「さて、さっきも言ったように、0.5係には辞令書も交付されない。謹慎処分でありながら、組織表から名前は抹消されるし、表向きは完全に組織から外される。だから、辞令交付式でさえ、こんな殺風景な場所でやらなきゃならんわけだ。ただ、お前達の上司は俺ってことらしいし、基本的なことは変わらない。まぁ、大きく変わってしまったことが二点ほどあるんだがな」


 倉科はアンダープリズンへと続くエレベーターを一暼すると、人差し指を立てた。


「まず一点目。0.5係は通常の捜査員とは違い、地方に縛り付けられることがない。全国のどこを探しても、坂田を収監している地下監獄はここしかない。だが、事件ってのは都合良く近所で起きてくれるわけじゃないだろ? 北は北海道から南は沖縄まで、全国各地で起こり得る。そして、0.5係はそれら全てをフォローしなければならない立場にある。北で事件が起きれば、そちらのほうに向かい、坂田と二人三脚で事件に向き合わなければならない。南で事件が起きた時も――もう言うまでもないな?」


 0.5係の主な役割は、事件と坂田の橋渡しをすることである。しかし、坂田はアンダープリズンから動けない。それゆえに、縁達が現場に赴き、事件の情報を仕入れなければならないということか。試験的に導入された係のようであるし、この辺りはまだ整備が行き届いていないのだろうが、これまでは地方だけだった管轄が、全国へと広がることになる。縁は倉科の言葉を噛み砕き、自分の中での解釈を進める。


「そして、これが二点目。これまでは当たり前のように署に出向いていただろうが、表向きは謹慎処分であるお前達は、これまで通りに署に顔を出すわけにはいかない。言ってしまえば、お前達は拠点となるべき場所を失ったわけだ。では、今後の拠点はどこになるのか――それは、ここだよ」


 倉科はそう言うと、自分の足元を指差した。その指が差す先には、コンクートの壁を隔てて地下監獄が広がっている。


「アンダープリズン……ってことですか?」


 縁は返ってくる言葉がどんなものなのか、あらかた想像がついていながらも問うてみた。これで、倉科が「いや、ブラジルだ」なんて小洒落たジョークを言おうものなら大したものであるが、しかし現実はそうはいかない。まぁ、地球単位で日本の裏側に位置するブラジルへの出向など、もはや意味が分からないが。


「その通りだ。アンダープリズンで使用されていない詰め所を改装して、そこを捜査一課0.5係として運用する話で進められているよ」


 そもそも0.5係が特異な存在だからなのか。アンダープリズンという特殊な刑務所。表向きは死刑が執行されたはずの殺人鬼、坂田仁――。現実から剥離したことの連続で、きっと実感がないのであろう。尾崎が苦笑いを浮かべる。


「なんだか口頭だけの辞令ってのも、実感が湧かないものっすね――。自分、明日も普通に署に出勤しそうっす」


 全てにおいて異例というべきか、当たり前ながら前例がなく、基本的に機密扱いであるがゆえに、辞令の交付も略式であるし、倉科の口頭にて伝えられただけだ。この瞬間から0.5係ですよ――なんて言われたところで、実感を持てというほうが無理な話なのかもしれない。


「だったら、実感が持てるものを渡そうか――。確かに、口頭での辞令交付だし、表向きは単なる無期限の謹慎処分だからな。でも、お前達が0.5係に配属されたことは、こいつが間違いなく証明してくれる」


 倉科はそう言うと、内ポケットの中から封筒を取り出し、それをそれぞれ縁と尾崎に差し出す。差し出された封筒には縁と尾崎の名前が書いてあり、わざわざ【最重要】なんていう印が押されていた。


「開けてみろ……」


 倉科に促されて封筒を開けてみると、そこには顔写真入りのカードが入っていた。サイズは免許証くらいの大きさで、なんだか小難しい言葉が並んでいる。


「ここに入るための認可証であり、0.5係の身分を証明するものだ。あぁ、言っておくけど身分証明書としての効力はないからな。そもそも機密の存在なんだし、間違ってもそれで店の会員カードとか作るなよ?」


 倉科なりの冗談なのであろうが、手にした認可証が随分と重たいように思えて、そんなものは耳に入ってこなかった。物理的に重たいのではなく、精神的な質量があるように感じた。身が引き締まる思いだ。


「よし、それじゃあ坂田のところに行こう。せっかく認可証が交付されたんだから、俺の後についてくるんじゃなくて、自分達でアンダープリズンに入る手続きをしてみろ。そうすりゃ、多少は実感が湧くかもしれない。もちろん、そこの端末の網膜認証も登録されているから」


 倉科に促されて、互いに頷き合う縁と尾崎。端末の前で顔を見合わせると、尾崎が恐る恐ると端末に目を近付けた。すると、電子音が辺りに響いてエレベーターの稼働音が轟く。尾崎が戸惑いながらも、にやっと無邪気な笑みを浮かべた。


 三人でエレベーターに乗り込み、地下に降りると、今度は縁がアンダープリズンの入り口にあるインターフォンに歩み寄った。そして、インターフォンを鳴らすと、ほんの少しばかり誇らしい気持ちと一緒に、インターフォンについたカメラに向かって認可証を提示したのであった。


「捜査一課0.5係の山本縁です――」

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