死霊憑き

 私はアン・サタナエルMyself became mortal sin of fury


 憤怒にて大罪を犯しI always shout angry,憤怒にて己が身を穢す者rampaging with anger


 故にTherefore,我が墓標に我が名なくI leave the scars in history,世界を生きた証をIt will remain in the memory of欠片も残せずthe people as a great disaster,霞と消えて失せるだろうmortal sin will continue to live as a nightmare


 さりとてBut even so,大罪は絶えず罪を犯し続けようI rather than save the people,怒りのままに力を揮おうwould choose the road that oppress


 我が身は七つの大罪を犯してI will not stop fighting,無敗にして不敗even if it is not rescued


 私はアン・サタナエルMyself became mortal sin of fury


 七つもの人間の欲をThose who are eager率いる長にしてfor a brighter future than anyone else憤怒と破壊の化身and who seek a more colorful worldなればthan anyone else


 戦わずして何としようかStop running and can't sleep


  *  *  *  *  *


 胡座を掻き、瞑想するアンの背後にある上段にて、タイタニアも胡座を掻いて座っている。

 手には棍棒が握られており、気怠そうに肩を叩いていたが、次の瞬間に一切の予兆なく、目の前のアンへと振り下ろされて、咄嗟にガードしたアンを払い飛ばした。


「臨戦態勢に入るまでが遅い。常に気を張っていては、ただ消耗するだけだ。相手のオンオフに合わせ、自身の切り替えもより早く、的確に行えるようになれ。そうなれば、長期戦の中にあっても気力の消耗を最小限に抑えられる。生命力を源とする魔力の節制にも繋がるはずだ」


 薙ぎ払われ、転げた先でアンは墓石にぶつかり、逆さまになっていた。

 中を見せそうになったスカートを押さえながら、ゆっくりと元の姿勢に戻っていく。


「それはわかったが……ここまで派手に殴り飛ばさずとも良かろうに」

「おまえは盲目故、体が失った視力を補おうと聴覚、嗅覚、触覚、味覚が鋭くなっているはず。だが魔眼の特性故、結局は目に頼り過ぎてしまうのだろう。索敵や散策と言った、周囲に気配を配る場面でしか、研ぎ澄まされた感覚を使えていない。それでは宝の持ち腐れと言うものだ。獣人の嗅覚や龍女人ドラゴンメイドの超音波に頼らずとも、おまえ一人の感覚で周囲を探れるようにならねばならぬ。感覚の鋭敏化の切り替えを早め、あらゆる状況に対処出来るようになれば、おまえが出遅れる事は減るだろう。そうなれば、その左腕以上に失う物もなくなるだろうさ」

「其方、もしや解説厨か……?」

「言葉の意味は知らないが、何か腹が立つな」

「おい……」


 丁度、ベンジャミンが戻ってくる。

 青と銀の体毛に隠れた皮膚の至る所が赤く腫れて、若干涙目だった。


 理由は、青と銀の体毛にベットリと塗られた樹液である。

 樹液を目当てに飛んでくる虫を追い払うベンジャミンに対し、敵意を持った虫達が攻撃した結果、ベンジャミンの体に尋常ならざる数の針を刺し、体の至る所を膨らませていたのだった。


「こりゃあ一体、何の特訓になるってんだ? 全身蜜塗れにされるわ虫に刺されるわ。あの熊野郎でもあるまいし」

「おまえがそうした醜態を晒しているのは、払わなくていい虫さえも払ったからだ。おまえは良くも悪くも、自己防衛本能が強過ぎる。味方や仲間のために動けるのも立派と言えば聞こえはいいが、反応が過剰過ぎるんだ。中には払った事で、余計に大きく燃える火種がある。下手な防御が、より事態を悪化させる事もあるという事を知った上で、見切れ。避けた方が良い攻撃と、そうしなくとも良い攻撃と。意思などほとんど無いような虫のそれがわかれば、他人ひとのそれは簡単にわかるようになるだろう」

