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当初の予定通りに署へと車を走らせた。むろん、中嶋から聞き取りをした内容をレポートにまとめるためではない。駐車場に車を滑り込ませ、パトカーを降りると署内へと入る。
捜査一課に顔を出すと、署員のロッカーがずらりと並ぶ小部屋へと入る。正式に名前がついているわけではないが、捜査一課の中で更衣室と言えば、この小部屋のことを指す。
捜査一課に顔を出してから、自分のロッカーの前に立つまでに、何人かの部下から挨拶をされたが、倉科は素っ気ない返事をするので精一杯だった。また陰で「無愛想――」だとか「顔が無駄に怖い」だとか陰口を叩かれるのであろう。人の上に立つというのは、決して楽なことではない。
ロッカーの鍵を開け、ショルダーホルスターを取り出す。サスペンダーと同じ要領で肩に通すと、今度は拳銃を取り出した。どこぞの有名な刑事ドラマのせいで、拳銃を持ち出すにも許可が必要である――なんて認識が広がってしまったようだが、実際のところそんなことはない。もちろん、それなりの管理マニュアルはあるのだが、個人がロッカーに鍵をかけて保管している場合がほとんどだ。管理も自己責任であるし、それを持ち出す際も自己責任である。制服勤務――常に拳銃を装備しなければならない警察官となると、また管理の方法も違うのであろうが。
ニューナンブM60――38経口の回転式拳銃。警察の装備としては、これがもっとも幅広く普及しているのではないか。もっとも、このリボルバーも旧基準となりつつあり、今ではM37エアウェイト――俗にいうスミス&ウェッソンのリボルバーと、同社のM360を日本の警察の特注仕様にしたM360SAKURAなる回転式拳銃も導入されつつある。現在の警察に配備されているのは、これらの三種類。倉科の持つニューナンブM60は、もっとも古株であり、また旧基準というわけだ。使い込まれたニューナンブM60は、それはそれで味がある――なんて、ガンマニア顔負けのことを考えながらも準備を進める。
リボルバーのシリンダーを横にスライドさせると、倉科はロッカーの中を見つめて、少し考えた。実弾と模擬弾――装填すべきはどちらなのか。相手がどれだけの戦力を有しているかは不明だが、実弾より模擬弾のほうが気兼ねなく引き金を絞ることができる。実弾だと、致命傷を与えないように狙いを絞らねばならないし、当たりどころが悪ければ相手を殺してしまうかもしれない。一方、模擬弾は殺傷力が極めて低く、そもそも暴動の鎮圧などが主な用途だ。散々迷った挙げ句、倉科は模擬弾が入ったケースを手に取った。
一発ずつシリンダーに模擬弾を詰める。いちいち倉科がやってくる度に、模擬弾装填の拳銃を準備するのが面倒だから――という理由で、中嶋から預かっていた模擬弾が、ようやく出番を迎えたことになるだろう。普段は拳銃を持ち歩くことすら、わずらわしく思えてしまうのだから、こんなことがなければ、ずっとロッカーの奥に眠ったままだったに違いない。
模擬弾をフル装填すると、拳銃をホルスターの中へと収める。警察の人間が帯銃する場合、基本的に予備弾というものは持ち歩かないのだが、今回は事情が事情であるため、念のためにポケットの中にも模擬弾をねじ込んだ。
続いて、普段からロッカーの奥で眠らせていたリュックサックを引っ張り出す。研修や出張の際、旅行バッグの代わりとして使用するものだ。家に持ち帰ればいいのに、持ち帰るタイミングを見失ってしまったものである。それを肩に引っ掛けると、捜査一課を足早に後にした。
――現状、アンダープリズンで中嶋達が助けを求めている。相手の数や装備を聞く限りでも、外からの救援が必要なのは間違いない。しかしながら、倉科が直接救援を求めることはできないし、頼みの綱である叔父も、他のお偉さんと話し合ってからでないと、救援は要請できない。話し合い自体にも時間がかかるだろうし、必ずや救援を要請するという着地点に到達するとも限らない。下手をすれば、アンダープリズンの人間を見捨ててでも、機密を優先するという結論にいたるかもしれない。
「――本当、俺の立場って損な役回りだよなぁ」
車に乗り込むと、もう一度だけホルスターの位置調整と、そのホルスターの中に拳銃が入っていることを確認する。いつ救援を送ってやれるか分からず、少なくとも今すぐ救援を送ることが厳しいのであれば――自分が行くしかない。正直、自分一人が乗り込んだところで、そこまで大きく状況が動くとは思えない。しかしながら、部下がアンダープリズンにいる以上、黙って見ていろというのも無理な話である。
エンジンをかけると、警察署のすぐそばにあるコンビニへと車を走らせる。コンビニで手当たり次第に飲み物と食べ物を買い漁った。会計を済ませ、ビニール袋を両手に車へと戻ると、それをロッカーから引っ張り出してきたリュックサックの中へと詰め込む。現在のアンダープリズン内部での食糧事情が分からない以上、備えあって憂いなしとはこのことだ。事前に準備をしておくに越したことはない。
コンビニの袋からコーヒー缶を一本取り出すと、それを開けてコーヒーを一口。改めて自分に気合を入れると、今度は神座の街へと車を走らせた。
アンダープリズンに入るためには、基本的に【人妻ヘルス】の近くにある扉から地下に潜るのが正規ルートになる。しかしながら、中嶋の話によると、解放軍とやらの仕業で正規の出入口が意図的に封鎖されてしまっているらしい。もっとも、仮にそうでなかったとしても素直に正規のルートから侵入するのはリスクが高いだろう。アンダープリズンの大半が占拠されているようだし、正規ルートの先で解放軍とやらが待ち構えている可能性だってある。よって、最初から正規のルートでアンダープリズンに入るつもりはない。非正規のルートで侵入するつもりだ。
――これは、アンダープリズンの関係者の中で、どれだけの人間が知っているのだろうか。確か、倉科自身も何かの拍子に耳に挟んだ程度の話であり、知っている人間のほうが珍しいのかもしれない。もっとも、それの真偽を確かめるのは、これが初めてであるし、本当に非正規のルートとして生きているかを確認したこともない。正直、行き当たりばったりである。
神座の街の、いつものパーキングに車を停めると、足早にアンダープリズンへと向かう。人通りも少なく、実に平和な昼下がりといった風景であるが、この地下に広がる空間ではとんでもないことが起こっている――。そう言われて信じる人がどれだけいることだろうか。
もう少しで【人妻ヘルス】に到着するという手前で、倉科は立ち止まった。今一度装備を確認し、ゆっくりと【人妻ヘルス】の看板に向かって歩き出す。解放軍とやらが外で見張っている可能性がゼロというわけではないし、ある程度の警戒はすべきだろう。
倉科のそんな警戒心は、全くの杞憂で終わった。アンダープリズンへと続く扉の前に人の姿はなく、時間的に【人妻ヘルス】も営業しているはずなのだが、随分とひっそりしている。客が入っていないのであれば、それはそれでやり易くなる。倉科はいつもの……アンダープリズンへと続く扉の前を通り過ぎ、そのまま【人妻ヘルス】の店内へと向かう。
店内は無駄に暗いし、こんな真昼間から、ガンガンと音楽が流されている。確か、ユーロビートとかいうジャンルの音楽だったか。入ってすぐに無人のカウンターがあり、そのカウンターの上に置かれているベルを鳴らすと、店員らしき男がぬっと姿を現した。
「いらっしゃいま――」
「警察だ。ここの責任者と話をしたい」
店員らしき男の言葉を遮ると、倉科は鋭い眼光を向ける。
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