第20話:「それは、まだちょっと秘密かな」
「
うちのクラスのホームルームが終わるとほぼ同時、教室に入ってきておれのもとに駆け寄ってくるのはセミロングの黒髪の少女、
「待った?」
「ううん、今ちょうど終わったとこ」
……いやいや、デートじゃないんだから。
「……ほぇ?」
そして、そのやりとりを見て声をあげたのは少し離れた席に座っていたはずのショートボブの
「あ、メイちゃんだ! そっか。諏訪君とメイちゃん、同じクラスなんだっけ?」
声がする方を見て、吉野はにこやかに笑う。
吉野と芽衣は同じ吹奏楽部の同じ学年なわけだから、顔見知り以上の関係ではあるのだろう。むしろおれと吉野の方が、どう考えても関係性は薄い。
そういえばもう一人同じ吹奏楽部の
「
声をかけられてしまったので仕方なく、と行った感じで
「……えーと、
芽衣は
「うん。去年、学園祭実行委員で一緒だったから。そんなご
「そ、そうなんだ……」
少し
「……え、何に? ていうか、どこに?」
おれを疑わしげににらんでくるので、
「さあ、おれも知らん……」
と肩をすくめた。
ていうかよく考えたら、同居を始めて以来、教室で芽衣と話すの初めてじゃないだろうか? そう思うとなんかちょっと嬉しいな……。
「勘太郎、何ニヤけてんの……?」
「なんでもないです」
さらに
「あははー、ごめんごめん、私がまだ諏訪君に伝えてなかったんだよ。ちょっと付き合ってーって言っただけで」
正確には『ちょっと付き合ってー』とも言われていない。放課後空いているかどうかを聞かれただけだ。
「へえ? ち、ちなみに夏織ちゃん、付き合ってってどういう意味で……?」
吉野がフォローしてくれたおかげで芽衣の質問の
「え? ああー……」
なぜか吉野が照れくさそうに頬をかいて。
「それは、まだちょっと秘密かな。恥ずかしいし……」
と、はにかんだ。
「何その意味ありげな感じ!?」
「え、恥ずかしいことに付き合わされるの!?」
芽衣とおれはつい声をあげる。
幼馴染二人して
「あれ。メイちゃんと諏訪君って付き合ってるんだっけ?」
と、吉野が首を
「うにゃっ!?」
芽衣の肩が大きく跳ねる。
「え、違うの? だってなんか、メイちゃん、彼女みたいだよ?
「そ、そんなことないよう!」
「そうなんだ?」
別に吉野も実際そこまで興味があるわけじゃないのだろう。『それならそれでいいんだけど』くらいの顔をしているのだが、芽衣は何かの弁解のつもりなのか焦りまくって、
「あ、あたしと勘太郎はただの
とわたわたと説明しはじめる。
すると、
「……それって、幼馴染ってこと?」
吉野の目がなぜか少しだけ細められる。
「ああ、うん、まあ、そうなるかな……」
「へー……」
その吉野の表情を見て、おれは「ひっ……」っと少し息を呑む。
なんせ、吉野は、冷たく凍ったような、それでいて奥の方に青い炎がたぎるような、とにかく今さっきまでとは全く違う目をしていた。
「吉野、どうした……? なんか、怖い顔してるけど」
「え!? そんな顔してる!?」
いけないいけない、と
「諏訪君、顔、直った?」
顔面マッサージのあと、シュバっと顔を上げてくる。さっきの表情は見間違いか、と思えるほど素直な小動物っぽい動きだ。良かった……。
「ああ、うん、直ってる。びっくりしたわ」
「ごめんごめん、なんか……
「幼馴染がってこと?」
芽衣が小さく首をかしげると、吉野がうなずいた。
「うん。わたしにはそういう人いないから分からないんだけど、やっぱり見えない絆っていうか、そういうの感じちゃうんだよね。『わたしはなんで幼馴染じゃないんだろ』とか思っちゃうっていうか。キラキラ輝いて見えるだけに、なんか、ね」
えへへ、と恥ずかしそうに笑う。『わたしはなんで幼馴染じゃないんだろ』って……。
そういえば、赤崎が『吉野ちゃんには好きな人いるもん』的なことを言ってた気がする。そういう話か?
「ごめんね! わたしがちょっとそこは変なんだと思う! 気にしすぎっていうか……。全然二人のせいじゃなくて!」
「おう……?」
「二人は、その……お似合いだと思うよ!」
そして取り
「あれ、でも付き合ってないんだからそんなこと言ってもしょうがないのか。ていうか諏訪君、今日ななみんと一緒に仲良さそうに授業受けてたし。あれ? 諏訪君ってそういう人?」
「どういう人だよ……」
いや、言いたいことは分かるけど、もしそうだとしたら吉野もその
あれ、ていうか今、『赤崎と付き合ってるよ』って言った方が良かったのか? そこらへんの方針がよく分からないから確認しとかないとなあ……。
「あはは、なんちゃって。それじゃ、ちょっと借りていくね?」
おれの悩みなんかそっちのけで、おどけた感じで芽衣に許可を取る吉野と、
「あ、うん。べ、別にあたしのじゃないけど……へへ」
なんか変な笑みを浮かべる芽衣さん。
「じゃあ行こっか、諏訪君!」
「ああ、うん。じゃあな、芽衣」
「うん、また……ううん、じゃね、勘太郎、夏織ちゃん」
また後でって言おうとしただろ。気を抜くな芽衣。
「うん、じゃあね!」
……さて、それでおれはどこに連れて行かれるのやら。
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