予兆 ⑤’
家に帰り、のんびりと時間を過ごす。写真の整理をするのも楽しいし、次はどんな鳥を、どんな背景で撮ろうかと考えるのも楽しい。一人でいるこうした時間も、決して暇なわけではなく、貴重だ。
ただ、いつもはそうして過ぎていく時間も、さっき目撃した一幕を思い出すと、途端に霧散してしまう。頭の中に疑問の渦が回り始め、落ち着かなくなってしまう。考えまいと写真のことを無理やりに想起し続けたが、どうしても完全に、あの場面を頭から追いやることはできなかった。
六時半を過ぎた頃、良い匂いが部屋まで漂ってくるのを合図にして、僕は階下に向かう。すると、もう全員が集まり、席について母さんの料理を待っていた。後は運ばれてくるのを待つだけだ。
三分と経たず、テーブルの上は料理で埋められる。いただきますと全員で合唱して、夕食を食べ始める。
「ゲンキくんももう祭の準備をしているようだ。今年は少し早いな」
「ワタルのお父さん?」
僕が聞くと、お祖父様は頷き、
「燭台はいつも、彼が用意しているからな」
そうなのか。あの幻想的な風景はワタルのお父さんが作り出すものだったわけだ。そんなことも僕はまだ分かっていなかったとは。祭について知らなければならないことは、まだまだ沢山あるのだなと思う。
「もっと知っていかなきゃいけないのかあ……」
「うむ」
僕の独白めいた言葉に、お祖父様は力強く頷いた。
*
夕食後、僕は緑川家に電話をかけた。クウと話がしたかったからだ。鴇村では、固定電話を置いている家は少ないが、地主の家には電話が必ずある。いざという時に連絡がとれないようではいけないからだ。
接続音が何度か繰り返された後、クウの母親の声が聞こえた。
「はい、緑川です」
「もしもし。青野光ですけども。クウちゃん、いますか?」
「ああ、ヒカルくん。ちょっと待っててね、すぐ呼んでくるから」
保留音。しばらくして、クウの元気な声が響いた。
「お待たせー。どうかしたの? ヒカル」
「いや、特に用ってほどのことでもないけど……。聞きたいことがあって」
「なになに?」
「タロウとジロウくん、今はどこか、村の外の病院にいるのかな」
「あー……そうみたいだよ。パパが言ってた」
「そうなんだ」
彼女の口振りは自然だ。とりあえず、そういうことなのだろう。
「千羽鶴、いつ届けられるかなあと思ってさ」
「そうだなあ。タロウくんもこっち帰ってくるかもだし、明日また車出してもらうときに、届けてもらうことになると思うよ」
「ああ、良かった。早いほうがいいよね」
「だねー……はやく力になってほしいよ」
心の底からそう思っているように、クウは言う。その声が、とても心に響いた。
「聞きたかったのはそれだけ。それじゃ……おやすみ」
「はいはい。おやすみなさい、また明日ね」
「また明日」
受話器を置く。それからしばらく、僕は電話の前に立ち尽くしていた。
そして僕の、六月四日が終わった。
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