第三話
接触してみる、と言っても、そう簡単にできることではない。秀平は謠子の仕事や平田の家事の手伝いをしながらも時間を作っては外へ出掛けてみたが、あれ以来真木原知香に会うことはなかった。
「連絡先を聞いておくべきでしたかね」
浄円寺邸は広い。もう日も沈み他の部屋は暗いままだが、居間の隣にある和室だけが明るい。
そのほぼ中央に座り乾いた洗濯物を畳む秀平が言うと、アイロン台を押入れに片付けている平田が返した。
「もういっそのこと知香ちゃんの言う“夜に”・“一人で”・“真木原宝飾店の近く”に行ってみるのが一番早えんじゃねえの?」
「俺に危ない目に遭えって言うんですか……冷たい男ですねあんた」
「謠子の役に立つの大好きなんだろそれぐらいやれよ、つーかお前タオルばっか畳んでんじゃねえよ」
「だって謠子様の下着とか手ぇ付け辛いじゃないですか」
「それは後で本人にやらせるからとりあえず置いとけよ他にもあるだろよほら」
「何で俺があんたみたいなおっさんのパンツ畳まなきゃいけないんですか!」
「うるせえよ四の五の言わずに畳め居候!」
等とやっていると、
「平田くんうるさい」
平田は渋い顔をする。
「何で俺ばっか怒られんの解せない」
「お腹空いたよごはんは?」
「できてるよ、あっため直せばすぐ食える。そこの
ふむ、と小さく唸った謠子は、書類を置いて秀平の隣に座った。
「しょうがないなぁ」
「ねえ謠ちゃん何でトダには優しくて俺には厳しいの」
平田も座って洗濯物を手に取る。三人で作業開始。
しばらく黙々と畳んでいると、
「後で真木原宝飾店の近くまで行ってみようか」
謠子が口を開いた。あぁ、やっぱり行かなきゃダメかと秀平が溜め息をつくと、謠子は笑う。
「大丈夫だよ、相手のやり方がまだわからないからには一人にはしない。僕と平田くんも一緒に行く。きみのことは誠くんや
そうだ、これまでだって危ない目には遭ったが何とかなってきた――普段から謠子の身を護っている平田とギフトを持つ謠子がいるのなら、襲われたとしてもまず簡単にはやられないだろう。それ以上に、謠子の言う「守る」という一言がとても心強い。随分と年下ではあるが、浄円寺データバンクの代表とキャプターを兼任している彼女の言葉は決して無責任なものではない。
「謠子様かっこいい結婚して下さい」
「きみに浄円寺の名を背負う覚悟があるのなら考えてもいいよ」
「このおっさんと親戚になるのはちょっとなぁ」
洗濯物の最後の一枚である自身の肌着を素早く、しかもきれいに畳んだ平田は手元にあった秀平の靴下を投げ付けた。
「ふざけんなよ認めねえっつってんだろ」
顔面に当たりそうなのをきっちりキャッチした秀平も、平田の下着を投げ付ける。
「どうせいつも秒で破談になるんだから安心しやがれっつってんですよ」
そのままバトルに持ち込まれそうなのを、
「平田くん、ごはん早く。トダくん、折角畳んだの乱さない」
謠子の一言で二人はぴたりと止まる。
「はぁい」
「すみません。……そういや謠子様、何か新しくわかったこととかないんですか?」
「それなんだけど」
横に置いておいた書類――事件の資料を取り、謠子は秀平の横にぴったり付いた。一方平田は構わずよいしょ、と立ち上がって台所に向かう。元々秀平と謠子がそういう関係ではないことは知っているのだ。
「失踪者リストに載ってない人がいたんだ」
畳の上に出された紙に、秀平は思わず目を見張った。
「え……これ、って……」
驚くのも無理はなかった。
プリントアウトしたものとはいっても、はっきりとわかる。
その顔は秀平にそっくり――いや、「瓜二つ」といっても過言ではない。
「
その名前。しかも同い年。
字と誕生日、髪型こそ違えど、こんな一致があるのか。
「知香さんの婚約者だよ」
謠子の言葉にはっとすると同時に納得する。見知った顔とほぼ同じだから知香は自分のことをよく覚えていたのか。
「届出をしていないから行方不明者扱いになってなくてね」
「え、それってつまり、」
「いなくなってるんだ、彼も。二年前から」
「どうして届出をしてないんです? だってこの人……ちゃんと身内もいる……」
「二年間、彼の身の回りの人間は、誰も彼の姿を見ていない。それでも彼は存在している――“ということになっている”と言った方が正しいのかな」
「は?」
意味がわからない。
「いない」のに「いる」?
