第119話 軽音学部の部室にて。

さて、2023年も押し詰まり、俺(大橋)は、

軽音の部室でバンドのオリジナル曲作りに悪戦苦闘していた。

早苗実業の軽音学部では、現在20程のバンドが活動しているが、

全てコピーバンドだ。俺達はバンドの紅一点、ボーカルの小督先輩の

卒業の思いでに、1月末締切の某オーディションに出演するつもりなのだが、

このオーディションはオリジナル曲での参加が条件なので、

今月(12月)末までには仕上げる必要がある。

俺とアレックス岡本と、ドラムのボーナム石田の3人で、

色々アイデアを出してはこねくり回してみるものの、

どうにもしっくり来ない。どこかで聴いた事がある様な、

ありきたりのメロディーに聞こえてしまうのだ。

そんな時、珍しく鈴音先生が軽音の部室にやって来た。

鈴音先生は軽音の副顧問でもあるので、

時々部室に来ては色々面倒を見てくれるのである。


「今日はいつもと違って何やら悩ましそうな様子ですね」

鈴音先生の声掛けに、俺達は、

オリジナルの曲作りに行き詰っている事を率直に打ち明けた。

鈴音先生は暫く思案顔をしていたが、やがて優しく語り始めた。


「私は雪音のバンド、白狐姫に参加して、

外部のライブハウスでオリジナル曲を演っているので、

時々音楽仲間の友人から、作詞や作曲のやり方に関して教えて欲しいとか、

アドバイスが欲しいという依頼を受ける事があります。

私は別にその道の大家ではありませんので、大きな事は言えませんが、

その際、いつもこう言う事にしています。


作詞や作曲のやり方には、必ずこうしなければならないと

言うような物はありません。極端な話をすると、

やり方は人によって全部違うといっても良い。十人十色です。

なので、自分に一番合う方法を自分で見つける様にして下さい、と。


では具体的に考えて見ましょう。

作曲と言うと、まずは音符や和音、

表記法などの楽典を知っていなくてはならないと想像する人が多い様ですが、

ことアマチュアバンドの作曲では、

楽典に詳しくないと困ると言う様な事はありません。

逆に譜面化していないと何も出来ないと言うタイプの人の方が厄介です。

幼い頃からピアノをずっとやっている様な人に時々見かけますね。

こういう人は決められた譜面をきちんと演奏する事に慣れ過ぎていて、

耳コピーするとか、それから先、自分でアレンジするとかの応用問題が

苦手な場合が多いのです。バンドでのオリジナル曲の完成は、

その応用問題の最たる物と言えるでしょう。


先程も言いましたが、楽典という物は、

大勢が知らない曲を早く一斉にやる時に最も有効な物で、

4~5人程度の少人数のバンドの場合、細かい記譜をいちいち読むより、

実際に音を出してためした方が余程早く伝わります。

要するに楽譜なんか書かなくても曲にはちゃんとなります。

それにアマチュアのギタリストやベーシストで、

きちんと譜面を読める人は多くありません。

それでもプレイヤーとしては非常に優れた技量を持つ人はいくらでも居ます。

有名なビートルズでも、ジョン・レノンは楽譜を最後まで読めなかった様ですが、

彼が駄目な作曲家だと言う人はいないでしょう?

重要なのはオリジナリティーのあるメロディーに歌詞、

曲の構成を創り出す事です。そしてそれを他のメンバーにきちんと伝える事。

ただ、同じコードでも、コードの構成音によって響きや

曲の雰囲気が変わったりする事や、

メロディーにハモリを付ける時の事を考えると、

コードの響き…和音に関する知識は持っている方が良いと思います。

このあたりまで口で説明するのは何かと厄介なので。


では、きちんとしたメロディーを作り、歌詞を作り、

構成を考えるにはどうすれば良いか。

この部分に関して言うなら、極端な事を言うと、

【好きにしなさい】という事になります。

必ずこうしなくてはいけないというやり方は存在しません。

それこそ自分が一番やり易い、

自分に一番あった方法を自分で探す以外にないのです。


ちなみに私の場合はこんな感じです。

私は毎朝早く起きて散歩をしています。

時間にして1時間くらいでしょうか?この時間が私の作詞/作曲タイムです。

歩きながら、様々なメロディーとそれに対する歌詞を考えます。

もちろん、これはというメロディーを思いつく、閃くのは稀な事です。

確率とすると年に10回あるかどうかという所でしょうか?

