真相
子供たちを真ん中に寄せて水上たちは周りを取り囲んで移動していた。拳銃を構えながら周りを警戒しつつ、水上はチラリと千賀崎を見た。千賀崎は眉間に皺を寄せて何かを考えているようだった。
千賀崎に声をかけようとした時、悲鳴が聞こえた。声がした方を見ると、飲食店の横の路地裏から三十代半ばと思われる女性が血相を変えて飛び出してきた。その後ろから二足歩行で四本の角が生えた怪物が姿を現した。水上たちに気付いた女性が助けを求めるかのように、こちらに向かって駆け出した。
怪物は四本の角で女性を突き刺そうとしたが、白波たちがライフル銃を連射して阻止した。続けざまに白波たちは口に狙いを定めてライフル銃を撃ったが、怪物は両腕を交差させて防いだ。銃弾は弾かれて地面に散らばった。
怪物は両腕を交差させたまま突進してきた。これでは怪物を倒せない。怪物の弱点は口内なのだ。両腕が邪魔で口内に狙いを定めることができない。知能がある分、厄介だった。
すると法堂が何を思ったのかライフル銃を投げ捨て怪物に向かって歩き出した。法堂の突然の行動に水上は愕然とし、白波たちも困惑したように固まっていた。
怪物は向かってくる法堂に気付いたようで、両腕を降ろして口を大きく開けて食べようとした。その時、法堂が後ろに回した手で何か合図を出した。意味に気付いた白波たちがライフル銃を撃った。油断した怪物の口内に銃弾が次々と直撃する。怪物は悲鳴をあげて無様に倒れ込んだ。どうやら法堂は怪物に両手を降ろさせるために、あえて危険な行動を取ったようだった。
「法堂総理大臣! 無茶はしないでくださいって言いましたよね?」
白波は法堂に詰め寄った。二人から少し離れたところで女性が地面にしゃがみ込んで震えていた。見た限りでは女性は拳銃の類は持っていなさそうだった。それにこんなに怯えている女性が老人を殺すとは思えなかった。
白波もそう思ったのか、法堂に無茶をしないように念押ししてから女性に近づいた。
「大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」
「はい、大丈夫です。助けてくれてありがとうございます」
女性はまだ恐怖に体を震わせながらも、白波に向かって頭を下げた。それから頭をあげた女性の顔が歪んだ。明らかに何かに怯えている表情だった。女性の視線を辿った水上も表情を歪ませた。
いつの間にか大野寺の体が巨大な舌に締め付けられていた。大野寺の背後にある建物の屋上に舌を伸ばした怪物が立っていた。大野寺は苦しそうに呻き声をあげていた。
水上は歯を強く噛みしめ、屋上に立つ怪物に銃口を向けて撃ちまくった。だが、怪物は巨大な舌で大野寺を振り回して銃弾を防いだ。舌が銃弾を防いだおかげで大野寺には当たらなかった。しかし、このままでは体を締め付けられて大野寺は死んでしまう。何とか阻止しなければならない。
「誰か照明弾を持っていないか?」
思考を巡らせていると、法堂が白波たちを見回して問いかけた。ハッとした白波の部下が懐から照明弾を取り出して怪物に投げた。照明弾は光を放ち、怪物の視界を塞いだ。その一瞬の隙を突いて白波たちがライフル銃を撃った。銃弾は怪物の口内に命中し、舌が緩んで大野寺は解放された。怪物はバランスを崩し、屋上から落下して地面に激突した。
水上は慌てて大野寺に駆け寄った。千賀崎と坂水木も慌てた様子で駆け寄ってきた。水上は大野寺の表情を見て愕然とした。顔からは血の気が失せ、舌がだらりと垂れ下がっている。明らかに絶命していた。大野寺を助けることができなかった。もう少し早く気づいていれば大野寺を助け出せたかもしれないのに。水上はあまりの悔しさに唇を噛んだ。
「……大野寺君」
坂水木は大野寺の遺体に縋りついて泣いた。坂水木の隣で千賀崎も涙を流していた。サークルメンバーの内、二人も死んでしまった。どうしてこんなことになったんだ? 何で二人が死なないといけないんだ? 脳内に浦野と大野寺との思い出が駆け巡った。
「……許せない。浦野君や大野寺君が死んだのはすべて海良ってやつのせいだ。あいつが怪物を生み出さなければ二人が死ぬことはなかったのに。老人を殺したのもきっとあいつだ」
