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 尾崎の言葉を受けて「チョンマゲのくせに分かってるじゃねぇか」と返す坂田。そこから尾崎の珍妙な反論が始まる。チョンマゲ呼ばわりされたことに対しての反論だと思ったら、やれチョンマゲを馬鹿にするなとか、江戸時代はどうのこうのとか、武士や侍がどうのこうのなど、チョンマゲの擁護を始める。論点がずれまくる尾崎の論調を、坂田は実に楽しそうに聞いているばかりだ。お願いだから、これ以上話を脱線させないで欲しい。それと、あまり坂田に気に入られるような言動は避けて欲しかった。


「尾崎、その辺にしておけ――。それで坂田、この【時間を早戻しして】という表現と、犯人の年齢がどう関係してくるんだ?」


 脱線する一方の話に割り込み、倉科は無理矢理に話の方向を修正した。坂田が何を根拠にして犯人の年齢を絞り込んだのか。話の焦点はそこになければならない。


「そもそも【早戻し】って言葉自体が、そこまで古いもんじゃねぇからだよ。この【早戻し】って言葉は、DVDプレイヤーやブルーレイディスクプレイヤーが普及してから広まった言葉だ。それまではビデオデッキが主流だったわけだが、そのおかげで、文字通りビデオテープを巻き戻す【巻き戻し】という言葉が世間に浸透していた。だから、その世代の人間は【早戻し】という言葉より【巻き戻し】という言葉のほうに慣れている。むしろ、今でも【早戻し】という言葉に違和感を抱くだろうなぁ。さっきのチョンマゲみたいにな――。だが、犯人は【早戻し】という表現を使ってんだよ」


 坂田が言わんとしていることは、なんとなく理解できた。ビデオデッキが主流だった時代を生きてきた人間にとっては、まだ【巻き戻し】という言葉は生きた単語だ。メディアが成り代わったところで、昔から使い慣れている【巻き戻し】という言葉はすたれていないのである。すなわち、この【早戻し】という表現を使った犯人は、ビデオデッキが主流だった時代の人間ではない可能性が高い。


「DVDプレイヤーが世に出たのは1998年。2000年にDVDプレイヤーの機能を兼ね備えたゲーム機が発売されたことで、一気にビデオ文化は衰退してしまった。つまり、犯人が物心ついた頃には、すでにビデオ文化が過去のものになっていた可能性が高くなる。今が2016年だから、逆算して考えると――そうだな。大きく見積もっても、犯人は未成年から二十歳くらいの間ってところか。二十代後半まで見積もる必要は無ぇってわけだ。その辺りの世代は辛うじてビデオデッキのことを知ってるだろうし、わざわざ【早戻し】なんて表現は使わねぇよ」


 縁は、ポエムに散らばったワードを集めて、犯人の世界観が学校で構築されていることに辿り着いた。さらにそこから【早戻し】というワードを拾い上げた坂田は、犯人の年齢を低年齢層まで絞り込んだ。こんなことは言いたくはないが、なんと言うか縁と坂田は良いコンビのように思える。互いに言葉のドッヂボールをしながらも、なんだかんだで犯人像をぐっと絞り込んでしまった。もっとも、そこまで踏み込んだプロファイリングは見落としていたのか、縁は悔しそうに唇を噛んでいるのだが――。


「さて、これでかなり犯人像は絞り込めた。だが、どうせ警察は馬鹿の集まりだから、この程度まで絞り込んだところで、何をどうすればいいのか分からねぇだろうなぁ。よって、ここからは事件が起きた現場の位置、時間帯などから犯人の行動範囲とパターンを推察する。これを行うことで、犯人がどの辺りに住んでいるのかが分かるし、その家庭環境や生活習慣パターンまでもが見えてくる」


 坂田は勝ち誇ったかのような笑みを浮かべた。それが縁に向けられているのがいやらしく見えた。彼女だって、倉科が驚くようなプロファイリングをやってみせたのだ。ほんの少し見落としがあっただけで、そこまで勝ち誇れるようなものではないだろうに。


