「そうだな――。二人とも、辛くなったらトイレに駆け込んで貰っても構わないから聞いてくれ。これは、この事件にたずさわった人間なら、一度通る道だからな」


 お言葉に甘えてトイレに駆け込みたくなるが、しかしそれでは一向に話が進まない。それに、写真を直視さえしなければ、まだ耐えられそうだ。縁はやせ我慢でその場に居座り続ける。


「遺体が発見されたのは、今言った通り国道の中央分離帯なわけだが、そもそもこの国道は深夜になるとほとんど車通りがなくてな。まぁ、田舎なんてそんなものなんだが、さすがにその場で犯行に及んだ可能性は低いと思っている。車通りが少ないだけで、数分――数十分おきに車の一台くらいは通るからな。よって、どこか別の場所で殺害された後、遺体発見現場に運ばれたと考えるのが妥当だと思われる」


 遺体は国道の中央分離帯という、実に大胆な場所で発見されたようだ。幾ら深夜だとしても、いつ誰に目撃されるか分からない場所で犯行に及ぶことは考えにくい。安野の見解でまず間違いはないだろう。


「遺体の損傷具合の割に、現場にはその痕跡――例えば飛び散った人間の脳細胞だとか、血液とかが見られなかったわけ。それも、別の場所で被害者が殺害されたことを裏付けていると思うよ。ちなみに切断されたであろう両手の薬指も、当然と言えば当然だけど見つかっていない」


 グラスを傾けながら補足をつける麻田。彼もまた、最初の頃は吐き気と戦いながら鑑識の仕事にあたったのであろうか。あまりにも平気そうに資料を眺めている辺り、そのようには思えないのだが。いずれ、自分も慣れてしまうのだろうか――。そう思うと、なんだかゾッとした。そもそも、こんな残酷な事件に慣れたくはないものだ。


「死因は――あ、ここからの見解は先生に話して貰ったほうがいいか。せっかく専門家がいるんだから」


 淡々と続けようとした安野だったが、先生に気を遣ったのか、話の主導権を先生のほうに渡した。それを受け取った先生は「別に気にしなくてもいいのに」と言いながらも、眼鏡のブリッジを指で押し上げ、淡いピンク色をした唇を動かした。


「司法解剖の結果だけど、特筆すべき点が幾つかあるわ。まず、死因は写真を見て貰えば分かる通り、頭部への鋭器えいき損傷による即死ね。頭蓋骨を割って傷は脳まで達しているから、鋭利な刃物で――しかも相当な力でやられたものだと思われるわ。傷の程度から見て、凶器は恐らく刃渡り50センチから60センチ。また、厚さは最大で5センチはあるものだと思われる。さて、ここから導き出される凶器はどんなものになるかしらね?」


 鋭器損傷とは、文字通り鋭利な刃物によって損傷を受けたことを指す。つまり――写真を見たまんまであり、頭部をパックリと割られてしまったことが、直接的な死因ということになるのだろう。脳にまで達する傷なのだから、これが致命傷になったであろうことくらい素人でさえ分かるだろう。


「刃渡り50センチから60センチって、かなりでかいっすね」


 まだ青白い顔をしながら尾崎が呟く。縁と同じように資料を直視しないようにしているのが伺えた。それにしても、尾崎の言う通り随分と大きな凶器である。確か一般的な家庭用包丁の刃渡りが17センチから18センチくらいであるから、ゆうにその三倍近くの刃渡りがあるということになる。しかも厚さは5センチ――これまた一般的な包丁は厚さ1センチにも満たないから、かなり大振りな凶器であると言えよう。


「そうね。かなり大振りな凶器になるわ。しかも、傷の具合を見る限り一撃で脳にまで達するダメージを与えている――」


 大振りかつ、一撃で被害者の頭を叩き割るような凶器。刃渡りも長く、何よりも厚い。これらのことから縁の口から出た答えは、きっと至極単純なものだったのであろう。縁自身も思いついたものを口にしただけなのだから。


