予兆 ③’
「だけど、クウが千羽鶴を折ろうって言い出すなんてね。びっくりしたよ」
体育の授業の前の休み時間、僕はクウと二人で教室を出ながら、話していた。
「私は何もしてあげられないからさ。こうやって祈ることくらいしかできないなあって。それと……これは秘密だけど、カナエ先生が薦めてくれたんだ。鴇村の鳥伝説にちなんで、鶴を折ってみたらどうかってね」
「ああ、なんだ。だからカナエ先生、すぐ賛成したんだね」
「そういうこと。内緒ね」
「分かってるよ」
朝、教室にやってきた時にタロウの姿はなく、それは朝のホームルームが始まる三十分を過ぎてもおなじだった。
千羽鶴を作ろうとクウが突然提案し、カナエ先生に同意をもらい、クラスが団結して折れるだけの鶴を折ることになったのだが。
「しかし、言い出した本人が鶴を折れないとは」
「だーかーら、言い出したのはカナエ先生。……そうですよ、折れませんよだ」
そう、クウはカナエ先生に許可をもらって満足気にしていたものの、いざ折り紙が配られると、三分ほど折り紙を見つめたまま微動だにしなかったのだ。見かねた僕が鶴の折り方を教えてあげて、ようやく折り始められたという経緯だった。
「でも、カナエさんにしたって、千羽鶴を折ろうって言い出すなんてちょっと意外だなあ」
「詳しくは話してくれなかったけど、カナエさんも昔色々あったみたいで。タロウくんのことが本当に心配みたい」
「色々?」
「カナエさん、一人暮らしでしょ? ご両親がいないじゃん」
「……そうだね」
「ま、色々なのですよ」
「……なるほど」
それ以上聞くのは躊躇われる、ということか。カナエ先生も多分、病気で両親を早くに亡くしているのだろう。
村は助け合いの精神で成り立っているから、カナエ先生一人でも不自由なく生きていけているのだろうが、やはり寂しさはあるはずだ。
そんなやりとりをしながら、僕らは校庭に出てきた。他の生徒たちはもう集合していて、準備運動を始めている子もいた。
今日の体育はかくれんぼをすることになったらしい。年少の子たちの意見が通ったのだろう。ワタルやクウはいつも球技を推しているし。
「じゃあ、そうね……鬼はヒカルくんにしましょう」
「え、ええ?」
チャイムが鳴り、授業が始まるや否や、開口一番にカナエ先生はそう言ってのけた。ジャンケンが何かで決めるものだと思っていたので、こちらとしては二の句も告げない。
「賛成ー! っじゃ、ヒカル頑張ってね」
クウが満面の笑みで言うのに、
「頑張って、じゃない!」
思わずそう怒鳴ってしまう。それを聞いてクウは更に笑った。
結局その指名通り、僕がかくれんぼの鬼になってしまい、一分を数えている間に、生徒達は蜘蛛の子を散らすように四方八方へ逃げていった。
きっかり一分を数えきった僕は、さっそく探索に向かう。まずは盲点となりやすい、学校の敷地内だ。カナエ先生が決めたルールで、民家は迷惑がかかるため禁止、森に入るのも危険なので禁止、という二つの制限がかけられていたが、学校の校舎内は隠れることができる。灯台下暮らしを狙って、隠れている子がいてもおかしくなかった。
校舎に入ると、僕はまず教室に入ってみた。死角になっている教卓の下なども見てみるが、誰もいない。ここはいないとみて、次は職員室へ入る。
すると、すぐに人影が見えた。どうも、隠れているのかいないのか、バレバレな位置だ。
「カナエさん」
「あら、見つかっちゃった」
頭を掻きながら、カナエさんはこちらへ歩いてきて、職員室を出る。
「じゃあ、とりあえず運動場に戻りましょうか」
その振る舞いがわざとらしいというか、焦っているようにも見えて、これは何かあると僕は睨んだ。
その疑いは結果的に正しかったようで、僕が職員室の奥に踏み込むと、そこには丸まったクウがいて、
「……あ、バレた」
と、ショックを受けた様子でこちらを見つめてきた。
「カナエさんが囮だったんだな。ま、残念」
「むー。いいアイデアだったのにな」
「そうね。……まあ、これくらいはいいか」
カナエさんは少し悔しそうな表情を見せたあと、じゃあ今度こそ運動場に戻りましょうと促す。もう誰も隠れていないようなので、僕もこれには素直に従った。
あとは六人だ。鴇村は小さな村であるものの、一人で隅から隅まで探し回るのは結構骨が折れる。授業時間中だと全員見つけられるか不安だった。
しかし、そんな不安も杞憂だったようで、隠れられる場所そのものが少なかったのか、クラスメイトたちは割合簡単に見つかった。井戸の影に隠れている子、民家の影に隠れている子、稲穂の影に隠れている子……決まってどこかがひょっこり出ていたので、すぐに見つけることができたのだった。
最後に残ったのはワタルとツバサのペアだったが、川辺を歩いているときにくぐもった声が聞こえ、ふと置かれていた土管の中を見ると、二人が狭苦しそうに入っているのを見つけられた。こうして授業時間中に、僕は全員を見つけることができ、かくれんぼは見事鬼の勝利ということで幕を閉じたのだった。
「なーんかヒカルって、何か探したり考えたりってのが得意だよね」
「それはどうも」
「ちぇっ、ムカつくぞー」
隠れ場所によほど自信があったのだろう、帰る間際までクウにはそんな感じで文句を言われたが、その言葉の裏には僕を褒めてくれているような口振りも窺えて、悪い気はしなかった。
クウの開けっ広げな態度が、僕には心地良かった。
*
学校が終わるまでに、僕らは用意された折り紙を全て鶴に変えることができた。
それだけの鶴を折り、ジロウくんに届ければ。
きっと、きっとあの子の病気も治ってくれるだろう。
おまじないなど普段は信じない僕も、こういうことは祈ってしまう。それは都合のいいことだろうか? そうかもしれない、けれどね。
感謝の言葉を述べ、明日この千羽鶴を届けましょうと宣言するカナエさん。それに賛同する生徒たちの声。そしてその後に、クウのほんの微かな呟きが、その断片が、僕にも聞こえてきた。
「……お医者さんじゃないけど……それでもできることがあって、よかった」
それは、複雑な感情の混じりあったような声色をしていた。
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