第66話 待たせるな


 シューネフラウはスキップでもしそうな、雰囲気で廊下を歩く。

 実際にはそんなことはなく、誰もが目を引かれる程優雅な足取りだった。


 シューネフラウにとっては待ちに待った時が訪れた。

 父である国王が何度見合を進めても会おうともせずに断っていた。

 魔王の物語に出ている魔王に憧れ、恋焦がれている少女にとっては天にも昇る心地だった。


 しかし、そんなシューネフラウの真意など知らずに話掛ける者がいた。


「シューネフラウ王女。少し宜しいでしょうか」


 今日の会議にいた宰相だ。

 シューネフラウにとって魔王以外の男性と話すなど耳と口が汚される思いだったが、無視するわけにもいかない相手だ。


「カンズ宰相ともあろう人がこんな場所でどうしましたか?第一騎士団なら私との用を終えましたよ」


「存じております。ですが、シューネフラウ王女にも出席をお願いしたいのです」


「軍事に関わることに私がですか?」


「はい。もしものために王族の方々には国民と避難して頂くことになります。シューネフラウ王女にはその先導していただきたいのです」


 シューネフラウはその美しさと国民を想う慈悲深さに支持する国民は多い。

 パニックを抑えて、安全に避難するためにはこれ以上の人材はいない。

 シューネフラウの理解は出来る。

 しかし、話して来たのが宰相というのが気になる。

 まず、使用人ではなく年中忙しく働いている宰相自ら呼びに来るのがおかしい。

 それに宰相は貴族主義社会に反対派だ。

 絶対に裏に何かあるのは分かりきっていた。


 そんなことよりもシューネフラウが重要に思うのは早く身体を清めて魔王の待つ自室に戻ることだ。

 いつまでも待たせるなどという不敬なことは出来ない。


「シューネフラウ王女が難しいということでしたら、国民の避難自体が難しくなりますね」


「それは……何故ですか?」


「先程の会議にも参加していたザンコ侯爵を含めた三侯爵は国民を避難させるより、兵として徴集して、魔王からの攻撃の玉避けにするおつもりでしょうから」


 シューネフラウはあなたも同じ考えでしょと思ったが、なんとか口に出さないように耐えた。


「シューネフラウ王女が会議に参加し、侯爵達を説得して頂かないとその方向で話が進むことになりますね」


 宰相は澄ましたような顔で言ってのける。

 平民がいくら犠牲になって全く傷付かないと態度で表現している。


「……分かりました。案内しなさい」


 シューネフラウは奥歯に噛み締めながら答えた。


「かしこまりました」


 宰相は一礼して歩き出す。

 シューネフラウもついて歩く。

 せっかく高揚していたのに、酷く害された気分だった。


 十分程歩いて、王城内一階の部屋に入った。

 一階は殆どは一般兵士、使用人、武器庫など王族が入室することはない。

 シューネフラウも初めて入る部屋になる。

 8畳程の部屋で会議室としては狭かった。


「ここでするのですか?」


「はい、ここでは主に城内にいる者の話を聞いて悩みを解決するための部屋になります。相互理解をするためには絶好部屋だと思ったのです」


 シューネフラウは最初、兵士や使用人の悩みを聞くための部屋だと思ったが、目の前の男がそんな事をする人間ではない。

 魔眼を使って宰相のオーラを確認すると、その色が赤黒く血の色に近い色に変わって行く。


 赤黒い色は犯罪を考えている者からでるオーラだ。


 シューネフラウが急いで部屋を出ようとしたが遅かった。

 その前に数人の武装した騎士に囲まれてしまう。

 騎士達の後ろに三人の侯爵がいた。


「カンズ宰相!これはどういうことですか⁉︎」


「先程説明した通りですよ。ここは悩みを解決し相互理解をするための部屋だと」


 宰相はにやりと、嫌らしく笑って三侯爵に目を向ける。


「彼らの悩みを解決してもらいます。シューネフラウ王女の身体を使ってね。それすれば王女にも我々のことが理解出来るようになりますよ」


 宰相がシューネフラウに手を伸ばすが、すぐに払われる。


 シューネフラウのレベルは20だ。

 魔法の修練はしていたが、狭い部屋では距離を取ることも出来ず、本業の騎士一人ですら勝つことも出来ない。

 逃げようにも部屋に窓はなく、出入り口には騎士連中がいて逃げられない。

 完全に詰んでいた。


「手荒なことはしたくないので、大人くししていて下さい」


 シューネフラウは一縷の望みをかけて火魔法を発動させようとするが、騎士達に取り押さえられてしまった。

 布で口も塞がれて大声を出すことも出来なくなった。


 宰相が命令し、騎士の一人が壁に手を掛けて魔力を流すと壁が横にスライドして地下へと続く階段が現れた。


「抵抗するのなら仕方ありません。多少強引なやり方にはなりますが、相互理解のために我々の気持ちをその身体で受け止めて下さい」


 ドガーーーーーーン!!!!


 部屋の入り口で大きな爆発が起きた。


「おせーぞ、いつまでも俺を待たせるな⁉︎」


 煙の中から全身真っ黒の装備に身を包んだゼントが現れた。


「ふぁおうふぁま!」


 シューネフラウは口が塞がれていてまともに声が出せなかったが、その内は心が震えて体が熱くなっていた。


(ああ、やはり貴方は私の魔王様です)


 シューネフラウは自分の状態が分かっていないのか、顔が紅くなっていた。


「誰だ貴様⁉︎」




「魔王だ」




「魔王だって⁉︎」

「こんな小僧がか」

「でも、さっきの魔法だって」

「魔法使いなら、接近して戦えばいいんだ」


 騎士達が斬りかかるが、ゼントにはスローモーションに見えていた。

 アイテムボックスから超大刀シュヴェルトリーゼを取り出し抜刀した。


 斬りかかった騎士達は一瞬の内に絶命した。

 残った騎士達の10秒も掛からずに全員殺された。


 残ったのは宰相だけだ。


「……お前の目的は何だ?欲しいものなら何でもやる。だから命だけは……」


「あぁ、本当は殺してやりたいがお前にやって貰わないといけない事があるからな。今は殺さないでいてやるよ」


「ほんとうですか?」


「俺は約束を守る男だ。だが……」


 シューネフラウの腕を引っ張っり、無理矢理立たせた。


「約束を破ったお前には罰を与える」


 ゼントはシューネフラウを抱き抱えると宰相を残して部屋を出て行った。


「魔王様。助けていただきありがとうございます」


「俺よりもあんな奴等を優先するとは……お前には俺の奴隷になるということがどういうことなのか……分からしてやる」


「はい。よろしくお願いします」


 シューネフラウの顔は真っ赤に染まっていて、これから罰を受ける人の顔ではなかった。

 逆に嬉しささえあった。


「この身に魔王様の教えを与えて下さい」

 

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