「一人目の犠牲者が殺害されていた現場は、最寄りの相楽さがら駅から半径2キロメール離れた空き地だ。資料によると遺体が発見されたのは午後八時過ぎ。その日、被害者は学校に行っており、午後五時過ぎに学校を出たことが確認されている。つまり、午後五時から午後八時までの間に殺害されたことになる」


 坂田は手元に資料があるわけだが、こちらは資料を用意していない。被害者が発見されたお大まかな現場などは覚えているが、詳細に関しては曖昧なところがある。しかしながら、ここでも縁は資料も無しに口を開いた。


「二人目の犠牲者は、相楽駅から二駅離れた中門なかど駅から半径1キロメール範囲内の路地裏で発見された。この日、被害者は学校を午前中で早退し、友人数名と学校をさぼって遊んでいた。友人の証言によると、被害者と別れたのが午後四時頃、遺体が発見されたのは、おおよそ午後七時半。ちなみに、被害者の自宅は松戸駅の最寄りであるため、帰宅の途中で犯人に襲われたものだと思われる」


 なぜ、そこまで完璧に資料を暗記しているのか。恐らく、散々資料を読み込んだのであろう。現場ではまるで役に立たないが、彼女は彼女なりに、事件を真剣に追っていたのかもしれない。それに気付けなかったのは上司として失格である。


「三人目の犠牲者は、二人目の犠牲者が発見された現場よりも、さらに一駅先の瀬乃ヶ原せのがはら駅半径500メートル圏内で発見された。遺体が発見されたのは、新しい道ができてしまったがゆえに使用されなくなっていた旧道。遺体が発見されたのは当日の午後六時。その日は休日であり、被害者は午後一時にウォーキングに出かけたまま行方が分からなくなっていた。ちなみに、この休日のウォーキングは、休日の決まった時間に行うのが習慣になっていたらしい。妙な習慣さえなければ死ななかったのに、馬鹿としか言えねぇなぁ」


 縁に負けじと、三人目の犠牲者が発見された概要を並べ立てる坂田。もっとも、彼は資料を見ながらであるため、そこまで凄さは感じられない。ただ資料を読み上げるだけならば、誰にだってできるだろう。しかし、縁に先を越されたくないのか、続けざまに四人目の情報を口にする。そんな坂田を縁は睨みつけたままだ。死者を冒涜するような態度が気に入らないのであろう。


「そして、四人目の犠牲者は、三人目の犠牲者が殺害された現場よりも三駅先の有賀ありが駅から、半径わずか300メートル圏内で発見されている。ちなみに有賀駅は無人駅で、周囲には畑しかないような場所にある。この日、被害者の通う学校は創立記念日であり、祖母に隣町の友人のところに向かうと伝えて家を出たのが、最期に目撃された姿になった。家を出たのが午前十一時、遺体が発見されたのは午後二時だ。発見された現場は、被害者の自宅から駅に向かう間にある雑木林の中だった」


 殺されたのは全員女子高生だった。事件が起きた当初は、街頭などに設置されている監視カメラの映像を追えば、自然と犯人が特定できるだろうと思われていた。しかし、監視カメラと言えども街の中をくまなく撮影しているわけではない。要所要所に設置はされているものの、犯人に繋がる決定的なものは見つかっていない。そもそも、郊外になると監視カメラの映像にすら頼れない。目撃情報も極端に少なく、よって坂田に頼らざるを得なくなってしまった。そこに縁というダークホースを加えて、事件は急速に解凍されようとしていた。五人目の情報を坂田は知らず、ここぞとばかりに縁が口を開く。


「五人目の犠牲者は、有賀駅の一駅先の仙道せんどう駅から半径1キロメール圏内で発見されています。被害者は二日前から行方が分からなくなっており、家族から捜索願が出されていました。発見されたのは人通りがほとんどない川沿いの土手から降りた河川敷。司法解剖の結果、被害者が殺害されたのは、失踪した当日の午後二時から午後十時までの間の可能性が高い。ただ、失踪した日は休日であり、友人達と午後四時近くまで一緒にいたとの証言が取れています。実質上の死亡推定時刻は、友人と別れた午後四時から午後十時までの間になるかと」

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