30
縁がパスケースから取り出したのは、第二の犠牲者が友人と写っているプリクラだった。これでも何かの足しにはなるだろう――と、鉄格子の間に差し込んでやる。プリクラは小さく、どうしても受け渡しの際に坂田の手に触れてしまうから、特にしっかりと銃口を向けた。何か妙な真似をしたら、遠慮なく引き金を引くつもりでいる。坂田はプリクラを受け取ると同時に縁の腕を掴み――なんてことはせず、じっとプリクラを見つめると「くくっ……」っと笑いを堪えた。
「これだよ、これ。俺が求めていたもんはよぉ。やっぱり、俺の思った通りだ。こいつを見る限りじゃ、俺の推測に間違いはない。間違ってんのは第三の事件のほうだ」
そう呟く坂田。彼が求めていたものとは何なのか――。いまいちはっきりと見えてこない。そんな縁をそよに、坂田は開いたままだったパスケースに視線を止める。
「女……それはなんだ?」
坂田の言うそれとは、プリクラと一緒にパスケースの中へと入れておいたミサトの名刺のことを指しているのであろう。
「第三の犠牲者から貰った名刺です。殺害される前日に、新調したからということで、たまたま店に顔を出した時に貰ったものですが――」
あぁ、またうっかり敬語が出てしまった。そんなことを悔いる縁をよそに、坂田が明らかに顔色を変え、鉄格子から手を差し出してくる。名刺を渡せという意味であろう。何かの足しになればと、ここは素直に名刺を手渡してやる。坂田はそれを受け取ると、にやにやとしながら「――そういうことか」と漏らした。そして顔を上げると続ける。
「女、これを貰った時の状況を話せ。できる限り正確にだ」
どうしてこんなものにこだわるのだろうか。正確に状況を話せと言われても、人間の記憶なんてたかが知れている。それでも、記憶を掘り起こして、その時の状況を話した。どんな会話をしたのか、誰がいたのか――できる限り正確にだ。それを聞いていた坂田が、みるみる内に表情を歪めていくのが分かった。実に気味の悪い歪んだ笑みだった。
「くくっ――くくくくくくっ! ひゃっはっはっ! そうか、そういうことかぁ! だからこそ、第三の事件は法則性から外れたんだなぁ。こいつは間抜けな話だぜぇ」
何かがぷつんと切れたかのごとく、急に笑い出した坂田。挙げ句の果てには手を叩いて喜び出す始末だ。
「さ、坂田――。何か分かったのか?」
そんな坂田の様子に気圧されつつ、倉科が問うと、狂気じみた表情のまま坂田が頷いたように見えた。
「女、ひとつだけ確認したいことがある。もしかして第三の犠牲者ってのはよ――」
坂田は得意げな顔をしながら、あることを縁へと問う。それは、坂田には話していないはずで、本来ならば彼が知っているはずもない情報だった。
「――どうしてそれを?」
知っているはずのない情報を口にした坂田に、縁は驚きつつも事件が解決に向かって動き出したことを感じた。もう、坂田は確実に何かを掴んでいるのであろう。この複雑で理解不能な事件の答えを見出そうとしているのだ。
「これまでのことを考えれば察しのつくことだ。どうやらこれで犯人の動機もはっきりしたな。犯人はあることに執着するあまり、それを乱されることを嫌ったんだよ。ある意味じゃ同族嫌悪って感情に近いのかもしれない」
坂田はそう言うと、縁と倉科の目の前で事件の真相を口にした。それは、縁にとっては衝撃的であり、そして背筋がゾッとするような内容のものだった。
「いいか? 今回の事件はな――」
真相が暴かれていくに従い、縁の頭の中でこれまでの情報が弾け、坂田の推測を補強するかのように方々へと散らばる。坂田の話を聞けば聞くほど――ある人物に対する疑念が深まる。ボイスメモに残されていた犯人の肉声。やけに吃っていて、坂田が言うには、それにすら法則性があるという。
「あっ――」
坂田の言葉を遮るようにして声を上げた縁。あることに気付いたからだった。あの時はささいな違和感程度で済ませていたが、それはもしかして――ある事柄を隠すために犯人が意図的に意識していたことなのではないだろうか。
縁の声に言葉を切った坂田だったが、また改めて事件に対する自分の見解を並べ立てる。縁自身が気付いた事柄も相まって、ある人物への疑念がますます強まった。思い返せば、あの人物の行動にも、ある種のこだわりがあったのである。それこそ、一般的に考えれば異常であるというほどの大きなこだわりが。
「――ってわけだ。人が人を喰らう。物騒で馬鹿みたいな事件だったが、どうやら第三の事件が全てを狂わせたな。軌道修正のやり方は悪くなかったが、詰めが甘かったなぁ」
坂田はそこで小さく溜め息を漏らすと、改めて縁と倉科のほうを見据えて、気味の悪い笑みを見せたのであった。
「まぁ、俺だったらもっとスマートに殺るぜぇ――」
人が人を喰らうという、極めて猟奇性の強いカニバリズム事件。これまでの情報が、ひとつのものとなって形を作り、事件を解決に導こうとしている――。
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