3つめ:てんきゅう

 晴れの日は、わたしの出番だ。――といっても、実際に出る幕はなかなか無いけれど。

 基本的に独りぼっちだから、一人芝居で会話している気分に浸るか、眼下の小さき民を眺めて過ごす。正直言って、退屈なこと この上ない。


 その日も一見いっけんカラリと晴れた日で、前日の雨で少し様子の変わった地を見下ろしていた。

 ふと、1羽の小さなトリに目を奪われる。懸命に羽ばたき飛び上がってくる、そのトリは叫んでいた。おそらく〈天の者わたしたち〉に向かって。

 聞き取れた内容をつなげると、どうも〈村雨むらさめ〉に文句があるらしい。かれ下番かばんしたよと伝えたいけれど、トリの奏でる声をわたしは持ち合わせていないから……うーん、どうしたものか。


 悩んでいる間に、トリがふらつき始めた。「あっ」ととっさに手を伸ばしても、届かないし掴めない。ただ、指示通りにあまの雫が落ちるだけ。

 わたしは『天泣てんきゅう』。「天が泣く」と書くけれど、「天気雨てんきあめ」とか「狐の嫁入り」のほうが名前は知られている。

 小さき民が、雫とともに落ちていく。わたしは、おろおろするばかり。村雨の名残なごりが受け止めてくれたことに、そっと胸を撫でおろした。

 わたしはトリを見つめ、トリは天を見つめる。そのわずかな時間、交わらない視線の代わりににじが互いをつないだ。


 飛び立ったトリを見送り、また孤独の日常に戻る。

 いつか〈宿雨しゅくう〉が楽しそうに話していたのと、同じトリかもしれないな。だとしたら、わたしのこともでてくれるだろうか。なかなか出会えはしないけれど、そうであれば嬉しい。



===

天弓てんきゅう

2019.06.25 作


※天泣(雨)、天弓(虹)、天穹(大空)。全部「てんきゅう」なのです。蒼穹(そうきゅう)もいいですよね…。

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雨にまつわる小話3つ あずま八重 @toumori80

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