Ⅱ第五十話 再び迷いの小路
住宅街に入口に着いても、空は紫のままだった。
薄暗い住宅街、歩いている住民もいない。
おれはダネルと一緒に御者台に座っていた。馬車を止めてもらい、住宅街の全体を意識する。
「アナライザー・スコープ!」
スキルは出なかった。前はこのスキルを発動させると、地縛霊が出現した。この場所では無理なのか。もっと中に入らないと。
「ダネル、ゆっくり進んでくれ」
馬車が住宅街をゆっくり進む。馬車の少し前方には、オリヴィアがいた。
そのまま直進していると、いつの間にか住宅街を出た。
「どうなってんだ?」
ダネルが周囲を見まわす。
「歩いていくしかないかもな」
おれは後ろに声をかけ、馬車を降りた。みんなも降りてくる。
ダネルは馬車を道の端に寄せ、木に手綱を結んだ。
住宅街に入る。歩いていると向こうから波が来た。正確には波のように見える大鼠の大群だ。
「鼠の駆除じゃの」
アドラダワー院長が、すっと前に出た。その横にはミントワール校長。精霊のオリヴィアも前に出た。
数珠を指にひっかけたアドラダワーが呪文を唱えると、大きな火の玉が出た。群れの先頭にいる五、六匹がまとめて火だるまになる。
ミントワール校長は、腕輪をした手のひらを大鼠に向けた。無数の氷の粒、ブリザードのような物がほとばしる。大鼠の一団が吹き飛んでいった。
オリヴィアは手を開き、ぐるぐる回す。魔方陣の輪が現われ、そこから光の柱が放たれた。
大鼠の大群が、次から次に倒れていく。この三人がいると無双だな。
大鼠を駆除しながら進むと、十字路にさしかかった。
「カカカさん!」
ニーンストンが右を指差した。右の道から口裂け犬が二匹、駆けてくる。
「おれらも働けってか。行くぞニーンストン!」
駆けながら腰の投げ紐を取る。ニーンストンも自分の投げ紐を持った。あら? 副隊長の投げ紐は前より短い。さてはダンに改良してもらったか。
「おれ左、ニーンストンは右!」
同時に振りがぶった。
「黒紐!」
「白紐!」
ふたつの投げ紐が飛び、口裂け犬の足にそれぞれ巻きついた。
「捕縛!」
「捕縛!」
口裂け犬がつんのめって倒れる。剣を抜き、近寄ってトドメを刺す。
「ニーンストン、おれのを真似たな」
剣を腰に戻しながら言った。
「いや、カカカさんもでしょう」
そうだ、おれも「捕縛」って言葉をパクってた。
みんなの所に戻ると、反対からも口裂け犬が来たらしい。ダネルの火炎石とマクラフ婦人の魔法で倒したようだ。
「出番ない!」
ティアが怒ったように言った。
「娘よ、そのうちくる。あせるな」
ブルトニーさんはそう言って、持っていた風呂敷のような布を広げた。広げた布に入っていたのは、鉄板のついた穴あき手袋だ。
「ソーセージ屋さん、武道家だったの!」
「ティアのそれな、ブルトニーさんが使っていた物を真似た」
ダネルが言った。なるほど、これがオリジナルか。ブルトニーさんの皮手袋は、ティアの倍はありそうな大きな物だった。
「バフさんが昔に作ってくれた物だ」
バフとはダネルの親父さんだ。
ブルトニーさんは布を細長く畳み、タスキのようにかけて結んだ。
「なるほど、邪魔にならないですね」
おれは思わず感心して声にだした。
「武道家は動きが勝負ですので」
「いいかも。あたしも真似していい?」
ティアが横から聞いた。
「もちろんだ。この島に私以外の武道家とは珍しい。なんでも聞いてくれ」
ティアが嬉しそうにうなずいた。
「いいな、師匠がいて。おれの師匠は船の上だ」
「ガレンガイル隊長ですか?」
「ああ」
「きっと、パラメータを見て甲板で地団駄をしてますよ」
ガレンガイルのパラメータでも、パーティーの状態はわかるはずだ。急に増えておどろいているだろうか。あいつが地団駄。それも笑える。
「じゃあ、俺の師匠はカカカさんにするか」
「おれか? なんの師匠だ?」
「勇者の」
「副隊長、こいつは悪い見本だ」
「おい、ダネル」
「うむ、言えとるの」
「うわっ、院長まで!」
みんなが話している横で、ミントワール校長が死んだ大鼠を調べている。
「校長、どうかしました?」
校長は木の棒で死骸を持ち上げたりしていた。
「これは文献に載っていない妖獣と思われます」
珍しいってことか? そう思ったが横にいたアドラダワーが口を開いた。
「ミントワールよ、それはつまり」
「そう、ホムンルクスの可能性が高い」
ホムンルクス、人が造った妖獣か。
「命をもてあそぶような行為よ。なぜ、エドソンが・・・・・・」
「まだわからぬ。あやつに誰かが成りすましておるやも」
その線は薄い。みんなそう思っただろうが、誰も口にはしなかった。
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