第64話 黒い会議


 王都シュテートの王城内では、スリュート伯爵領消滅と同じ程の激震が走っていた。


 第四騎士団が魔王の襲来により壊滅。

 これは第四騎士団の動向を遠くから観察していた宰相の手の者から来た確かな報告だ。

 第四騎士団は毎回の如く情報収集のためにやりすぎるので、宰相が見張りを置いていたのだが、今回は別の意味で役に立った。


 何故タール村という名前すら覚えられていないような場所に現れたのか?

 それはタール村が魔王にとって重要な何かだったからだと思った。


 理由や目的について意見を出し合うが出席者全員が納得するような答えは出なかった。

 ギガンツァーや賢者に関係する何かがあったなど、憶測で結論づけるしかなかった。


「問題はいつ魔王がこのシュテートに攻めてくるかだ」


「理由は分からんが、魔王の怒りに触れてしまったのは確かだ。今更和平交渉に応じることなどないだろうな」


「和平交渉なぞ最初から無理であろう。魔王だぞ、世界の破滅以外に目的があるのか?」


「残った戦力は第一騎士団と第三騎士団と第ニ・第四騎士団が残していった兵達、そにれ冒険者ギルドの者達。全て合わせれば、500人以上になります。そこに平民から兵を徴集すれば千人以上集めることも出来ます」


