第4話 僕とともに変化する『恋愛戦線』

 9月初め、図書館の閉館の時間になったので、僕たちはいつものように帰宅する。 


「冴木くんのアップした新作読んだよ、面白かった!」


 藤原さんは楽しそうに感想を話だし、僕は黙って聞いていた。

 眼鏡の奥の瞳がキラキラと輝いているのを見て、彼女の「面白い」という感想が嘘でないことが確信しつつ、ほっとする。


「ねえ、冴木くん、最新作読んで思ったんだけど、冴木くんの作風って変わっているよね?」


「そうかな?」


「そうだよ」


 確信をもって答える藤原さんの横顔を見ながら、僕は内心の不安を必死に押し殺して尋ねる。

 藤原さんのいうとおり、僕の作風は最近かわっていた。


「どちらかというとハーレム展開だったのに、純愛路線に進みだしたし……。チートスキルも変化したし」

 

 主人公のチートスキル「恋愛無双」


 恋人の数が多いほど力を増すといわれていたスキルだけど、実は、親密度も重要なことが最近判明したのだ。

 それも当然だ、僕が最近、さりげなく追加した設定だから、


 この設定により、数も重要だが、一人の女性に対する親密度も重要になり、その結果、ハーレムメンバーの中でも初期のメンバーであり、幼馴染の眼鏡っ娘神官との仲との親密度が高くなり、実質メインヒロイン的存在へ昇格していた。


「それに主人公のリュージ君の性格も、うまく言えないけど良くなっている」


「どうよくなっているの?」


「だから、上手く言えないんだって、でもなんというか、今までテンプレな主人公だったけど、今は「人間」って感じがする」


「そうなんだ」

 

 確かに主人公の性格も変わってきていた。

 それまでの『スタンダードだけど、特に目立った特徴のない主人公』という枠から超えた行動をするようになったのだ。

 

 これは僕が意図してやっていることだ。


 だが、その結果、今までの作風「今の流行でスタンダードな展開のストレスのない物語」からずれ始めていた。

 それが読者に動揺を与え、賛否両論の書き込みが増え始めていた。


 藤原さんである読書ウサギと双璧をなしていた熱烈ファン「暗黒卿」もまた、抗議のメールを何度も送ってきていた。

 そして、夏休みの終盤、最後のメールが送られてきた。

 メールはたった一行


『この裏切者め』


と書かれていた。

 

 別に彼のために小説を書いていたわけではない。

 ただ、彼の求める小説と僕の書く小説が乖離しただけのこと。

 そんなことはよくある話だ。

  

 そう理性では納得していても、僕の心は少なからず傷ついていた。

 

 だから、不安だった。

 彼女に、その事を聞くのが。

 でも、今が聞くタイミングだと思った。


「……藤原さんは、今の作風は嫌い?」


 藤原さんはしばらくの間考え込み……


「うーん? 私は今のほうが好きかな?」


 彼女の問いにホッとする。


 そんな会話をしているうち、彼女と別れる交差点に辿り着く。


「じゃあ、またね」


 いつものように手を振った後、歩き去っていく彼女の背中をそっと見る。

 今日は金曜日、月曜日までは彼女と会えない。

 今のままならば……

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