第20話:「それは、まだちょっと秘密かな」

諏訪すわ君!」


 うちのクラスのホームルームが終わるとほぼ同時、教室に入ってきておれのもとに駆け寄ってくるのはセミロングの黒髪の少女、吉野よしの夏織かおり


「待った?」


「ううん、今ちょうど終わったとこ」


 ……いやいや、デートじゃないんだから。




「……ほぇ?」




 そして、そのやりとりを見て声をあげたのは少し離れた席に座っていたはずのショートボブの亜麻色あまいろの髪の乙女おとめ(?)、南畑なんばた芽衣めいだった。


「あ、メイちゃんだ! そっか。諏訪君とメイちゃん、同じクラスなんだっけ?」


 声がする方を見て、吉野はにこやかに笑う。


 吉野と芽衣は同じ吹奏楽部の同じ学年なわけだから、顔見知り以上の関係ではあるのだろう。むしろおれと吉野の方が、どう考えても関係性は薄い。


 そういえばもう一人同じ吹奏楽部の赤崎あかさきは……? と思って周りを見回してみるが、見当たらない。目にもまらぬ速さで教室を出たらしい。なんか用でもあったんだろうか。


夏織かおりちゃん、なんか久しぶりだねー」


 声をかけられてしまったので仕方なく、と行った感じで芽衣めいもおれの席にやってくる。その原因は明らかに自分で作っているのだが。


「……えーと、勘太郎かんたろうに何か用? 二人って接点あったっけ?」


 芽衣は挨拶あいさつで右手を挙げながらも、引きつり笑いを浮かべている。


「うん。去年、学園祭実行委員で一緒だったから。そんなごえんで今日は諏訪君にちょっと付き合ってもらおうと思って」


「そ、そうなんだ……」


 少し呆気あっけにとられたような顔をしてから、


「……え、何に? ていうか、どこに?」


 おれを疑わしげににらんでくるので、


「さあ、おれも知らん……」


 と肩をすくめた。


 ていうかよく考えたら、同居を始めて以来、教室で芽衣と話すの初めてじゃないだろうか? そう思うとなんかちょっと嬉しいな……。


「勘太郎、何ニヤけてんの……?」


「なんでもないです」


 さらに怪訝けげんな顔で見られてしまったので、すぐに表情を引っ込めた。


「あははー、ごめんごめん、私がまだ諏訪君に伝えてなかったんだよ。ちょっと付き合ってーって言っただけで」


 正確には『ちょっと付き合ってー』とも言われていない。放課後空いているかどうかを聞かれただけだ。


「へえ? ち、ちなみに夏織ちゃん、付き合ってってどういう意味で……?」


 吉野がフォローしてくれたおかげで芽衣の質問の矛先ほこさきが吉野に向かう。質問の内容が若干じゃっかんおかしい気はするがとりあえず助かった。……と思ったのもつか



「え? ああー……」



 なぜか吉野が照れくさそうに頬をかいて。




「それは、まだちょっと秘密かな。恥ずかしいし……」





 と、はにかんだ。



「何その意味ありげな感じ!?」


「え、恥ずかしいことに付き合わされるの!?」


 芽衣とおれはつい声をあげる。


 幼馴染二人して戸惑とまどいまくっていると、追い討ちをかけるように、



「あれ。メイちゃんと諏訪君って付き合ってるんだっけ?」




 と、吉野が首をかしげる。



「うにゃっ!?」


 芽衣の肩が大きく跳ねる。


「え、違うの? だってなんか、メイちゃん、彼女みたいだよ? いっていうか全体的に」


「そ、そんなことないよう!」


「そうなんだ?」


 別に吉野も実際そこまで興味があるわけじゃないのだろう。『それならそれでいいんだけど』くらいの顔をしているのだが、芽衣は何かの弁解のつもりなのか焦りまくって、


「あ、あたしと勘太郎はただのくさえんっていうか、幼稚園からずっと一緒なだけって言うか……!」


 とわたわたと説明しはじめる。


 すると、


「……それって、幼馴染ってこと?」


 吉野の目がなぜか少しだけ細められる。


「ああ、うん、まあ、そうなるかな……」


「へー……」


 その吉野の表情を見て、おれは「ひっ……」っと少し息を呑む。


 なんせ、吉野は、冷たく凍ったような、それでいて奥の方に青い炎がたぎるような、とにかく今さっきまでとは全く違う目をしていた。


「吉野、どうした……? なんか、怖い顔してるけど」


「え!? そんな顔してる!?」


 いけないいけない、と眉間みけんを自分の指でほぐすようにする吉野。


「諏訪君、顔、直った?」


 顔面マッサージのあと、シュバっと顔を上げてくる。さっきの表情は見間違いか、と思えるほど素直な小動物っぽい動きだ。良かった……。


「ああ、うん、直ってる。びっくりしたわ」


「ごめんごめん、なんか……うらやましいなって思っただけ。そういう関係性って、わたしにはないものだから」


「幼馴染がってこと?」


 芽衣が小さく首をかしげると、吉野がうなずいた。


「うん。わたしにはそういう人いないから分からないんだけど、やっぱり見えない絆っていうか、そういうの感じちゃうんだよね。『わたしはなんで幼馴染じゃないんだろ』とか思っちゃうっていうか。キラキラ輝いて見えるだけに、なんか、ね」


 えへへ、と恥ずかしそうに笑う。『わたしはなんで幼馴染じゃないんだろ』って……。


 そういえば、赤崎が『吉野ちゃんには好きな人いるもん』的なことを言ってた気がする。そういう話か?


「ごめんね! わたしがちょっとそこは変なんだと思う! 気にしすぎっていうか……。全然二人のせいじゃなくて!」


「おう……?」


「二人は、その……お似合いだと思うよ!」


 そして取りつくろうようにそんなことを言う。


「あれ、でも付き合ってないんだからそんなこと言ってもしょうがないのか。ていうか諏訪君、今日ななみんと一緒に仲良さそうに授業受けてたし。あれ? 諏訪君ってそういう人?」


「どういう人だよ……」


 いや、言いたいことは分かるけど、もしそうだとしたら吉野もその片棒かたぼうをかつごうとしてるからな。なんか口にするのも恥ずかしいから言わないけど……。


 あれ、ていうか今、『赤崎と付き合ってるよ』って言った方が良かったのか? そこらへんの方針がよく分からないから確認しとかないとなあ……。


「あはは、なんちゃって。それじゃ、ちょっと借りていくね?」


 おれの悩みなんかそっちのけで、おどけた感じで芽衣に許可を取る吉野と、


「あ、うん。べ、別にあたしのじゃないけど……へへ」


 なんか変な笑みを浮かべる芽衣さん。


「じゃあ行こっか、諏訪君!」


「ああ、うん。じゃあな、芽衣」


「うん、また……ううん、じゃね、勘太郎、夏織ちゃん」


 また後でって言おうとしただろ。気を抜くな芽衣。


「うん、じゃあね!」


 ……さて、それでおれはどこに連れて行かれるのやら。

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