「言ってることはわからないでもないが……いぃ」

「フィロータスに薬を預けてある。体に塗ったら、もう一度行って来い。今度は夜まで帰ってくるなよ」

「へいへぇい」


  *  *  *  *  *


 グレイは墓地の外周――霧の結界で構築された迷宮の中を走り回っていた。

 両手に開いた目と顔についた三つの目とを忙しなく動かし、タイタニアが毎晩仕掛けた罠の位置を把握しつつ、襲い来る罠の隙間を掻い潜りながら、一周二キロ近い墓地を何周もさせられていた。

 一周するごとに罠の種類と配置が変わるため、一切気が抜けない。


 タイタニアに指摘されたのは、集中力の持続時間の短さとムラ。

 一つの事に集中出来ている間と、同時に二つ以上の物事に気を配っている時とで、パフォーマンスの質に差があり過ぎる。

 故に集中力の持続時間を伸ばし、かつ、一度により多くの物事に対して集中し、警戒を配れるようになるための特訓として、グレイは怠惰の大罪つみらしからず、走らされ続けていた。


「にしても――この罠の数々。拙僧の命を容赦なく狩りに来ているのでは――!?」


  *  *  *  *  *


 地鶏を捕まえる時に使うような足掛け縄の罠に引っかかり、グレイが逆さまに吊り上げられていた時、シャルティは――何もしていなかった。

 いや、正確には張り巡らされた光線に触れぬよう一定のポージングを取ったまま、動かぬ事を強制され、構えの矯正を受けていた。


 タイタニア曰く、力はあるものの実戦経験が足りな過ぎる。

 戦い方を教えるよりも、まずは自分の体にあった型を覚えるところからだそうで、転生者が開発したと思われる、触れた途端に警報がなる光線の魔法にて、自分の体にあった型が身に染みつくまで、とにかく動かない事を矯正されていた。


 自分自身の型が出来れば、力任せの戦闘に頼らなくて良いとの事だが――


「何で私だけこんな地味な……しかもキツいし……なんかこう、必殺技の習得とかそういうのだったらやる気だって、え――?!」


 ちなみに、髪の毛先でも光線に触れた場合、光線を張っている石像から麻酔針が飛ばされ、無理矢理体を硬直させられる仕組みだ。

 否が応でも覚えろ、と全身に千本近い針を刺され、サボテンにされる。

 針自体は極細かつ極小なので、命に繋がるような怪我を負うことはないが、投与される麻酔が強力で、全然体が動かせない。


「本当、何で私の修行だけこんな地味なの……」


  *  *  *  *  *


「そーでぃあす、りんど、ゔるむ?」

「はい。かつて、この世界を支配していた魔王と呼ばれる存在です。魔王には、億を超える配下と四天王と呼ばれる四人の幹部がいました。それぞれに東西南北、四方の支配を任せ、魔王は世界の中央に鎮座していました」


