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 五人目の犠牲者の情報は、今の坂田にとって甘シャリに匹敵するほどのものなのであろう。誰に向けるでもなくニタニタとするのものだから気味が悪くて仕方がない。こうして殺人鬼として収監されているからいまさらだが、間違いなく坂田は社会に馴染めていなかったであろう。仮に人を殺さなくとも、社会不適合者の烙印は押されていたに違いない。


「――さてさて、ここからキャリアとかいう頭でっかちな女は、どんな情報を得たんだろうなぁ。お手並み拝見といこうか」


 坂田は資料を投げ出してベッドに寝転がると、どこぞの仏像であるかように横向きに寝そべった。殺人事件の話をしているというのに、まるで自分の家であるかのような、だらけた態度である。まぁ、ここが坂田の家というのは、あながち間違ってもいないのであるが。


 先ほどは坂田に見落としを指摘されてしまった縁。咳払いをすると、真っ直ぐに坂田を見据える。これまでの殺害現場から引き出せる情報とは、果たしてなんなのか。ちなみに、倉科の記憶が正しいのであれば、縁は全ての現場に居合わせたわけではないはず。全ての現場に立ち会った倉科でさえ、ここから引き出せる情報は少ない。


「この殺害現場の位置関係から分かることは幾つかあります。まず注目すべきは、全ての現場が最寄りの駅の半径2キロメール圏内であることです」


 いつしか、二人の口から飛び出す推測を心待ちにしている自分がいた。尾崎も同じような気持ちで、二人のやり取りを見ているのだろう。これではいかんと、倉科は改めて拳銃を握り直した。坂田が妙な動きを見せた場合、それを抑制しなければならないのは自分の役目だ。しっかりと引き金に指をかけておかねば。


「一人目の犠牲者は駅から半径2キロメール圏内、二人目の犠牲者は駅から半径1キロメール圏内、三人目はもっと短くなって半径500メール圏内、そして四人目はもっと短くなって半径300メール圏内、五人目は半径1キロメール圏内で遺体が発見されている。言い換えてしまえば、事件は全て――」


「電車の沿線上に沿って起きている。しかも現場は駅から徒歩で移動できる圏内ばかりだ」


 恐らく縁がもっとも言いたかったであろう台詞を、横からかっさらったのは坂田である。もはや、縁の神経を逆撫でするために、わざとやっているとしか思えなかった。縁は少しばかりカチンときたのであろうが、もう一度咳払いをして改めて続けた。


「彼の言う通り、事件は全て神座かんざ線の沿線に沿った形で起きています。そして、殺害現場はいずれも最寄りの駅から徒歩で移動できる範囲内。このことから、犯人の主たる移動手段は電車ではないかと思われます」


 縁の言葉に、近辺の地図をざっと頭の中で再現する倉科。事件の発生地点をまとめた資料を捜査本部で見たことがあり、実にあっさりと頭の中で地図が再現された。そこに赤ペンで丸をつけていく。事件の起点となった駅から、事件が続いた順に赤ペンをなぞると、神座線が綺麗に線一本で繋がった。逆を言ってしまえば、神座線から離れた場所では一切事件が発生していない。


「犯人が免許を持っていない可能性も、最初はこのことから弾き出したものです。もし犯人の移動手段に車が加わっているのであれば、もっと犯行の範囲も広がっているはずですから」


 坂田に持って行かれた分を取り戻そうとするかのように、間髪入れずに続ける縁。そんな縁を見て「同心円地域理論どうしんえんちいきりろんだな……」とだけ漏らす坂田。置いてきぼりなのは相変わらず倉科と尾崎だけだ。


「それに、全ての犯行において、この事件は犯行時間が早いという特徴があります。これも犯人が電車を主な移動手段に使っていると定義すると納得ができる」


 このまま蚊帳かやの外のままでは面白くなかったのであろう。尾崎が手の平をぽんと叩き、ここぞと言わんばかりに口を開いた。


「――終電っすね! 電車は丸一日走ってるわけじゃ無ぇっすから、電車を移動手段としている犯人は、終電までに電車に乗らなければならない。だからこそ、犯行時刻が比較的早いってことっす!」


 尾崎のカットインと、無駄に大きな声に、縁はやや苦笑いを浮かべながら頷いた。


「えぇ。五人目の犠牲者の死亡推定時刻は午後十時まで幅を取ってありますが、実際はもっと早い時間に殺害されていたと考えられます。そして、このことから犯人の生活パターンもある程度見えてきます。犯人はどんな生活を送っているのだと思いますか?」


 縁は倉科と尾崎に問いかけたつもりだったのであろう。しかし、真っ先に坂田が答えを口にしてしまう。


「朝には家を出て、少なくとも終電で家に帰らなきゃいけないような生活だな――。その日のうちに帰宅しなければならないのは、怪しまれるからだ。では、誰が怪しむのか。それは、同居している家族にほかならない。よって、普段の犯人は家族と同居しており、比較的規則正しい生活を送っている可能性が高い。キャリアの女がプロファイリングした通りだな」


 犯行現場の法則性から、縁は幾つかの推測にたどり着いた。いや、坂田の様子を見るに、きっと彼だって同じ答えにたどり着いているのだろう。犯人は免許を持っていない可能性が高い。そして家族と同居している。このようなプロファイリングは、全て現場の法則性から導き出されたものなのであろう。


「そして、犯行時間が比較的早いことから、犯人は間違いなく秩序型であると推測されます」


 先ほどのプロファイリングにも出てきていた秩序型という言葉。倉科の知っている限りでは、確かこうだったはず。


 殺人を犯す人間は、大きく分けて秩序型と無秩序型に分類される。秩序型とは、その名の通り犯行を秩序立って行うタイプを指す。一方、無秩序型は犯行に秩序性がない。厳密には違うのかもしれないが、もっと分かりやすく例えるのであれば、秩序型は計画に沿って犯行に及び、無秩序型は無計画に犯行に及ぶ。さらに極端に述べれば、秩序型は警察の手から逃れるために色々と画策するが、無秩序型は警察の手から逃れることなど考えず、衝動的に犯行に及ぶのだ。


 目撃情報は皆無に等しく、また街頭に設置されているカメラ情報からも、有力な手掛かりは手に入っていない。これは恐らく、犯人が入念に下調べをしているからだ。よって、この犯罪は秩序立って行われていると考えられる。


「犯人は土地勘があり、しかも証拠を残さないように入念な下調べをしている。それどころか狙うべきターゲットを絞って犯行に及んでいる可能性が高い――」


 坂田が縁の言葉を補足するかのように呟くと、恐らく無意識だったのであろう。縁が小さく頷いた。なんだかんだで息がぴったりと合っていることに気付いたのか、続けて縁は首を横に振った。それを見て坂田は笑みを浮かべ、さらに続けた。


「ポエムにあっただろ? 【君と出会ったのは 雪の降る冬のことだった】っていう一節がよ。この書き方は、それ以前に被害者のことを見かけていなければできない書き方だ。よって、犯人はターゲットを選定した後、足がつかないように下調べをした後に、犯行に及んでいることが伺えるってわけだ。分かったか? そこの馬鹿面を並べてるお二人さんよぉ」


 二人のやり取りについていけていないことは認めるしかない。思わず倉科は尾崎と顔を見合わせた。尾崎は認めたくなかったのであろう。やや語気を荒げながら、坂田へと問う。


「さっきから聞いていれば、全部想像の話っすね。事件は独房で起きてるんじゃなくて、現場で起きてるっす。具体的に自分達は何をすればいいっすか? ここで能書きを垂れていたところで犯人は捕まらねぇっすよ」

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