「斧――もしくは鉈でしょうか? 刃渡りの長さと厚さを考えると、かなりの自重があることになる。そうなると、考えられる凶器は、もとより自重を利用するように作られたものに限定される気がします。ただ、刃渡り50センチ越えで厚さが5センチの斧となると、その自重もかなりのものになります。同じ刃渡りと厚さならば、まだ鉈のほうが縦幅がない分、自重も軽くなり扱いやすいように思えます」


 刃渡りの長さもさることながら、やはり着目すべきは最大で5センチもある厚みであるだろう。世の中には様々な種類の刃物が存在しているが、厚みが5センチもの刃物となると、その種類も限られてくる。たまたま思い浮かんだのが斧と鉈であるが、その両者を比べた場合、凶器として扱いやすいのは鉈であろうという結論にいたったのだ。


「ご名答。私も恐らく凶器は大振りの鉈の類じゃないかと思っているわ。犯人は被害者の頭部にめがけて大振りの鉈を振り下ろした。鉈そのものには自重があるから、被害者の頭部をここまで損傷させることができたってわけ。頭部の損傷具合と傷の入り方を見ても、真上から真っ直ぐに振り下ろしたことが伺える――。まるでスイカ割りみたいにね」


 スイカ割り――犯人が目隠しをして、鉈を振り下ろす姿を想像してしまった。とにかく、被害者の致命傷となってしまったのは、頭部への一撃で間違いないらしい。ただ、それが致命傷となったのであれば、どうして被害者の薬指だけがなくなっていたのか。ただ殺すだけならば、薬指を切り落とす必要はなかったはずだ。もっとも、常人の理解を超える異常性を見せるのが猟奇殺人事件というものである。薬指を切り落とすことに何か意味があったのかもしれない。まぁ、大方の予想はついてしまうが。


「さて、これで死因と、ある程度の凶器は推定できたわ。じゃあ、今度は切断されていた薬指について話をしましょうか」


 淡々と――そしてテンポ良く。必要最低限の情報を提示するだけで、次々と話を進める先生。理路整然としているというか、無駄を一切省いた話の進め方である。偏見かもしれないが、いかにも医学にたずさわっている人間という印象を抱いた。彼女の仕事ぶりも、きっと無駄を省いていながら、しっかりと要点を抑えたものになっているのだろう。


 縁は頭の割れた写真を手で隠し、薬指が切断された両手の写真へと視線を移す。グロテスクといえばグロテスクであるが、まだこちらのほうが直視できた。一同も写真を眺めながら先生の言葉を待っているようだった。いつしか、尾崎とママが資料をシェアするような形になっていた。


「この両手の薬指だけど、これも鋭利な刃物で骨ごと切断されている。頭部と同様の凶器が使用されたかどうかは断定できないけど、迷いもなく綺麗に切断されているわ。そして、注目すべき点は、血液が手の甲や手の平まで流れ出て、両手ともに血まみれになっていたということ。ほとんど凝固してしまっていたけど、かなりの出血量があったのは確実。これは、明らかな生活反応よ」


 生活反応とは、生きている人間だけに見られる現象のことを指し、法医学においての判断材料として重宝される反応である。一般的には生体反応と呼ばれることが多いかもしれない。法医学ではこれを見ることにより、死因などの特定に役立てている。


 例えば、人間は常に自発的に呼吸をしている。これは当たり前ながら生きている人間にのみ見られる現象である。死んでしまえば自発呼吸は行わない。これがあるからこそ、火事に見せかけた殺人事件などは、あっさりと事件性があると暴かれてしまう。火事が起きた段階で生きていたのなら、当然ながら呼吸をしているわけであって、肺の中にすすが残る。しかし、火事が起きる前に殺害されていた場合は、その時点で自発的に呼吸をしていないわけだから、肺の中に煤は残らないわけだ。

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