第69話:「……そっちは覚えてるんだ」
「ただいまー」「ただいまです」
「お、ちょうどいいところに帰ってきた」
と母親が手を叩いた。
その足元には大きい
「母さん、これもしかして……」
「あら芽衣ちゃん、ずいぶんぶかぶかな服買ったのね! 最近のファッションかな? そう言われてみると、この間本屋さん行った時に雑誌の表紙で大学生くらいの女の子がぶかぶかのトレーナーをワンピースみたいに着て
「あ、その、いえ、これはそういうことじゃなくて……!」
おれが段ボールについて質問しようとするのを
「この服は勘太郎が買ったんですけど、寒いからって貸してくれて……」
そして、その
「あら、勘太郎、優しい」
「……そこに服があっただけだよ」
「また、
すげなく反応をすると、意味不明な返しをされた。登山家?
「素直じゃないのよねえ、勘太郎は。そう思わない? 芽衣ちゃん」
「あはは、どうでしょう……? それで、『ちょうどいいところに』って言うのは」
「あら、ヘアピンも可愛いねえ! 行く時
「あ、こ、これは……勘太郎が今日のお礼にって……」
芽衣が訊こうとしたのにまたしても
「あら、勘太郎、そんな気遣いまで出来るようになったの? 気遣い屋の芽衣ちゃんと一緒にいるおかげかなあー。ねえ?」
「いえ、勘太郎は元々優しいです……!」
「そーお? それは鼻が高いわあ」
「そろそろその段ボールの話しようぜ!」
「ああ、そうそう。ツリーを組み立ててもらいたいと思って!」
「ツリーですかっ?」
「そう! お父さんに屋根裏からおろしてきてもらったんだけど、私はこれからご飯の準備しないといけないし、お父さんは部屋でちょっと仕事らしいから。それにほら、こういうのって子供の仕事でしょ?」
「なんだその何かのハラスメントになりそうなセリフは……」
「やりますやります!」
芽衣が嬉しそうに手を挙げる。
「それじゃあ、よろしく! 組み立てと、飾り付けもお願いね」
「わかりました!」
我が家のクリスマスツリーは大体大人の身長くらいある組み立て式のものである。
どこの家もそうなのかは知らないが、さすがにリアルなもみの木を飾る家の方が少数派であることはたしかだろう。
「どうやって組み立てるんだっけ?」
「まず足の部分を支柱に挿して……」
組み立て方の説明書を見ながら二人で協力して組み立てて行くと、10分後くらいには組み上がっていた。
続けて、
「勘太郎そこにトナカイはセンスない」
とか、
「さすが勘太郎、そこに家を吊るすあたり分かってる」
とか、アメとムチを使い分けられながらオーナメントを飾っていく。
最後に差し掛かったころ、ツリーのてっぺんに差し込むタイプの星の飾りを手にとって、
「……小1だか小2の時の時にもこういうのやったよね」
と、芽衣が微笑みながらつぶやいた。
「そうだっけ?」
「うん、覚えてないの? 交流センターの子供会で、クリスマスツリーみんなで飾り付けたじゃん」
「あー……なんとなく覚えてるかも」
「ええー、結構大事件だったのに」
交流センターというのは駅の向こうにある、市が運営してる多目的な施設だ。子供会が開かれて、大人が組み立ててくれたツリーにみんなで飾り付けをしていた。気がする。
「大事件って? 誰か
「ううん、あたしが
「知らんがな……」
あまりの小規模っぷりにエセ関西弁が漏れ出てしまった。
「あはは。あたし、星の飾りをどうしてもてっぺんに飾りたかったんだけど、あたしの身長だと全然届かなくてさ。それであたし大泣きしちゃったんだよね」
「ふーん……」
まあ、ありそうな話だ。ていうか当時からクリスマス大好きだったんだな……。
「あの時、勘太郎かっこよかったよ?」
「はあ? なんでおれ?」
「勘太郎が肩車してくれたんだもん」
「まじかよ、あぶなっ……!」
何してんだよ、当時のおれ。
「たしかに、今思うと危ないね。多分交流センターの職員さんが
「はあ、そうですか……。冷や冷やするわ……!」
まあ、それを話す芽衣の表情とおれが覚えてないあたりから、
「で、届いたの?」
「うんっ!」
当時に戻ったかのように無邪気に笑う芽衣に心臓がきゅうっとつかまれる。
「さっきも言ったけど、昔からほんと、勘太郎は優しいよね」
今は簡単に届くようになったツリーのてっぺんに星の飾りを差し込みながら
「はいはい……」
照れ隠しも含めて視線を逃す。
すると。
「……あ」
なぜか一変して少しむくれたような声がする。
「ん?」
おれがそちらを見やると、芽衣が
「その次の年、別の女の子が星飾りたいって言った時にも肩車してあげてたの思い出した。しかも、あたしも飾りたいって言ったら『芽衣ちゃんは去年飾ったじゃん』ってどかされて……」
「せ、正論じゃん……」
残酷なまでに正論で、それは小さい頃の芽衣を傷つけただろうことは想像にかたくない。でも仕方ないな……。
「なんだっけあの子、すっごく可愛い子……。覚えてない?」
「ああ、
「……そっちは覚えてるんだ」
「いや、だって……」
凛子ちゃんはとんでもなく
その上、多分、その肩車の影響でそのあとクリスマス当日にあったクリスマスパーティで彼女からチョコレートをもらい、それが初めてサンタさん以外からもらったクリスマスプレゼントだったりしたのでなんとなく印象に残っているのだ。
今思えば普通のメルティキッスだったし、彼女自身が用意したはずもないので、きっと
たしか、一歳下だったか……。それからちょっと経ってから引っ越したみたいだったけど。
「……昔からほんと、誰にでも優しいですよね、勘太郎くんは」
ジトーっとした目でさっきとは違うトーンで言われる。そんなににらまないで……。
ちょうどその時。
床に置いておいた最悪のタイミングで震えて、その画面にラインのメッセージが表示される。
「ほう……?」
「ちょっと、画面を勝手にみるなって……」
二人が覗き込んだ画面に書かれていたのは。
七海『勘太郎くん、明日、一緒に帰れる?』
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