17

 口にこそできないが、倉科は尾崎と同意見だった。二人のプロファイリングは目を見張るものがあるのだが、だからといってプロファイリングそのものが事件を解決するわけではない。それをもとにして現場が動かねばならないのだ。よって、倉科が知りたいのは現場がどう動くかであって、これまでの情報から犯人像に迫ることではない。口にすれば坂田のヘソを曲げることになるだろうし、縁も不快に思うかもしれないと考えて口を閉ざしていたが、それを見事なまでに尾崎が代弁してくれた。


「くくくくくくくっ。現場主義者ってのは、どうしてこうも単細胞の気の短ぇ奴しかいないのかねぇ。まぁいい、特別に教えてやるよ」


 ヘソを曲げるかもしれないとばかり思っていた坂田だが、倉科ではなく尾崎が提言したことが良かったのか、別段ヘソを曲げることなく、むしろ愉快そうに笑いを噛み殺す。彼にとって尾崎は新しい玩具であり、倉科よりかは大事に扱っているつもりなのかもしれない。まぁ、それはそれでなんだか腹が立つわけであるが。


「そうだな――。まず、第一の事件が起きた相楽駅付近に注目すべきだろうなぁ。沿線上に起きている連続殺人の起点であり、そしてこの現場だけ、発生した地点が駅から半径2キロメールと広範囲になっている。これらのことから、あることが仮定される」


 相楽駅付近で起きた事件は、この連続殺人の記念すべき最初の現場となる。確かに、他の現場は広くても半径1キロメール圏内で起きているのだが、この現場だけ倍の2キロメート圏内で発生している。この情報から、どんな仮定が立てられるのか。口を開いたのは坂田ではなく縁だった。


「犯罪心理学上、犯人が最初に起こす事件は、土地勘があって自分の良く知っている場所であるという統計があります。そして、最初の事件だけ駅から現場が離れていることから――こう考えられます。つまり」


 そこで縁と坂田の声が見事なまでにハモった。それこそ、あらかじめ口裏を合わせていたかのごとくぴったりと。


「犯人は相楽駅を最寄りとする圏内に居住している」


 坂田と同意見であったことに、縁は咳払いをする。一方、坂田はニタニタとするばかりだ。縁が続ける。


「この現場だけ駅から離れているのは、相楽駅を最寄りとした圏内に犯人の居住拠点があるからだと考えられます。すなわち、この事件だけは駅を中心とした範囲で発生したものではなく、犯人の居住地を中心とした範囲内で起きている可能性が極めて高いんです。だから、最寄りの相楽駅からは半径2キロメール圏内という広範囲内で事件が起きてしまった」


 縁の言葉に、倉科が頭の中で描いていた地図が修正される。沿線に沿った形で発生している連続通り魔殺人事件。しかしながら、最初の殺人だけは、駅を中心とした圏内で起きたのではなく、犯人の住居地を中心とした円の中で発生している。それが、駅から半径2キロメールという範囲に重なったのであろう。すなわち、最初の事件だけは駅を経由せずに発生している。では、どうして最初の事件だけ駅を経由していないのか。犯人の移動手段は電車である可能性が高いにも関わらずだ。――その答えはもはや言うまでもないだろう。


「普段の人間の行動範囲ってもんは、本人が思っているほど広くは無ぇ。しかも、犯人が車という移動手段を持っていなければ、なおさらだ。よって、相楽駅を最寄りとした地域を中心に調べていけば、犯人に繋がる情報が手に入るかもしれねぇ。それと――」


