Ⅱ第四十九話 少女の涙

 あれがアドラダワー院長が言ってた巨大ワーム!


 地縛霊が出て、街の結界は壊れたはずだ。こっちに来るぞ!


 ロイグさんは手にしたブラックカードをポケットにしまった。


「おい!」


 若い衆がビシッと注目する。


「銛を出せ! でけえのやるぞ!」


 おう! と雄叫びが返り、ロイグさんの部下たちは幌馬車から銛を出し始めた。


「おい、憲兵!」


 憲兵たちが注目する。


「近くに武器屋、防具屋、道具屋がある。使えるもん、ありったけ持ってこい!」


 それ、ダン、ダフ、ダネルの店だ。


「おい、カカカ」

「はい」

「心配するな。代金は城から取り立ててやる」


 顔に出たかな。


「おめえは馬車の一台持ってけ!」

「助かります!」


 頼もしい。すごいな親分。


「こっちは、そう長くもたねえぞ。一刻も早く、頭取れ」


 ロイグさんは最後に小声で言った。おれとニーンストンは力強くうなずき、馬車を急いで降りた。




「みんな、先頭の幌馬車に乗って!」


 黒ずくめのカカカ軍団に言った。


「おい、ギルド所長! 住民を憲兵本部に避難させてくれ。あそこは頑丈だ」


 うしろから大声が聞こえた。ロイグの親分だ。


「わかりました!」


 意外に近くでグレンギースの声が聞こえた。振り返る。すぐ後ろにいた。


「お気を付けて」


 グレンギースが手を差し出してきた。前にバルマー討伐へ出かけた時と同じだ。覚えてたか。


 おれは差し出された手を握り返した。


「私の秘蔵するウイスキーのほうが上物です」


 なんの話かわかった。ニーンストンめ。おれに一杯奢ったのを自慢したな。


「じゃあ、今日の夜は、それにしよう」

「約束ですよ」

「約束だ。針千本」

「針千本?」

「おれの生まれた国の言い方だ。嘘ついたら針千本を飲ます」

「それはむごい。オリーブの枝一本ぐらいにしましょう」


 グレンギースらしくて笑えた。


「じゃあな、おれの担当官」

「はい、いつまでも私が担当です」


 グレンギースに手を振り、幌馬車の運転席にまわった。


 すでにダネルが手綱たずなを持って待っていた。御者台には大きな荷物もある。ダネルの道具がたっぷり入ったリュックだ。


「店はいいのか?」

「ああ、兄貴たちに任せた」

「大売り出しだな」

「おめえと会って、得してばかりさ」


 おれは御者台に置かれた杖を見た。少し複雑な気持ちでうなずく。


 御者台に座り、うしろの幌をめくった。アドラダワー院長、ミントワール校長、ニーンストン副隊長、マクラフ婦人、それにティア。


 チックは胸ポケットにいる。ハウンドは? そう思ったら、黒犬は道の先でオリヴィアと一緒にこっちを見ていた。人が大勢集まったので、逃げてたかな。


 あれ? ブルトニーさんがいない。


 おれは御者台から体をだし、後ろを見た。ギルドの入口に親子二人がいる。ブルトニーさんはカリラの前にしゃがみ、カリラは・・・・・・泣いてるのか?


「ダネル、すぐもどる!」


 おれは馬車から降りて駆けた。


「だって、一緒に行くもん!」


 近くに来てカリラの声が聞こえた。やっぱりごねてたか。


 おれもブルトニーさんのように、カリラの前にしゃがんだ。


「すいません、聞かなくて」


 筋肉ムキムキの大男が、かなり狼狽していた。気持ちはわかる。この子は賢い。無理に置いて行っても、一人で住宅街ぐらいは行くだろう。


「カリラ、お父さんは、すぐもどるよ」

「だめ!」


 こりゃブルトニーさんは無理かもな。


「ブルトニーさん、残りましょうか」

「だめ!」

「うん?」

「カカカを守るもん!」


 カリラは小さな黒犬の人形を、これまた小さな手でぎゅっと握りしめた。


 ドドン! と地面がまた揺れた。こっちはこっちで危ないか。ならば勇者カカカ、愛する女は守るのが定め。


「ハウンド!」


 大声で呼んだ。


「ブルトニーさん、もはや一緒に連れていきますか」

「そうしたいのですが、みなさんの足を引っぱっても」


 なるほど、そこも懸念しているのか。


 足下にハウンドが来た。おれはしゃがみ、両手でハウンドの顔をむにゅっと挟む。


「ハウンド、お願いがある。今日はカリラを守ってくれ」


 黒犬と見つめ合う。たぶん通じた、気がする。


「カリラ、今日はハウンドと一緒にいてくれるか?」


 幼い少女は大粒を涙を流しながら、うなずいた。


「よし、じゃあ、幌馬車に急ごう!」


 カリラは少し駆け出すと、一度止まった。両腕の服で涙を拭いてるようだ。拭き終わると、顔を上げて走り始めた。なんつう健気さ。おじさん、その後ろ姿に泣きそう。


 大きなリュックを揺らしながら走るカリラの横で、黒犬がトコトコついて行く。


「恩に着ます。うれいなき今、十人分の働きで返しましょう」


 声に振り向くと、そこには父親ではなく、武道家の顔があった。怖い。なんかおれの周りって怖い大人ばかりだ。このソーセージ屋から肉を盗んだ猿、よく死ななかったな。そんな妙なとこに感心して、おれは幌馬車へと駆け出した。


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