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「えぇ、これから貴方がどうしてアンダープリズンに、しかも非正規のルートで向かうのか――。それに関して私は深く詮索しません。詮索する必要がありませんし、それは同時に詮索されたくないからでもあるのです。お互い、知る必要のないことは知らなくても結構。私がどこの誰であろうと、それは貴方にとって関係のないことですから」


 そう言われるとますます気になってしまうのであるが、詮索しない代わりに詮索もするなということなのだろう。ならば、これ以上の詮索はすべきではない。相手の嫌がることをして、ヘソを曲げられてしまっても面倒であるし、これから須賀と長い付き合いをしなければならないわけでもない。あくまでも関わるのは一時的であり、またすぐに赤の他人同士へと戻ってしまうのだろうから――。


「それはそうと、こっちになります。こちらの部屋は普段から使わないようにしていましてね――。一応、それらしい体裁だけは整えているんですが、ここの従業員の誰しもが入ったこともなければ、使ったこともない……そんな心理的な【開かずの間】になってます」


 須賀は立ち止まると、腰にじゃらじゃらとつけているキーホルダーのひとつを手に取る。キーホルダーには、その名のごとく鍵がつけられており、ベルトから外されたキーホルダーにも、例外なく鍵がついていた。ベルトに幾つもキーホルダーをぶら下げるのであれば、ひとつにまとめるとか、何かしらのやり方があるだろうに。いや、須賀の仕事のやり方に関しても、あまり詮索すべきではないのかもしれない。


 須賀が鍵を開けると、その先にはごくごく普通であると思わしき部屋が広がっていた。そもそも、このような店に足を運ぶことがないから、普通なのかどうか判断できないだけであるが――。正直、ちょっとランクの低いホテルの一室というイメージだが、店が店であるためか、妙に薄暗いように思えた。


「ベッドを壁際に動かします。手伝って下さい――」


 案内される立場の倉科は、ただただ須賀の指示に従うことしかできない。部屋の中央に置いてあるダブルベッドに歩み寄ると、須藤の反対側に回り込んで持ち上げる。思ったよりも重量があり、引きずるような形でベッドを動かすことになってしまった。


 額に浮かんだ汗を拭った須賀は、ベッドの下に敷いてあったカーペットを引き剥がす。すると、無機質な床の上に、南京錠が幾つもつけられた扉が現れた。まるで台所の床下収納である。もっとも、その割には仰々しい鍵の数であるが。


 なんと言うべきか――。あまりにも禍々しい雰囲気に、倉科は思わず苦笑いを浮かべた。まるで悪いものを封印しているかのようだ。まぁ、それが繋がっている先のことを考えるのであれば、あながち間違っていないのかもしれないが。


「ここを降りれば、アンダープリズンに出ることができますよぉ。空調のためのダクトに繋がっていて、後はお好きな排気口から出ればいいでしょう」


 須賀はそう言いながら、ひとつずつ南京錠を外していく。ベルトにぶら下がった幾つもの鍵を照合しながらだから、かなりの時間を要してしまった。手伝うこともできず、かと言って須賀を急かすような立場でない倉科は、ただ悶々としながら須賀の動きを目で追い続ける。そんな須賀は、全ての封印がようやく解かれた扉を――いいや、蓋を持ち上げた。


「一応、決まりですから、貴方が降りた後は再びここを閉じます。行きは良い良い帰りは怖い――。お帰りの際は、自力にてお願いします」


 ぽっかりと口を開けた地下への入り口に、倉科は小さく溜め息を漏らす。中は薄暗く、梯子が伸びていることだけが確認できる。 


「ここで俺が戻ってくるまで待ってくれるという選択肢は?」


「ありませんねぇ。この出入口の存在は、アンダープリズンと同様に機密性が高いです。わざわざ風俗店の中にある辺りが、なお秘密感満載ですよねぇ――。ゆえに、この出入口が開きっぱなしなのを他の人に見られるわけにはいきません。ましてや、こんなところで私が貴方を待ち続けるなど、どうしてそんな不毛なことをしなければならないのでしょうか? 私は貴方が地下に潜った後、幾つもある南京錠を閉めて、カーペットを敷き直して、ベッドを一人で元の位置に戻さないといけないのです。そして、定時になったら、妻と子が待つ暖かい家庭に一刻も早く――」


 須賀が言葉をあれこれと並べ立てるのを見て、倉科は改めて大きな溜め息を落とした。責任感がないというべきか、自分が大きな機密を抱える立場だという自覚がないのか。とにかく、こんな非常時であっても、須賀は定時に帰りたいらしい。守るべきはアンダープリズンよりも自分の家庭ということか。それはそれで結構である。むしろ潔い。


「あぁ、分かった。わざわざ付き合わせて悪かったな。帰りは自分でなんとかするから、帰って貰っていいぞ」


 なかば呆れながら――そして皮肉を込めて言ったつもりなのであるが、須賀は素直に「えぇ、そうさせて頂きます」と笑顔を見せる。それを見て何度目か分からぬ溜め息を落とした倉科は、アンダープリズンへと続く梯子に足をかけたのであった。中嶋達が無事であってくれることを切に願いつつ――。

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