 アドレーはフィロータスと共に、世界の知識から順にさらっていた。

 彼女の有する知識は、かつて英雄らに滅ぼされ、聖母の実験施設で半死半生の状態で生かされていた魔族から与えられた欠片に過ぎない。


 その程度の知識では、アドレー自身何に憧れ、嫉妬を抱くかなどわからない。

 アドレーの能力は簡単に言えば、相手から技能を奪うと言う物だが、奪える技能にも数にも限度がある。

 アドレーに必要なのは、奪い取る能力の取捨選択能力だ。何もかもを奪い取れるようになるのではなく、必要な能力を必要な時にだけ奪えればいい。

 しかし選択するにも、知識がなければ意味は無い。

 そんなわけで魔法に関する事はもちろん、世界の辿った歴史まで知識としてある程度蓄え、必要な情報と不要な情報とを脳内で分ける作業を行なう訓練をしていた。


 ただ、傍から見れば訓練と言うより授業の一環に近く、先生の講義を素直に受ける優等生アドレーが、着々と知識を蓄えているだけであった。

 唯一間違って覚えさせられているのは、魔王を倒したのが魔剣帝であるという、世界共通の嘘だけだ。


「ねぇねぇ、なんで世界を支配した人ってみんな、魔王とか魔導王とか、って付いてるの?」

「……この世界を最初に支配した者がそう名乗った事と。魔族がこの世界で最も力強く、凶暴であるという世論が、相まった結果だと思います」

「ふぅん……」


  *  *  *  *  *


 そしてエリアスは一人だけ、皆から離れた場所にいた。

 今にも泣きそうになりながら、一人、一際大きな墓石の前に設けられた石段に座っていた。

 本を読むでもなく、何か魔法の練習をするでもなく、ただ墓石の前にいろと、それだけを命じられ、かれこれ半日以上座っている。


 何せ、エリアスには教えるべき事が無いからだ。

 弱点らしき弱点のない優等生。一度本を読めばスポンジのように何もかも吸収し、魔力を喰らうという特性から魔力切れなど滅多に起こさない。

 体捌きにおいては不安点もあるが、戦い方からして接近戦は他に任せれば良い。器用貧乏になるよりも、一つの事に集中して身につける方がいいと考えるタイタニアの指導方針に準じれば、エリアスは紛れもない優等生だった。


 唯一、問題があるのは精神面。

 主に、アンに対する依存性の高さ。


 戦いにしても移動にしても、常にアンの隣にいて補助する役目を買って出る。

 アンのサポーターと考えれば最良かもしれないが、アンがいないとなるとすぐさまパニックを起こして、優等生らしからぬ行動で周囲を混乱させてしまう。


 故にアンから一番近く、誰にも頼れない環境下で半日以上過ごし、気を紛らわすための行動も何も、すべて許した上で座らせる。

 始めこそすぐにパニックを起こして、すぐにアンの元へ来てしまうし、アンに会ったら会ったで泣きじゃくっていたものだが、今となっては大分落ち着いてきた。


「……よし」


  *  *  *  *  *


 タイタニアの下で、修行という名目の下、一方的にしごかれる。

 タイタニアはまだまだ納得してないようだが、扱かれている六人は上達の実感を感じていた。

 自分が強くなっている。成長しているという感覚は、厳しさの中に悦を感じられるものだ。

 会得、体得による充実感はやがて自信へと繋がり、個々の能力を開花させていった。


「おまえ達の、実力を測ろう」


 本格的な修行の開始から、二〇日程経った頃。

 修行の合間を縫って狩ってきた獣を煮た鍋を囲っていた一行に、タイタニアが突然告げた。

 食事中に彼が会話を挟んできた事は一度もなかったので、全員、思わずその場で身構える。臨戦態勢に入るまでの時間が合格基準を越していたのか、「今じゃない」と言うタイタニアの声には、若干の微笑が籠もっていた。


「明日の朝、ここの結界を開ける。俺の指定した人物を連れ、ここに帰ってくる。そこまでを試験としよう」

「人捜し……ではなかろう? 実力を測ると言うのだ。何処にいて何をしているかは、教えてくれるのであろうな」

「賭博師、ブラック・ドラッグの根城にして、世界最大の賭博推奨国家グランド・カジノ、ゴルドプール。百を超える賭場の中に最近、新たな賭場が出来、人気を博しているらしい。金銭はもちろん、希少価値の高い武具の素材や小村規模の土地。高貴なる血族の体液に至るまで手に入ると言うゴルドプールで、唯一、

「何それ、気色悪い。涎の代わりに精液でも垂らしたオスでも群がってるわけ?」

「シャルティ。子供の前でそのような発現は控えなされ。少々刺激が強過ぎる」

「今からそこに乗り込むんだから、慣れておいた方がいいでしょ? それとも、煩悩を捨てきれなかった破戒僧にも、刺激が強過ぎるかしら?」

「敢えて反論はしないでおこう……」

「まぁ実際、貪欲の言う通りだ。賭けに勝てば堂々と女を犯せるとあって、毎日多くの客が通い詰めていると聞く。だが同時、未だ誰も勝ったことがない賭場だとも聞く。賭場のルールは至極単純。犯す女と戦い、これに勝てば女を抱ける。それだけだ」


 呆れを通り越して何も言えない、と言いたげな紫煙が頭上に浮いた。


 元々同じチームだったのだ。ブラックの性格は嫌と言うほど知っているのだろう。知っている上で、元同胞の性格の悪さを改めて実感したところで頭が痛くなった、と言ったところか。

