Ⅱエピローグ

 女学校の授業が終わり、家の手伝いに向かう。


 今日は珍しく冷え込み、粉雪が少し散っている。


 浜辺の小屋が見えてきた。「羊鍋ひつじなべ」の旗も見える。


 あたしの父がやっている店だ。夏の間は氷屋で、それ以外は羊鍋をだしている。


「お父さん、ただいま」

「おう、お帰り」


 夏は吹きっさらしの小屋だけど、冬が来ると木板で風よけ程度の壁を作る。店の中央には石組みで大きなカマドを作り、そこに大きな鍋をかけていた。


 小さな店なので真ん中に火があると、それだけで充分に温かい。それにこの島の冬は厳しくない。雪はめったに降らず、外出時の服も三枚ほど着れば充分だった。


「ご店主、よろしいか?」


 軒先に人の気配がし、懐かしい声が聞こえた。思わず振り返る。


「ガレンガイルさん!」

「ティア殿、元気そうでなによりだ」


 輸送の護衛に出ていると聞いていた。長く島にいなかったけど、変わりはないみたい。格好も同じだった。黒く長い外套がいとうを着て背中には長剣がある。


「そのへんに座りな。なんにする?」


 カウンターの中から、お父さんが声をかけた。


「羊肉パンとエールを一杯」

「へっ、相変わらず、どこかの勇者と同じだな」


 お父さんはエールを樽からグラスに注ぎ、カウンターに置いた。あたしがそれを席に持っていく。


「はいどうぞ」

「うむ」

「ガレンガイルさん、もう、聞いた?」


 グラスを持ち上げた手を止め、一度、テーブルにもどした。


「グレンギース所長から、あらましは聞いた」


 元憲兵隊長さんは、顔を曇らせた。


「まさか、こうなるとはな・・・・・・」


 グラスを持つ手に力が入ったのが解った。この店のグラスは、けっこう薄い。


「隊長さん?」

「うん?」

「それ、あんまり強く持つと、割れちゃう」

「おお、すまぬな」


 ガレンガイルさんはグラスから手を離した。グラスが割れるのはいい。心配なのは手のほうだ。


 ガレンガイルさんは口を閉ざし、海を見つめた。何を考えているんだろう。かける言葉がわからず、あたしも海を見た。冬になると、少し海の色は濃くなる。それは栄養が濃くなるからと言っていたのは、漁師さんだっけ。


「あまりに弱かった」


 とうとつに言われた。意味がわからない。


「すまぬ、ティア殿の事ではない。俺の事だ」

「隊長さんが?」


 余計に意味がわからなくなった。


「知っているだろう、前回の戦いの俺だ」

「バルマー?」

「そうだ。あの一団のお荷物だった」

「そんな!」


 あり得ない。お荷物は、あたしだった。


「次は必ず、最後まで勇者の横に立つ。そう決めて、一番強そうな依頼を受け続けていたのにな・・・・・・」


 そういう事ね! 隊長さんが一人で依頼を受けてた事、カカカとパーティーを切ってなかった事。すべてはそういう想いだったのね。


「びっくりするぐらい、あたしと同じ」

「ティア殿も?」


 隊長さんがグラスを手に取り、大きく一口飲んだ。大人はいいな、こういう時、お酒を飲める。あたしが飲みたいぐらいだ。


「次はぜったい、みんなの足を引っぱらないようにと思った。それで、とにかく色んなパーティーに入って、件数をこなしたの」


 隊長さんがうなずいた。


「なるほど、島のギルドで一番の依頼達成数、それには、そんな理由があったのか」

「でも、今回も、あんまり役に立たなかった」


 考えるほど、嫌になる。


「まだいい。俺は間に合わなかった」


 隊長さんは海をにらんだ。


「そして、カカカは災悪を背負って出ていった。やりきれん」

「みんな、あの勇者におんぶにだっこ。あきらめろ」


 どんっと、お父さんがテーブルに皿を置いた。あまりに勢いがあって、羊肉パンに挟んだ葉野菜が落ちる。


「ちょっと、お父さん!」

「そういう事を言いだすとな、命を救われた俺が一番、立つ瀬がねえ」

「えっ? お父さん?」


 知らないはずだ。ガレンガイルさんを見た。なぜか下を向いている。


「隊長さん!」

「すまぬ! 嘘はつけぬ。すべて話してくれと言われ・・・・・・」

「責めるな、ティア。隊長を問い詰めたのはこっちだ」

「それなら、あたしに言ってくれてもいいのに!」


 カカカにも、お父さんにも、どう接していいか、ずっとわからなかったのに!


「言えるかい。娘の想い人なんざ敵だ」

「ご店主、やはり!」

「おうよ。娘は亡くした女房と一緒だ。わかりやすい」

「ちょっと!」


 カカカを好きだった? あたしが?


