終演 ⑤

 正午を少しだけ過ぎたころ。

 僕らは森へ向かう道の前、石碑が立てられているあたりに集合した。


「……これで、全員のはず。先に森へ向かってもらったから、私たちも行きましょうか」


 村の人たちを説得したのは、九割がたカナエさんだ。だけど、それを当たり前だというように、淡々と彼女は報告した。


「分かりました。すぐに向かいましょう」


 コウさんは労うように微笑んで、言う。


「ただ……やっぱり、ではあるんですけど。ワタルくんと、ツバサちゃんは……見つかりませんでした」

「……そうか」


 コウさんには、それは予測していたことだったらしい。


「……二人はカナエさんと、同じ側だったんですよね」

「……まあ、そうなるかな。あの子たちも、全てを知ってなお、ここで過ごしていた。そんな子たちよ」

「あの二人が、かあ……」


 僕とクウにとっては、一番の親友とも言える二人。そんな二人も、演技者でしかなかったという事実は、重い。

 クウが空を見上げて言うのに、僕もつられて空を仰ぐ。


「さあ、出発しよう」


 そして僕たちは、地の檻を模した洞窟へ向かう。

 村の人たちの中でも、この道は初めて通った人が殆どだっただろうな、と思いながら、雑草の茂る細道を上っていく。そして十分ほど歩き続けて、洞窟の大きな入口が見えてきた。

 中に入り、奥の扉を開けて進む。そして、カズヒトさんが囚われていた檻も通り過ぎて、更に奥へ。

 鍵の掛かっていた、冷たい鉄扉の向こうに立ち入ると。

 そこには、……見たことのない、大きな船が泊められていた。


「もうほとんどの人には、船に乗り込んでもらっています。あはは、ここで遊びまわってる子もいるけれど……」


 カナエさんが目を向けた方を見ると、確かに幼い子どもが二人、洞窟の中を走り回っていたりする。

 他にも、船体をしげしげと見つめている村人の姿もあった。


「準備ができたら、すぐに出発はできると思います。……ただ、心配なことがあって」

「それは?」


 カナエさんは、表情を曇らせる。


「黄地さんに確かめてもらったんですけど、やはり十数年前のものだというのがあって。ちゃんと動いてくれるかが、実際にやってみるまで分からないそうです。見た感じでは、壊れているところはないようですけど……」

「ふむ。悩ましいが、動いてくれるのを祈るしかないね。……私に、そういうものを用意できるような財力があればよかったんだけど、生憎私は、あまり良い人生を送ってこれなかったんでね」

「……コウさん……」

「……はは、気にしないでくれ」


 自嘲気味に笑うコウさんに、僕は奇妙な切なさを感じた。

 良い人生を送れなかったという、本物の自分に。


「燃料も、本土までギリギリ持つか持たないかというところ。どこかに予備がないかと思ったんだけど、やっぱりありませんでした。……不安材料はそんなところです」

「分かりました。……いずれにせよ、やるしかないんですがね」

「……まあ、そうですね」


 カナエさんは苦笑する。


「トキコさん、あなたは他の人たちと一緒に、船に乗り込んでおいてください。何かあったら、すぐ出発できるように」

「で、でも……」

「それが、あなたの責任なんですから。お願いします」

「……わ、分かりました」


 カナエさんは頷くと、そうだ、と声を出して、


「コウさんは……これ、持ってますか?」


 ポケットから取り出したのは、小型の機械だった。

 ……そうか、あれが携帯電話というのか。正確にはスマートフォンというらしいが。


「ああ、それくらいなら」


 と言って、コウさんも携帯電話をポケットから取り出す。

 今では全世界的に普及しているようだけど、この閉鎖された村、もとい島では、携帯電話を持っている人などいなかった。それに多分、オリジナルの村が存在したのが、一九八五年だからというのも、最新機器が無い理由にあるのだろう。

 とにかく、僕らにとっては初めて見る、とても珍しい物だ。


「これで、連絡をとることにしましょう。何かあれば、すぐに出発させます」

「それがいいですね。……じゃあ、送ります」


 コウさんはそう言うと、自分の携帯をカナエさんの携帯に近づける。どうやらそれだけで、連絡先の送受信ができるという。

 僕とクウは、その不思議な光景を二人してじいっと見つめていた。

 島を出たら、僕らもこんなことをするようになるのかな。


「じゃあ……私たちは、戻ります」

「……頑張ってくださいね。あの人を……止めてあげてください」

「ええ、分かってます」

「もっちろんです!」


 カナエさんを不安にしないよう、僕らは明るく、そう答えた。


「……ということです。頑張りますよ」

「……ふふ」


 カナエさんは、村人たちに声をかけ、船の中へ入っていく。

 それを見送ってから、僕らは冷たい鉄の扉を開き、戻っていった。

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