 同じ立場になった事が無いので同情は難しいが、大罪一行は何となく、守護者の胸の内に渦巻く感情を察して、無言で続きを促す。


「そして今、この賭場の絶対的勝者にして最強のディーラーたる女が、その賭場に来る男達をことごとく返り討ちにしているわけだが……おまえ達には、その女をここに連れて来て欲しい」

「おいおい。まさかその女をぶちのめして、ここに連れて来いってか? どんだけ美人か知らないが、血の気の多い女はゴメンだぜ」

「ほぉ、ベンジャミン。では私やシャルティは、其方の希望には添えぬと言うのか?」

「それはそれでなんか腹立つわね」

「意地悪言わないでくれよ、姉御……」


 別にそういう気があるわけではないのだけれど、告白もしてないのにフラれたようで気分が悪くなった二人の背中からもの凄い重圧を感じ取ったベンジャミンは、そそくさと二人に鍋を注いで渡し、腰を低くして引き下がった。


「方法は任せる。ただ、正攻法にしろ搦め手にしろ、大事な賭けの商品を失うとなれば、あの賭博師が黙ってないだろう。刺客を送り込んでくるか自分自身が出てくるか、わからないが、どちらにせよ戦いは回避出来まい」

「何だ。長年付き添った仲であろうに。今は絶縁状態でも、少しくらい動きは読めようが」

「あれは例外だ。あれはその日その時の気分次第で動きを変える。セオリーなんて言葉は知ってるが、ワンパターンと言う展開を極端に嫌う。こちらが一方的な蹂躙となれば、敵勢力に荷担して武器を密輸するような奴だからな」


 「それで何度、死にかけた事か……」と、ボヤく守護者はまた、頭が痛そうだった。

 側にいたフィロータスが、刻み煙草を落とした器に新たに煙草を刻み入れ、火を灯す。新たな紫煙を吸ったタイタニアは、少しだけ平静を取り戻した様だった。


「話を戻そう。傲慢のがどんな奴を想像したかは知らないが、おそらく皆の予想とは反する人物だろう。少なくとも、女性あれ本体は好戦的ではない」

「本体?」

「憤怒のは転生者だろう。ならば、死霊師ネクロマンサーという種族に聞き覚えはないか」

「あぁ。ゾンビだったり幽霊だったり、系統は異なるものの、そういった死人や霊を扱う魔法使いを差す。結局はそういった魔法使いという意味合いで、ただの人間のはずだが。この世界では違うのかな?」

「少なくとも、人間ではない。この世界においては希少な存在で、と呼ばれている。死霊師ネクロマンサーは憤怒の言った通り、魔法や魔導具を駆使して死霊、死人を操るが、死霊憑きは生まれながらにして死霊を己が身に憑依させ、守護霊として使役する者を差す。それだけでも極めて珍しい存在だが、彼女はその中でも更に希少な存在だ。死霊憑きと死霊との間には絶対的な上下関係が存在するのだが、彼女と彼女の死霊は主従ではなく――守護する者とされる者とで線引きされている」


  *  *  *  *  *


 筋骨隆々、太い体躯に頑丈そうな防具を身にまとった男達が次々と吹き飛ばされ、外壁に叩き付けられる。

 中央でスポットライトを浴びている黒髪の女性は一人、自分の体を抱き締めながら座り込み、ずっと震えていた。


 払っても、払っても。

 払っても、払っても、払っても、払っても、払っても消えない。消えてくれない。

 次から次に湧いてきて、やって来て、自分の体を前にして唇を舐める。下賎な男達が色を帯びた目で舐めるように見つめてくるのが怖くて、自分を傷付けようと握り締めている刃物が怖くて、呼ぶ。


降臨コール!!!」


 悲鳴混じりの呼び出しを受け、彼女を中心に魔力が渦を巻き、肉を得た死霊が立つ。

 今まさに戦い、女を陵辱せんとしていた男達は今まで抱いていた色が褪せて、は急速に萎えてしまった。


 怪物が如き死霊の咆哮と、凄まじき戦いを見せられて湧く観客の熱気とで、今日もゴルドプール新施設、ラスト・ヴァージンは大が付く程盛況である。

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