千賀崎が今まで聞いたこともないような低い声で呟いた。坂水木も驚いたようで呆然と千賀崎を見つめていた。千賀崎が言うように怪物を作ったのは海良だ。しかし、海良は前総理大臣の命令で怪物を作ったに過ぎないのだ。
それより千賀崎の『老人を殺したのもきっとあいつだ』の言葉が気にかかる。千賀崎は海良が老人を殺したと思っているのか。海良には老人を殺す理由はないはずだ。そんなことしても海良には何の得もないだろう。それとも海良には老人を殺さなければならない理由でもあったのだろうか。海良が老人を殺したと仮定すればの話だが。
「麻衣は海良ってやつが老人を殺したと思っているみたいだけど、その根拠は何なんだ?」
「海良ってやつが建物で拳銃を渡してきた時に、ポケットに何かが入っているのに気付いたんだ。その時は何か分からなかったけど、今思えば拳銃だったんじゃないかな。ポケットの膨らんだ形が渡された拳銃に似てたように思う」
千賀崎は視線を宙に彷徨わせた。その時のことを思い出しているのかもしれない。水上は海良のポケットに何かが入っていることにまったく気づいていなかった。
「それに袖に隠れてたけど、腕時計みたいなものを巻いてた。一瞬しか見えなかったけど、画面に時刻は表示されてなかったから腕時計ではないと思う。何かは分からないけど、何の説明もしてくれなかったし、袖で隠してたのが怪しい」
「腕時計みたいなものだって? そんなものを巻いていたのか? まったく気付かなかった」
「あと実験は失敗したって言ってたけど、それも本当かどうか怪しい。実は成功してる可能性だってある。もしかすると実験の真っ最中ってことも考えられる」
千賀崎はチラリと建物の方角を見た。もし千賀崎の推測が事実だとしたら、海良は警戒すべき人間ということになる。だとするなら海良は生きている可能性が高い。老人の額に銃創があったことを考えると、生きているはずだ。実験は失敗したのか、成功したのか。あるいは実験の真っ最中なのだろうか。もしそうならいったい何の実験なのだろうか?
「悲しんでいるところ申し訳ないが、そろそろ先に進もう」
考え込んでいると、白波が声をかけてきた。水上は白波に頷くと、千賀崎と坂水木を立たせた。急いで白波たちのところに戻ると、美善町の外を目指して歩き始めた。
子供たちは千賀崎や坂水木、女性に寄り添うようにして歩いている。千賀崎たちは笑顔で子供たちに『大丈夫だよ。お姉ちゃんたちが守ってあげるからね』と声をかけていた。千賀崎たちも怪物に怯えていると思うが、子供たちを怖がらせないように笑顔を浮かべているようだった。
すぐに守れるように水上は千賀崎の後ろに立っていた。白波は先頭に立って進み、部下は水上たちの周りを囲むようにして進んでいる。法堂は白波の近くに立ち、周囲を警戒していた。法堂は総理大臣とは思えないほど危険な行動に出ている。本来なら守られる立場のはずだ。だが、法堂は水上たちを守るために行動していた。
何とはなしに空を見ると、いつの間にか真っ赤に染まっていた。生存者を探しながら歩いていたからか、夕焼け空になっていたことに気付かなかった。
周囲の警戒を怠らずに歩き続けていたら、ようやく美善町を取り囲む森林が見えてきた。美善町と森林の境界線付近に海良が立っていた。水上たちに気付いた海良はわずかに笑顔を浮かべた。どうやら水上たちを待っていたようだった。法堂や白波たちも笑顔を浮かべる中、千賀崎は険しい表情だった。千賀崎の推測を聞いていた水上や坂水木も同じ表情を浮かべている。
法堂は海良に近づこうとしたが、それを遮るかのように、千賀崎が走った。千賀崎は海良の袖をめくると、ギロリと睨み付けた。千賀崎が言っていたように、海良の手首には腕時計のようなものが巻かれていた。しかし、この位置からでは画面に何が表示されているかは見えなかった。
「やっぱり腕時計じゃなかった。この数字は何を意味しているの? 送り先が前総理大臣の別荘になっているみたいけど、いったい何を送ったの?」
「……怪物たちの様々なデータだ。より強力な生体兵器を作るためにはもっとデータが必要だった。そのデータを集めるのが実験の目的だった」
どこか諦めたように海良は話し出した。千賀崎の推測通り、実験の最中だったようだ。