「烏合の衆が集まったところで何の役に立つのだ?」

「囮ぐらいにはなるでしょう。魔王やその配下だって魔力は無限じゃなんです。消耗させればこちらに勝機はあります」


「魔物達を使役してきたらどうする?」


「報告書によれば、魔王の配下は4人程度で魔物を使役してはいないらしい」


「なるほど、どんな強者でも数で押せば勝機があると、そういうことだな」


「えぇ、そう通りです」



「その意見には反対です」



 重い声によって部屋の中が静まった。

 声を発したのは第一騎士団長ギャラルだ。


「そんな無謀な事に王国民を犠牲にするなどしてはいけません。そんなことをすれば、王国民が反乱を企て、魔王に加担する者が現れる危険があります」


 ギャラルは平民出身であり、平民が無意味に殺させるなど見過ごすことなど出来なかった。


「ギャラル殿……以前にも申しましたが、平民の命より我々の命の方が遥かに重要なのです。平民が上級貴族である私達のために死ぬなど当たり前の事です」


「平民共も我々の命令で死ねるのです。感謝こそあっても、反乱など起きるはずないですよ」


「たとえ反乱があったとしても貴方が何とかしてくれるんですよね。王国第一騎士団長殿」


 貴族達はギャラルへ視線を向ける。


 意見を出してそれが通ったとしても、責任を取る気などないからだ。

 押し付けやすい人に押し付けて、自分達は悠々としていた。


「カンズ宰相閣下も同じ考えなのですか?」


「私は王国を第一に考えています。そのために犠牲が出るのは仕方のないことでしょう」


 宰相閣下という心強い味方を得たことで貴族達は自分達の優位性が揺るがないことを確信した。


「国王様の意見を聞いてもよろしいですか?」


 宰相が発言したのはこの会議で国王に話しかける権利を得ているのは宰相と第一騎士団長ギャラルのみだからだ。


「わしは臣下達を信じておる」


 国王は動かない。

 貴族主義社会を信じていた若かりし頃であれば、上級貴族達の思い通りになどはさせなかっただろう。

 しかし、歳を取るにつれてその意識は薄れてしまった。

 現状維持に満足して、流されるままになってしまった。

 自分の意見を言おうともしない。

 悪く言って、傀儡の王となってしまった。


 王妃を病で失くしている国王が願うのは、自分の立場と子供達の幸せという一般的な家庭の親が持つ願いだけだ。

 上級貴族の思い通りに動かされるのは自分だけでいいと、シューネフラウ以外の王子・王女は王都から離れた別の領地に避難しているが、その安全も時間の問題だ。

 政略結婚の道具、他国への人質など理想価値はいくらでもある。

 第一王子には既に婚約者が決まっているが、第一王女のシューネフラウの婚約者は決まっていない。

 上級貴族達が一番に考えているのは、自分の息子をシューネフラウの夫にして、国王の座を手に入れることだ。

 第一王子が生存している限りその可能性は低いが、不幸な事故でいなくなれば、シューネフラウに次の王位継承権が与えられる。

 第ニ王子もいるが、それも不幸なことが起きれば王位継承権がなくなる。

 貴族達にとって王族の命など、忠誠を捧げる相手ではなく、自分達が成り上がるための道具としか見えていなかった。


 国王ですらオーストセレス王国のために働こうなどという考えは、もはやなかった。

 それも貴族達をつけ上がらせる原因となっていた。


「シューネフラウ王女はどうでしょうか?」


 宰相はシューネフラウに目を向けて、声をかける。

 シューネフラウは宰相目を合わせようとすらしなかった。

 だが、そのツンとした態度でも彼女に意見しようという者はいなかった。

 それどころか大人びた姿に見惚れる者までいた。


「例えどんな相手であろうと対話を試みることは大切です。それと国民達の命を無下に扱うことは私も反対です」


 ギャラルはシューネフラウ王女の言葉に歓喜した。

 貴族達の手前、言葉にはしないが表情に明るさが戻った。


 逆に貴族達は不機嫌になる。


「シューネフラウ王女はいつもお優しいですね。王族らしくて素晴らしいとは思いますが、我々貴族のことを軽んじていないか不安になります」


「軽んじてなどいません。貴方達も同じオーストセレス王国の国民ですから、その命も平等に扱うつもりではいますよ」


 貴族達はビリッと電流が走ったように強ばる。


(我々と有象無象の命とが一緒だと)


 近い未来のためにはここは耐えなければならないことは分かってはいた。

 シューネフラウの機嫌を損ねるのが、自分達にとってどれだけの損失になるかは頭では理解していた。


 貴族こそ第一と考える彼らにとって、我慢の限界というのもあった。


「シューネフラウ王女のお気持ちは十分に伝わりました。今回上がった意見をまとめ、防衛作戦を練ります。よいですねギャラル殿」


 宰相はこのままではまずいと早急に会議を終わらせた。


「えぇ、オーストセレス王国と民の未来のために全力を尽くしましょう」


 宰相とギャラルは凛々しい顔つきで見つめ合った。

 だが、その腹の奥底に抱えてるものには大きな違いがあった。


「それでは失礼いたします。あぁ、そうでしたギャラル。ご紹介したい人物がおられますので、後で私の部屋に来てもらえますか?」


 室内に先程とは比べものにならない電流が走った。


 その理由はシューネフラウは今まで異性を部屋に入れることが無かったからだ。


 王族も同じで父親である国王も王子であろうと誰一人入れることは絶対になかった。


 それが自分から招き入れるなど、国王に宰相、貴族達は魔王襲来と同じかそれ以上の衝撃に驚きを隠せなかった。


 紹介したい人物というのも気になるが、部屋の中に入ることを許された初めての人物が第一騎士団長ギャラルだ。


 ギャラルは既に30後半でシューネフラウとは倍ぐらいに離れてはいる。

 しかし、問題はギャラルが独身者ということだ。


 もしかしたら、そういう相手に選ばれたのではと様々な考えが浮かんで来る。


「ギャラル殿?」


「……あ!失礼いたしました。宰相閣下との話し合いの後、行かせていただきます」


「いえいえ、ギャラル殿。私もこの後別の用事がありまして、シューネフラウ様の方を優先していただいて構いませんよ」


「宰相閣下がそうおっしゃるなら……」


「では行きましょうか、ギャラル」


「はい!王女殿下」


 お付きのメイドが扉を開けて、シューネフラウとギャラルは部屋から出て行った。


 残された人達の空気は重かった。

 国王も執務があるため、早々と退席した。


 宰相と上級貴族は部屋に残って、話し合いの続きを始めた。


「まさか、シューネフラウ王女がギャラルは選ぶとな」


「ヤダカ侯爵殿、そうとは限りませんよ。王女殿下は紹介したい人がいると言っていたのですから。ギャラルをお相手に選んだとは考え難いです」


「バメッカ侯爵の言う通りです。それにしてもシューネフラウ様には困ったものですな。いつ迄もあのような考え方をお持ちでは……」


「シューネフラウ王女もまだ17歳、私達大人が教育しなければなりませんな」


「そうですね。大事な子供のお妃になるお方だ。考え方だけでなく、心も身体も……」


「宰相閣下はどうお考えですか?」


 宰相閣下に注目が集まる。

 それもそのはず。

 『貴族主義社会』から脱却し、新しい思想『貴族統治社会』を始めたのはこのクーカイ宰相なのだから。


「私もシューネフラウ様には悩みが増えるばかりでしてね。そろそろ問題を解消しなければならないかと思っています」


 貴族達は先程の空気とは打って変わって、にや〜とした顔になる。


「国を一つにするという意味でもシューネフラウ様とじっくりとお相手してもらわないといけません」


「宰相閣下……その時は我々も……」


「勿論ですとも、皆さんとシューネフラウ様とで相互理解に努めましょう。ゆっくり時間をかけて」


「宰相閣下。そのためにはシューネフラウ王女をどうしますか?」


「決まっているではないですか」


 宰相は一泊置いて宣言した。


「シューネフラウ王女を我々のものにしましょう」


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