本当にカットアンドトライです。良いメロディーを思いついたら、

忘れないように早速ボイスレコーダーに鼻歌で録音しておきます。

後でこれを聞き直し、想像を膨らませて、その曲のざっくりした

構成と歌詞の細かい内容を推敲して行きます。

大雑把に完成した所で、初めてギターを持ち、自分で弾きながら歌ってみて、

それを簡単なコード譜に構成と歌詞と一緒に書き出して完成です。


その後、スタジオに入った段階で、そのコード譜と歌詞を元に、

他のメンバーにざっと自分で曲を弾き語りをして聞かせます。そのあとは、

『それでは、最初の16小節をやってみましょう』といった感じで

演奏を進めていきます。

この段階ではアレンジの詳細はまったく決まっていませんが、

センスの良いメンバーとやれば、

ざっくり1時間も演っている内に、曲が形になってきます。

この後、バンドのメンバーで更に細かなアレンジを煮詰めて行きます。

無論、作った本人の頭の中にはざっくりアレンジのイメージもある為、

自分のイメージに合う様に、メンバーと話し合いながら進めて行きます。

その日バンドで演奏した新曲は必ず録音して持ち帰り、

自宅で何度も聞きなおして、更に細かい推敲を進めていき、

バンドで2~3回の練習の後、最終形として完成させます。


バンドで面白いのは、アレンジの部分で、自分では思いもつかなっかった

斬新な良いアレンジを、他のメンバーしてくれる事がままある事です。

自分が思っていた以上の出来になるので、

そういう時はバンドで演って良かったと本当に嬉しく感じますね。

もちろん、そうでない時もありますが。

各パートのアレンジは、基本的にそのパートに習熟したメンバーが

担当する方が上手く行きます。ギターが上手く弾けない人に、

良いギターアレンジが出来るとは思えません…。


私の場合は自分で作詞と作曲を同時に行い、それを自分の声とギター

又はピアノ、歌詞カード、コード譜等で、他のメンバーに音と視覚で

情報伝達する訳です。音の伝達は無論声だけでも出来る訳ですが、

出来れば何らかの楽器を加えた方が、第三者に伝える上では有効です。

普通のバンドマンが作曲を行なう場合は、何らかのメロディー

楽器を演奏出来る様にしておくと良いでしょう。

最低でもギターのコード演奏くらいは出来る様にしておくべきですね。


作曲者が作詞を行なわない場合は、

この様なデモ音源を作らない方法は使い辛くなります。

この場合はきちんとメロディーのある簡単な音源を

キーボード等で作成した上で、作詞担当者に渡す必要がありますね。

作詞担当者が曲を理解し、作詞を完了した時点で、

スタジオに入って詳細を詰めると言う事になります。


以上の内容でも、良くわからないという人も居るかも知れませんが、

私の経験上、これはかなり効率の良いオリジナル曲の作成法です。


音楽その物のメロディーや作詞に関しては、とにかく自分で一生懸命数をこなして

やってみて、自分に一番合った方法を模索するしかありません。

私の知る限り、閃く方法は人それぞれです。散歩をする人、

ドライブに出かける人、風呂に入る人、ギターやキーボードの前で瞑想する人、

何かテーマを先に考えて、それを元に曲を作る人、

絵本を眺めている人、野原でぼんやりしている人、十人十色です。

どれが良いも悪いもなくて、自分に一番合う方法を探す事が大事です。

歴史に残る名曲を沢山聴くのも、感性を磨く上で重要でしょう。

心に留めて置くべきなのは、良い曲は閃きから生まれるという事です。

楽器を使って作曲すると、楽器の音に邪魔されて、

心の中から湧き上がるメロディーが聴こえなくなってしまいます。

また楽器を弾く上でのコードスケールや手癖の影響から、

どの曲も同じような曲、ありがちなメロディーになりがちです。

他の曲のコード進行を参考にする様な場合も同様です。

こういう余計な影響を排除する事を、

最初の内にしっかり叩き込む事がオリジナリティーのある曲を作る秘訣です。

かの偉大な作曲家、ベートーベン先生も言っておられます。

【ピアノ(楽器)を使わないで作曲する事が重要である】と。


最後に。最も大事な事は、【自分自身を信じる事】。

自分は絶対に良い曲が創れるのだと、自分自身を信じる事です。

音楽の神様が一番嫌いな人種は、【自分自身を卑下する人】。

これは絶対的な真実だと私は思います」


鈴音先生のこのアドバイスを聞いた俺達は、まさに目から鱗という感じになった。

今までは担当楽器を使ったり、他の曲のコード進行を使ったりで、

パッとしなかったが、イマイチな感じになるのは、これが原因だったのか…。

俺達はそれから話合い、楽器を使わないで生まれて来たアイデアを、

もう一度持ち合う事に決めた。これから他のメンバーと競争である。

何だかワクワクする俺なのであった…。

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