「老人を殺したのはあんただよね?」
「ああ、俺が殺した。この機械の画面を見られてしまったからな」
海良はチラリと機械の画面を見た。法堂は信じられないといった表情で海良を見つめていた。水上も千賀崎の推測を聞いていなければ、きっと驚いていたはずだ。白波たちは困惑と怒りが綯い交ぜになったかのような表情で海良を見ている。
「あんたが囮を買って出たのは自分は敵ではなく味方だとアピールするためだったんじゃないの。データを集めるのが目的にも関わらず、自ら怪物を殺したのも信用させるためだった」
「その通りだ。まさかこんな小娘に見抜かれるとは思ってもいなかった。バレないと思っていたんだがな」
「あんたのせいで私の友達やあの子たちの親が死んだ。自分が何をしたのか分かってるの!」
「実験に犠牲はつきものだ。それに俺は日本の将来のために実験をしたんだ。言っただろ。日本が生体兵器を開発したとなれば、他国への抑止力になると。生体兵器を有していることをちらつかせれば、他国は日本に対して強くは出れないだろう。何せ他国からすれば未知の怪物なんだからな」
海良はどこか楽しそうに笑った。人の命を何とも思っていないようだった。そのことに水上は怒りを抱いた。大切な友人が二人も死んだのだ。たとえ国のためだとしても許せるはずがなかった。
「人が死んだのにどうして笑っていられるの?」
「俺とは無関係の他人が死んだに過ぎないからだ。それに実験の役に立てるのだから、奴らも本望だろう?」
「あんたね!」
千賀崎は怒りに満ちた表情を浮かべ、懐から建物で渡された拳銃を取り出し、驚くことに引き金を引いた。銃弾は海良のお腹に直撃した。けれど、なぜか一滴も血が流れなかった。法堂たちも怪訝な表情を浮かべていた。
だが、千賀崎は怒りのあまり、それに気づいていないようで、続けざまに引き金を引いた。銃弾は胸に直撃したが、やはり血は流れなかった。ようやく千賀崎は異変に気付いたようで、眼を見開き、拳銃を取り落とした。
「あんたいったい何者なの?」
「どうしてお前たちに話したと思う? 俺の役目は終わったからだ」
海良は千賀崎の問いには答えず、白衣を脱いだ。白衣の下にはプラスティックと思しきものが巻かれていたが、水上にはそれが何を意味しているかはまったく分からなかった。
「それはC4爆弾! お前たちすぐに逃げろ!」
白波が水上たちに向かって叫んだ。水上たちはすぐに踵を返し、元来た道を駆け出した。水上は振り返って海良の体を凝視した。よく見ると、雷管と思われる筒状の物があった。銃弾が当たっていたらと思うと恐ろしかった。
「お前たちにはここで死んでもらう! 実験のことを言いふらされたら面倒なんでな!」
海良は背筋がゾッとするほどの笑みを浮かべると、ポケットから起爆スイッチを取り出し、何のためらいもなく押した。その瞬間C4爆弾は爆発し、美善町全体を飲み込んだ。あちこちから火の手が上がり、瞬く間に煙が美善町全域に蔓延した。生存者は誰一人としていなかった。
☆☆
「――実験は見事に成功した。怪物たちの様々なデータを得ることが出来た。このデータを活用すれば、弱点を失くすこともできるだろう。よくやった、海良君」
白髪の男性――前総理大臣の神城結城は満足そうに海良から送られてきたデータを確認した。神城は生体兵器の研究に集中するために、総理大臣を退き、実験の最高責任者となった。
神城の目の前には一人の男――法堂海良が立っていた。場所は神城の別荘兼研究所だった。ここにいる海良こそ
「さて海良君。早速で悪いが、送られてきたデータを元に研究を進めてくれ」
「分かりました。神城様」
海良は恭しく頭を下げると、データをプリントアウトした紙を持ち、地下の研究室に向かった。実験に巻き込んでしまった伯父に対して申し訳ないと思うものの、探求心には抗えなかった。
ふと窓の外を見ると、いつの間にか雨が降っていた。それはまるで犠牲になった者たちの心を表しているかのようだった。
法堂博士と珪素生物 神通百力 @zintsuhyakuriki
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