天地 ③’

 放課後になり、カナエさんが別れの挨拶をする。九人のクラスだと、一人の空席でも目立つというのに、ここ最近は何人も欠席している。どことなく教室が寂しいのも当然のことだろう。


「タロウくんはもうちょっと時間がかかるかもしれないけど……ワタルは明日にでも、来てくれればいいのにね」


 クウの言葉に、ツバサちゃんは頷き、


「うん。私、今日はお見舞いに行ってくるね。元気出してもらって、明日は連れてくるから」

「おう、よろしく頼んだ。ワタルがいないと明日の体育、張り合いがないから」

「ふふ、分かった」


 ツバサちゃんは健気に微笑む。


「私からもよろしくお願いするわ」


 後ろの方から声がして、振り返るとそこにはカナエさんがいた。


「授業中も殆ど寝てるだけだけど、あの子がいないと寂しいのは事実だし」

「あはは……それは注意しておきます」


 ツバサちゃんは、今度は苦笑いする。


「ねえ、ツバサちゃん。僕らもお見舞いに行こうか?」

「こら、ヒカル」

「いてて」


 クウに耳を引っ張られる。何故だ。


「こういうときのお見舞いってのは、邪魔者は入っちゃいけないの」

「あ、あの……クウちゃん……」


 恥ずかしそうに体をくねらせながら、ツバサちゃんはクウの言葉を遮る。


「あ……ゴメンゴメン」


 今更謝っても遅いのだが。


「ワタルくんのことは、ツバサちゃんに任せましょう? きっと連れてきてくれるわ」


 カナエさんもそういうので、僕はそれ以上は何も言わず、ツバサちゃんに任せることにした。

 明日には、ちゃんと来るだろう。

 ツバサちゃんは、じゃあまた明日、と僕らに言い、教室を出て行こうとする。そのとき僕はふと思いついて、


「あ、ツバサちゃん」

「うん?」

「ツバサちゃんは、黒スーツの男の人って見たことある?」


 ツバサちゃんはその問いに首を傾げて、


「ううん、ないよ」

「そっか。ごめん、じゃあまた明日」

「はーい」


 ツバサちゃんは、手を振って教室を去る。後には、僕とクウとカナエさんの三人だけが残された。


「じゃあ、僕らもそろそろ帰ろうか」

「うん、そうしよ」


 クウは笑いながら同意する。


「ちなみに、先生も黒スーツの人なんて見てませんよね?」

「ええ……いたら目立つでしょうしね。見たことはないわ」

「そうですか。……それじゃあ」

「あ、ねえ、ヒカルくん」

「はい?」

「何か、気になることでもあるのかしら」

「ああいや、別に……。ただ、見た人がいるらしくて。やっぱり珍しいから、僕も気になったんです」

「まあ、確かにね」


 カナエさんはくすくすと笑う。


「……ねえ、二人とも。ちょっとだけ、時間ある?」

「え? まあ、何も予定はないですけど」

「ヒカルが作ってくれないからねー」


 クウが余計なことを言うのは無視する。


「……本当に、ちょっとだけでいいから。私の話に付き合ってくれるかしら。ワタルくんのところに行かれても、困るしね」


 カナエさんは、悪戯っぽく笑いながら、そう言った。

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