支配 ⑥’

「……そういえば」


 話も一段落し、そろそろ洞窟から出ようか、という雰囲気になったとき、タロウが奥の方を見ながら口を開いた。


「ここにきてしばらく経つんですが。何度か奥の方から、物音がした気が」

「……物音?」

「僕も聞こえた気がする!」


 ここでも十分気味が悪いのに、まだ先があるのか。それに、物音がするというのも怖い。

 水滴の音とか、そういうものじゃないのかとは思うのだが……。


「……一度、見に行ってみようか。何もなければそれでいいが、ひょっとしたら、何かがあるのかもしれない」

「……分かりました」

「こ、この人たち怖いもの知らずだよ……」

「クウが言うとは意外だね……」

「私は乙女のような心を持っているのですよ!」


 ような、なのか。……とは言わないようにする。

 とにかく僕たちは、洞窟の奥を一度覗いてみることになった。

 その選択は、実のところ僕たちにとって、非常に重要なものになるのだったが。





 この洞窟は、地の檻と呼ばれた場所だったと、コウさんは説明した。

 だから、奥に向かった先にそれがあることは、考えてみれば当然のことだった。

 冷たく、錆び切った鉄の扉。もはや鍵も掛けられていないその扉を開くと、その向こうには。

 岩肌を掘り抜いて作られた、牢屋が並んでいるのだった。


「……怖い」


 クウが最初に呟いた言葉。それが全てだった。

 古びた電燈だけが、それも不規則に明滅を繰り返す電燈だけが唯一の光で。

 そんな暗い地の奥に、殺風景な檻がざっと十ほどは、並んでいる……。

 かつてここにあった光景。それを想像すると、僕は一気に鳥肌が立つのを感じた。


「おい、誰か閉じ込められてるぞ!?」


 それはタロウの言葉だった。見ると、確かに一番手前の檻に、人の足のようなものが見える気がする。

 すぐに檻の前まで駆け寄ると、そこには年老いた男性が、壁を背に、頽れるように倒れていた。


「大変だ、大変!」

「ど、どうしてこんなところに……」

「とにかく助けよう!」


 檻は木材で出来ていたので、男性陣が協力して体当たりをしたり、衝撃を与えていき、何分かかけて破壊することに成功した。

 そして、内側から鍵を開け、老人を運び出す。


「だ、誰なんだろう……このお爺さん」

「六十、いや七十歳くらいか……? かなりの高齢だな」

「こんなお年寄りを閉じ込めるなんて、ひどいよ」


 ジロウくんの憤慨に、僕たちもそうだね、と頷く。


「かなり消耗してる。……すぐどこかへ運ばないと」

「ヒカルくんの言う通りだ。とにかく、外へ運ぼう。そうだな……緑川家の病室をお借りした方がいいね」

「あ、それがいいですね!」


 その手があったか、とばかりに、クウが手を打つ。どうも自分の家が一応は医院だというのを失念していたらしい。

 それからすぐ、僕たちは謎の老人を、なるべく村人たちに見つからないように、緑川家に運んだ。洞窟から村までの搬送はかなりの重労働だったが。クウの両親には、コウさんが簡単に事情を説明したらしく、僕はその説明を聞きたかったけれど、とにかくクウの両親は納得したようだった。

 老人は相当弱っているらしく、緑川家では到底処置ができない状態らしかった。そのため、コウさんは何か手立てを考えるとだけ僕らに言った。

 コウさんは、その老人に何らかの心当たりがあるようにも見えたが、今日は何も聞かないままにした。

 応急処置はクウの両親に任せ、僕たちは緑川家を辞去することとなった。

 タロウたちとコウさんは、黄地家を拠点にすることにしたという。僕らは明日、黄地家に行って、彼らからより詳しい話を聞くことになっていた。

 帰り際、もう一度だけ老人の様子を見に行ったとき。

 老人はうわ言のように、しわがれた声で誰かの名前を呼んでいた。

 それは、こんな名前に聞こえた。

 ……、と。


 そして、僕の六月七日が終わった。

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