第53話 平家の落人村にて…その②

温泉を上がり、少しまったりとした後は、お待ちかねの食事タイムだ。

如月姉妹と鈴音先生、緒賀ちんと俺たちは、

この伴久旅館独特の座敷風の食事会場へ向かった。

「平家隠れ館」と呼ばれる夕食所は、本家伴久のすぐ横にある川を

「かずら橋」というつり橋を渡って向かう。実に風流な演出だ。


到着した食事会場は、美しい竹細工が随所にちりばめられ、

畳座敷風の大きな広間には、約1メートル四方の囲炉裏が一定間隔で設置れている。

俺たちがそこに座ると、なんと姫様の衣装を来たおかみさんがやって来て、

挨拶をしてくれた。平家の落人…その中には平家のお姫様もおり、

この伴久の旅館の女将は、そのお姫様の子孫なのである。


「皆様、遠路はるばるこの本家伴久においでいただき、

誠にありがとうございます。この囲炉裏は昔ながらの作りで再現したものです。

ここで焼物をしたり、竹酒といって、竹筒に入れた日本酒を温めて

飲む事も出来ます。お客様に焼きたての美味しい焼物を

召し上がっていただきたくて、設置したものなのですよ。


特に当館の名物、「一升べら」は、香り高い山の山椒と野鳥と

味噌等を練りこんだ名物で、一へらで一升飲めるほどの味わいから、

当館二十四代女将が発想し、命名したものです。

炭火焼き囲炉裏料理は湯西川温泉では当館から始まりました。

楽しんで頂ければとても嬉しいです」


既にまわりでは独特の味噌の香りが漂っている。

俺たちより先に来た客人が、一升べらを食べているのだ。

やがて注文した飲み物も揃った。

「それでは皆様、湯西川温泉にかんぱ~い!」

鈴音先生の発声で、みんなで一斉に乾杯した。


料理はコースになっている。まず運ばれて来たのは食前酒。

「食前酒なんて言うのは酒の内には入らん。

知らぬ事にしてやるから飲め(笑)」

緒賀ちんがそう言うので、俺たちも如月姉妹もありがたく頂く。

果実酒だ。美味い!続いて季節の前菜、生湯波(なまゆば)の刺身、

蕎麦米雑炊、季節の煮物…。

全て地元で取れた旬の食材、どれもこれも本当に素晴らしい!

「旨いのう!旨すぎる!」天音はいつものハイテンションになってきた。


最初にビールを飲んだ緒賀ちんと鈴音先生は、それを飲み終わると

早速竹酒を注文した。竹の筒に地元の日本酒を注ぎ、

その竹筒を囲炉裏に刺して温めるのだ。

忽ちにして竹と日本酒の良い香りがあたりに漂って来た…。

「おお!これは旨そうだ!」

緒賀ちんは温まったであろう竹筒を抜くと、

鈴音先生のおちょこに日本酒を注ぐ。

「では、緒賀先生にも御返杯を…」

鈴音先生も緒賀ちんに竹酒を注いでいる。

緒賀ちん、いつになくニヤニヤしてる…。

まあ、緒賀ちんもまだ20代後半の独身だ。気持ちはわかる…。


続いて運ばれて来たのは鹿肉の叩き。メインディッシュのひとつだ。

更に天ぷら、季節の小鍋…。そうして名物の一升べらが人数分、

更に川魚の串焼き…これらが一緒に囲炉裏で焼かれる。

実に豪勢な料理だ。


皆で豪勢な食事を楽しんでいると、鈴音先生が恵比寿顔で言った。

「毎年ここに来るのは、無論ここの温泉と料理が素晴らしい事もありますが、

私の古い友人に会う為でもあるのです。そもそもこの伴久は

西暦1185年、天下を二分にした源平の壇ノ浦の戦いに敗れた平家の一族、

平清盛公の家人であった平家貞公の嫡男である平貞能(さだよし)公が、

家臣と共に縁戚の宇都宮朝綱(ともつな)公を頼り、

関東へ下ってこの地に居を構えたのが始まりです。

伴久の伴の文字、これは平を変形させた漢字に、

人を表す人偏を付けたもの…つまり平の人を表しているのですね。


すなわちこの村には800年を超える歴史があり、

その過去から現在に至る歴史と村人達の生き様は、

今を生きる皆さんにもとても素晴らしい学びになると思います。

明日はその生き証人、私の古い友人白雪(しらゆき)と、

その娘、初雪に逢いますので、

一緒にこの村の歴史を感じて貰えればと思います…」


「明日は白雪お姉さまと初雪お姉さまに会えるのですね!楽しみです!」

雪音が表情を輝かせながら言った。

「そうじゃのう!1年振りじゃな。本当に楽しみじゃ!」

天音も嬉しそうだ。


鈴音先生の古い友人と言う事は、

白雪と初雪呼ばれる女性も八百比丘尼なのだろう。

この山深い場所に長く住む八百比丘尼の美少女が何を語ってくれるのか…

確かにそれは楽しみだ…。俺はそう思いながら

その日の料理と会話を楽しんだのだった…。


その③に続く。

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