18
突然そんなことを言われて睨みを利かされた店員は明らかにたじろぎ、ただ言葉を詰まらせる。客だと思って出迎えた男が警察の人間で、責任者に話を繋げろと険しい形相で要求してくるのだから、これで普通に対応しろというほうが無理なのかもしれない。ただ、こんなところで門前払いという結果だけは避けたかったし、必要以上に強気に出る必要があった。
「――あの、その。ご用件は?」
「ガサ入れだよ。ガサ入れ……。この店で未成年を使ってるなんて話を聞いてな。事情を責任者の人間から詳しく聞きたいんだよ」
弱々しく、倉科に伺いを立てるかのごとく上目遣いをしてくる店員。それに対して、倉科は溜め息混じりに嘘を漏らした。嘘も方便――なんて言葉があるわけだが、正しく今の状況を弁明するためにあるような言葉である。しかしながら、ガサ入れは強力なワードだったのか「しょ、少々お待ちください!」と、店員はやけに慌てた様子で、カウンターに隠れつつ電話の受話器を上げる。未成年を雇っている云々の話は、当然ながら倉科のはったりだが、しかしこの店――叩けば埃がバンバンと出るのかもしれない。
「い、今すぐ責任者が来ますので、もう少しお待ちください!」
恐らく責任者に連絡を取ったのであろう。店員の男は倉科にそう告げると、なんとなくカウンターに残るのは気まずかったのであろう。そさくさと店の奥に姿を消してしまった。カウンターの隣にでかでかと飾られた、女の子達の顔写真。その大半は実物とは似ても似つかぬ、盛りに盛った詐欺写真なのだろう――なんてことを考えながら待つことしばらく。店の奥からではなく、店の入り口のほうから、背の高い男が姿を現した。一瞬、客かと思ったが、倉科のほうを見て会釈をした辺り、どうやら客ではなく店の責任者のようだ。実にひょろりとしており、それ以外には特徴のない男だった。
「お待たせしました。ここの店長の
須賀と名乗った男は、頭をもう一度下げると、倉科のほうへと近づきしなに、それこそ倉科にしか聞こえないような小さな声でこう続けた。
「で、実際のところどうなんです? 本当にガサですか? それとも、アンダープリズンに何か問題でも起きました? できれば後者のほうがありがたいなぁ。いやいや、このタイミングでガサは困る。よりによって、ピンポイントでガサ入れは困るんですけどぉ――。えっと、捜査一課0.5係の倉科さんでしたっけ? ガサじゃないですよね? こんな健全に営業をしている当店に、警察のガサ入れが入るなんてことは――ありませんよねぇ?」
気味の悪い男――。それが須賀に対する第一印象だった。それなりに身なりは整っているのだが、ひょろりとした風体と、少しばかり高めの声質が、無駄にそう思わせてしまうのかもしれない。ただ、どうやら都市伝説並みの噂は本当だったらしい。須賀は倉科の返事も聞かずに続ける。
「どうして私が貴方のことを知っているのかぁ。その辺りのこと深く考えないほうがいいでしょう。まぁ、0.5係のことを知っている時点でお察し頂けると思いますし、私にできることならばお手伝いもさせて頂きます。た・だ・し――ガサ入れだけはよろしくありませんねぇ。人は他人に知られてはならない秘密を、ひとつやふたつ持っています。だからこそ人は魅力的でいられるのです」
どうにもガサ入れを嫌っているようだが、その辺りは安心して欲しい。ガサ入れを餌にしたのは、あくまでも責任者を引っ張り出すためのはったりに過ぎないのだから。本命はもちろん、ガサ入れではない。
「その口振りからすると、やっぱりあるんだな? この店からアンダープリズンに繋がる非常用のルートが」
倉科が言うと、須賀はわざとらしく宙へと視線をやり、わざわざ間を作ってから頷いた。
アンダープリズンの入り口と隣接する形で存在している【人妻ヘルス】であるが、店のどこかにアンダープリズンへと通ずる入り口が存在する――。構造上の都合でそうなったとか、非常時を想定して、あえて別の場所に出入口を作ったとか、色々な説があるのだが、これこそが、耳に挟んだことのある噂話――。適当な理由をつけて、片っ端から店の中を調べてやろうと思っていたのだが、須賀が馬鹿正直に認めてくれたおかげで、その手間は省けそうだ。
「いつでもご案内しますよ? ガサ入れではないのであればね――」
須賀の言葉に思わず苦笑い。ガサが入ると都合が悪いようなことをやっていることはよろしくないが、今はあえて目をつむってやろう。倉科の目的は違法風俗店の摘発ではなく、アンダープリズンへの侵入なのだから。
須賀に案内をされて、店の奥へと歩き始める。店といっても、そこまで広くはないようだ。細い廊下が伸びており、ぽつりぽつりと扉が点在している。きっと、扉の向こう側がプレイルームになるのだろう。
「お前さんの素性とかも――詮索しないほうがいいのか?」
須賀という特異な存在が気になって、ぽつりと問うてみた。須賀は大きく頷くと口を開く。
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