが君の未来予知などに頼るぐらいなら、ボクはコインを弾く方を選ぶからな。少なくとも確率は5割はある】などと勝手に怒っていたものだ。

 懐かしさにふと頬を緩めると、思いっきり足を踏んづけられた。


「ってぇ! セレス、何すんだよ!」

「煩い。そういう顔をするなと何度も言ってるだろう。お前のその顔は妙に腹が立つのだ」


 ゲシゲシゲシとさらに三連続。何が気に入らないのか、ジト目でじっとこっちを睨んでいる。痛い痛いと逃げ惑っていると、遠くの空にぽつりと黒い点が見えた。


「あ、ほら。帰ってきたみたいだぞ」

「煩い。話を逸らすな」

「いや、逸らしてねえって! あっち見ろあっち!」


 などと2人がじゃれ合っている間にも黒い点はどんどんと近づいてくる。ほどなく《竜骸ドラガクロム》へと姿を変えた黒い点は2人の傍らに静かに降り立った。


「ただいま戻りました……どうなされたのですか?」


 黒く長い髪をたなびかせながら、きょとんとした顔でエイリンが2人を見下ろしている。実直そうな瞳に見つめられ、セレスティーナは少し視線を迷わせる。


「ああ、これはその、あれだ。部下を教育していたのだ。うむ」

「……教育って、それは無いだろ」

「煩い。それよりも、どうだった? 皆は見つかったか? キーヴァはどうした?」


 あからさまに話題を逸らすセレスティーナに気づいたのか、それともそんな余裕は無かったのか。エイリンは硬い顔つきで偵察の成果を報告し始めた。それはセレスティーナの不吉な予感を裏付けるような、今までに聞いたことも無い報せだった。


「……アピスが人を狙って襲ってきただと? 確かなのか、それは?」


 アピスが自らのテリトリーを守るために、テリトリー内に存在する他者を攻撃するのは珍しくない。だが、テリトリーの外にいる人をわざわざ探して襲うというのはセレスティーナというよりもトゥーンの常識ではありえないことだった。

 もちろん、シズクもそんな話は聞いたことが無い。サクヤ先生の講義はもちろん、ゲームのスカイナイツにさえ、そんな設定はなかった。


「はい。私たち結晶人のみならず樹下の民であろうとも、手当たり次第……ということのようです。かなり大勢が連れ去られ、やむなく、村を捨て森に潜んでおりました」

「にわかには信じられぬが……それで騎士の生き残りは? 人数は? キーヴァはどうした?」


 立て続けのセレスティーナの質問にそれまで硬い表情を崩さなかったエイリンが、初めて表情を崩した。じわりと目尻に涙が浮かび上がる。


「……森に匿われていたのは隊長殿だけでした。残りの騎士はこの村から逃げる際にアピスに立ち向かい……帰ってこなかったということです。隊長殿は幼樹を守る戦いで《竜骸ドラガクロム》が激しく損傷してしまい、戦えなかったために生き残ったとのことで、随分と恥じておりました」

「そうか……すまぬ。辛いことを言わせてしまった」

「いえ。私が至らないだけです」


 そう言うとエイリンは涙を拭って、報告を続けた。トゥーンでは常識なのかもしれないが、自分とさして変わらない年頃の少女が当たり前のように過酷な役目を担わされている……ということは、シズクにはどうしても納得しづらい。


「キーヴァは民の元に残してきました。なにしろ酷く怯えておりまして、騎士がいなくなることを不安がるのです」


 なるほど。なかなかうまい役割分担だった。ムードメーカーのキーヴァであれば、うまく村人たちの不安を宥められるだろうし、こうした報告は感情を抑えるのが上手なエイリンに向いている。

 いずれにせよ、次の行動は定まった。世界樹を調査する前にやるべき事も。何もかもが異常すぎる。これはおそらくジャーガの想定しているような、単純な巣分けの先遣などではないというのは明らかだった。


「わかった。詳しい話は避難先の森で聞く。多くの者に話を聞く必要がありそうだ――シズク!」

「解ってる!」


 最後まで聞かずに《アジュールキャリアー》に走り込み、すぐに発進準備を整える。ガソリンエンジンなどと違い、《竜骸ドラガクロム》をコアユニットには暖機運転などは必要ない。すぐに準備が整う。


「よし。エイリン先導しろ。私たちも移動する」

「了解いたしました!」

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