「一緒に戦いたかっただけよ!」

「そうだな」

「だって、パーティーだもん」

「それを言えば、ガレンガイルだってパーティーだ。でも、違うだろ」


 元隊長さんを見た。たしかに、隊長さんと戦いたいわけではない。


「ご店主、なぜか俺がフラれた気分になっているのだが・・・・・・」

「おう、なぐさめに二杯目のエールはタダにしてやる」

「それは得をした」


 あたしはカカカを好きだった? 軒先に出て、海を見つめた。最後のあの時、あたしは追いかけた。何か最後に声をかけたかったけど、言葉が思いつかなかった。


「カカカとおんなじだ。鈍いねぇ」


 あんなに鈍くない! そう言おうと思ったがやめた。


「ブルトニーの娘のほうが、よっぽど賢い」

「それは、以前にヨーフォーク邸で助けたカリラですか?」

「おお、そうだ。大変だったんだ。カカカが島を出たと聞くと泣いてなぁ・・・・・・」


 そう、大変だった。カリラちゃんは泣き続け、学校に行かなくなった。ミントワール校長に助けを求められ、あたしとマクラフ婦人、それにダネルさんとニーンストン副隊長さん。みんなで遠足に連れてった。


 あの遠足、楽しかったな。最後にボルワームが出て滅茶苦茶だったけど。


「ニーンストンのやつ、来てますか?」

「おう、たまに来るぞ」

「ギルドで見かけたのですが、俺の顔を見ると逃げ出しまして」


 お父さんが、がははと笑った。


「憲兵やめたからな。顔を合わせずらいんだろう」

「ええ。ほかの隊員から聞きました。あいつめ、俺がやめる時には、三番隊は自分が守ります、そう豪語してたのに」


 そうだった。ニーンストンさんも、もう副隊長ではなかった。


「勇者として、かつてのだれかみたいに、農家の依頼を飛び回ってら」

「そうですか。勇者に転職しましたか。似合わぬことを」

「そうでもねえ。白紐しろひもって言ったかな。特殊な武器で、妖獣退治にゃめっぽう強いって噂だ」


 ガレンガイルさんが目を細めた。


「ほう、強いか。どれほど腕を上げたか、楽しみだ」


 ちょっとニーンストンさんが気の毒に思えた。これはしごかれるの決定。


「それで、どうだった? 輸送のほうは。なんでも今までにない大口だったって話じゃねえか」


 ガレンガイルさんは思い出したように、腰に下げた袋から油紙に包まれた固形物を出した。


「それは?」


 お父さんがカウンターから出てきた。


「ご店主へのお土産です」

「おおう、悪いな」


 お父さんが手に取り、油紙を開いた。黄色い石けん?


「チーズか。それもかなり上物」

「ええ。大陸の奥深くにある国でした。酪農が盛んな国で。ここのオリーブオイルの事は領主が知っていたようです」


 酪農。牛ね。そんな国もあるんだ。あたしはガレンガイルさんとは反対の席に座り、テーブルに頬杖をついた。


 海の向こう、ぼんやり島が見える。大陸、遠いなぁ。


 パラメータを出して眺める。パーティーの欄には、だれもいなかった。あんなに大勢いたのに。


「パーティーを解散したのだろう。勇者には、その権限がある」


 ガレンガイルさんが言った。あたしがパラメータを眺めているのが、わかったみたいだ。


 アドラダワー院長が、ロード・ベルの魔法も届かないと言っていた。今ごろ、何してるんだろう。


「カカカが心配か?」


 お父さんが言った。あたしはうなずく。急にガレンガイルさんが立ち上がった。


「おい、ハウンド! おれの干し肉返せ! チック、め! 出てくるな!」


 あたふたした身振りで言う。言い終わると、あたしに笑いかけた。


「きっと、こんな感じで歩いている。この島のような田舎のあぜ道を」

「ちげえねえ」


 お父さんは笑った。


「今日はいい色に焼けているな。ご店主、もう一杯」

「はいよ」


 ガレンガイルさんは席に座り直し、海を見つめた。カカカも、いつもそうやって海を見つめ、エールを一杯飲んだ。


「お父さん!」

「なんだ?」

「あたしも一杯!」

「おめえはまだ早え!」

「じゃあ、山葡萄!」

「おい、あの汁は貴重でな・・・・・・」

「ちょうだい!」

「・・・・・・まったく、だんだん女房に似てきやがる」


 お父さんはぶつぶつ言いながら、バフさんからもらった山葡萄汁をグラスに入れ、テーブルに持ってきてくれた。


 一口飲む。甘酸っぱい味が、口いっぱいに広がった。


 初恋、あれが恋だったとしたら、あたしの初恋になる。恋がよくわからないけど、今日は夕焼けの海が、いつもより綺麗に見えた。


 こんなに夕焼けが綺麗なら、朝日はもっと綺麗なのだろうか?


 明日は早起きしよう。ぜったい朝日を見てみよう。心が躍る。


 暮れていく海は、そんなあたしの心とは真逆に、静かにゆっくりと色が消えていった。








 



 



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