「彼の姿が最後に確認されたのが二年前。職場で出張になって、そのまま退職の連絡があったんだそうだ。家賃や税金や年金、その他諸々の支払いは全く滞っていないんだよ。身内にも『必ず戻る』って連絡が入っていたらしい。そのせいで関連性は低いとみなされていたんだね」
「単に姿を消しているのか、他人が装ってその辺の処理をしているのか……?」
「それは調べてみないことにはまだわからない。別の事件に巻き込まれた可能性もある」
「……謠子様は、この、黒宮って奴……関係してると思いますか?」
謠子はスカートであるのも気にせず
「さぁ、どうかな。でも彼を皮切りに失踪者が出始めている。同じくらいの年頃の、似たタイプの外見の男性」
失踪者たちの顔写真が付いたプロフィール一覧の書かれた紙を手で広げ、その上に件の男の紙を置く。
「ただ、この黒宮という男だけが、そういう動きがある」
「他の奴はさっぱり?」
「そう、さっぱり、全く。……前に、『性別・平均年齢・見てくれ以外どうでもいい』と言ったよね。トダくん、似通った容姿の大体同じくらいの年頃の男を複数消す必要性、理由は何だと思う?」
「戸谷ですしそれって宝石屋のお嬢さんを犯人とするかしないかで違ってきませんか」
謠子は真っ直ぐ、秀平を見る。
「きみは知香さんは犯人ではないと考えているようだね?」
言われて改めて思い返す。確証は全くないが、そんな気はしている。
「何となく、勘ですけど」
「きみの勘は何故かよく当たるからなぁ。じゃあ、とりあえずそういう線でいってみよう。きみの考えは?」
うーん、と考えながら、黒宮以外の失踪者のプロフィールを取って見直す。
「……よく見るとみんな俺程かっこよくないです」
謠子は吹き出す。
「あっははは、うん、そう、そうだね、確かにきみはこの中では一番きれいだ。……しかし、よくもまぁこれだけ探し当てたものだよね、地方出身者だって何人かいる」
「それなんですけど」
何枚かを抜き取り、それだけを並べる。
「仮に宝石屋のお嬢さんが、黒宮って奴と何か拗れるとかして恨みを持って、黒宮をどうにかしちゃって、それでも収まんなくて似たような野郎に何かしちゃったとします。いくら似てるっていったって、わざわざこんな、遠く離れた場所に住んでいるような奴を調べ上げて絡んでいこうと思いますかね? 精神的に病んでるとしてもそんな細かいことまで考え付く方が珍しいし、まず探し当てるのだって手間がかかる」
「人を使って探すにしたって、“似ている”という基準は個人によって違ってくる。となると自分で探すことになる。でも一人で自分の足を使って、なんて地道なことやってたら二年間に十一人も消すなんて不可能だ。ネットで個人情報探ればできるかもしれないけど、そんな芸当知香さんには無理だろうしね、僕や平田くんのようにハッキングできるわけでもない」
「何でわかるんですか」
「彼女にそんな腕があったら、いくら平田くんだってあんな短時間で真木原宝飾店のパソコンに侵入できないよ。壁を破るだけの腕があるってことは、逆に壁を作ることだってできる」
「あ、そっか」
再度失踪者のプロフィールを畳の上に置く。近郊、地方、黒宮と分けて。
「この黒宮って奴は怪しくないんですか?」
「自ら姿を消すメリットは?」
「宝石屋のお嬢さんを悪者に仕立て上げて、後から出てきて悲劇のヒーロー気取り?」
「そんなに
秀平は黒宮のプロフィールの書かれた紙を取って、じ、と見る。
「こいつ王子様か何かなんですかね、同じ顔の俺は平凡な家庭に生まれて今なんてランナーだし彼女もいないっつーのに」
謠子がまた声を上げて笑う。
「きみが今ランナーなのもきみに今恋人がいないのも、きみ自身が選んだ道だろう?」
「謠子様やっぱり付き合って下さい結婚を前提に」
「きみのその
勿論冗談だ。
「そうだ、何でしたっけ、あの」
持っていた黒宮のプロフィールを元の位置に戻しながら、話も戻す。
「こないだ宝石屋のデータの中で見つけた、ヤス何とかって不審な奴。黒宮って奴がそいつを装っているとか」
「ところがそれはそれ、別人なんだよ」
手元の書類の山からまた一枚プロフィールを出す。
「これだね。安河元宣」
「ホスト上がりみたいな面してますね、何か
「ご名答、ホスト上がりなんだよその男。金銭トラブルで店をクビになった後、職を転々としてる。現在は宝石・貴金属のバイヤーを自称しているらしいけど、個人の業者は勿論そんな怪しい男を抱えてる会社なんてどこにもない」
「わかりやすすぎるぐらいに滅茶苦茶怪しいじゃないですか」
「怪しいから隠してたんだろうね」
「こいつが犯人とか」
言われて謠子は安河のプロフィールを両手で持って、対峙するかのように正面に構える。
「成程、何らかの理由で偽業者に真木原宝飾店の金が不正に流れ、それを知った黒宮が消され、知香さんの仕業に見せかけるように黒宮に似た男性も複数殺す、か」
謠子の言葉にぞくっとする――それまでは「失踪」「消えた」といった言葉しか出てこなかった。恐らく確信したのだろう。
「怖いこと言わないで下さいよ」
「黒宮は今回初めて浮上したからこれから調査するとして、他の失踪者は警察とキャプター両方でもう散々調べ尽くしたんだよ。生存している可能性は極めて低いとみていい。ギフトの能力
「それは、……そうです、けど」
秀平の持つ能力では不可能だが、それを可能にする力を持つギフテッドは何人も知っている。
目の前の人形のような少女ですら、彼女自身の能力の使い方次第では、
「クソみたいな力でクソみたいなことをする人間は
謠子は吐き捨てるように呟く。
時折こんな、子どもらしからぬ冷たい顔をする。
(昔はもっと、)
「トダくん、痛い」
我に返る。
が、細い肩を抱き締める手は離さない。
「謠子様、汚い言葉使うと先輩に怒られますよ。あと戸谷です」
謠子の表情が少し、緩む。
「僕を育てた平田くんときみが悪い」
いい大人の自分がびくついている場合ではない。
この子はもうとうに、この仕事が危険なのだと腹を
「あんまり無茶しないで下さいね、俺のせいで謠子様に何かあったら俺おっかないおっさんにめっちゃ怒られちゃう」
「ああ見えて平田くんきみにも甘いから大丈夫だよ。……ところで、頼みがあるんだけど」
見上げた謠子がにっこり笑う――嫌な予感。
「…………何でしょう」
「明日この屋敷に
その名を聞いた秀平は、一瞬固まった。
「えっ…………はっ?」
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