 坂田はそこで言葉を区切ると、倉科達の顔を見回してから続ける。その表情には、どこか人を見下したものが含まれていた。


「もう一度、被害者を徹底的に洗い直せ。犯人が被害者を選定し、入念な犯行計画を練るためには、被害者の個人的な情報が必要になる。せめて、どこに住んでいるのかくらいは分からないと、下準備もへったくれも無ぇ。よって、必ずどこかで犯人は被害者の個人情報を手に入れているはずだ。どんなに些細なものであったとしても、被害者には何かしらの共通点がある。犯人が個人情報を手に入れることができる環境に身を置いている――もしくは、身を置いていたことがあるとかな。警察は馬鹿の集まりだから、どっかに見落としがあるんじゃねぇか?」


 ここまで堂々と馬鹿にされると、逆に清々しい。まぁ、警察だって人間の集まりだ。人間である以上、見落としているところもあるだろう。しかも組織立って動いているがゆえに、個人の主張よりも集団としての意見が優先されるような世界だ。仮に見落としに気付いている捜査員がいたとしても、立場が低ければ民意や総意には勝てない。刑事ドラマのようにスタンドプレーをすることなど、現実ではあり得ないのだ。倉科だって0.5係という役割がなければ、捜査本部の総意に従うことしかできないであろう。なんだかんだいって多数決――少数よりも多数の意見が強いのは、協調性を重んじる日本の良き部分であり、また悪しき習慣でもある。


「――分かった。その意見を参考に俺達も動いてみよう。ただ、全ての意見がまかり通るってわけじゃないと思っていてくれ。警察組織っての面倒でな。少し時間がかかるかもしれない」


 死刑囚である坂田の視点から、そして意外なことにプロファイリングに長けた縁の観点から、これまで曖昧になっていた部分が浮き彫りにされた。これは捜査本部にとってもプラスになるのだろうが、捜査本部そのものを取り仕切っきているのは倉科ではない。よって、これらの意見が捜査に反映されるには、多少の時間を要することであろう。


 とにかく、今日はそろそろ切り上げたほうが良さそうである。坂田と二人を接見させた所感は、残念なことに手応えあり。尾崎の馬鹿正直で物怖じしないところを坂田は気に入ってしまったようだし、縁の異常ともいえるプロファイリング能力もまた、坂田にとってはご馳走なのであろう。まぁ、報告するのは倉科であり、上に対して適当にごまかすことは可能であろう。むしろ問題なのは、ここまで事件の話に巻き込んでしまった二人をどうするかだ。このまま何事もなかったかのように通常業務に戻れと言うのは無責任だし、何よりも二人が納得しない。


「もう行くのかよ? まぁ、たまには充実した時間があるのも悪くねぇな。また事件に進展があったら来いよ。お前達がどこまで馬鹿なのか見極めてやるぜ」


 世の中を騒がせている連続通り魔事件の話をしていたのに、充実した時間だったとはこれいかに。倉科は溜め息を漏らすと、下がりがちだった銃口を改めて坂田に向けた。


「お前が思ってるほど警察が馬鹿じゃないってことを証明してやるよ――」


 売り言葉に買い言葉で返すと、坂田は首を横に振って笑みを漏らす。その笑みは、これまで倉科が見たことないような、歪みに歪んだ不気味なものだった。


「お前じゃねぇよ。そこの女とチョンマゲに言ってんだ。こいつらのほうがお前よりよっぽど面白れぇからよぉ。次の報告にも連れて来いよ」


 ――恐れていた事態が起きてしまった。これは天命なのか、それとも法務大臣の適当とも言える人事が、奇跡的に適材適所を見出したののか。完全に坂田は二人のことを気に入ってしまった。坂田を相手にスムーズに話が進んでいる時点で嫌な予感はしていたのであるが、こうなってしまうと倉科一人がごまかそうとしても焼け石に水である。上の人間はごまかせても、坂田自身はごまかせない。もちろん、部下である二人だってごまかすことはできない。


「そいつはお偉さん達が決めることだ。俺に決定権はない」


 無駄だと分かっていながら言葉を吐くと、倉科は二人に退室を促す。


「帰るぞ。ここの空気はお前達にとって毒だ。長時間ここにいて良いことなんてひとつもないぞ」

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