Ⅱ第四十七話 犯人の声

 すぐに出発できるか、みなに聞くと準備はできているそうだ。


 おれも中央山脈の調査で戦闘もなかった。補充するものはない。


「前に貸した銀鉄の剣や盾を持ってくるか?」


 そう言ったのは武器屋のダンだ。バルマーとの戦いでは、軽くて丈夫な「銀鉄」という特殊な金属でできた武器を借りた。


「いや、今回はいい。慣れたやつのほうが間違いがない」

「はっ、いっぱしの事を言うようになりやがった」


 いや、いっぱしって言うより、おれは最近、投げ紐を使う。これが盾を持ち替えたりするので動きが複雑だった。そのため戦いの前に剣や盾の重さを急に変えたくない。


「じゃあ、行こう」


 みなを連れてギルドを出る。夜が明け始めていた。


 オリヴィアは、ギルド前の通りを西の方角へ移動し、また振り返った。やっぱり。その方向は住宅街。迷いの小路に行く方向だ。


 その時、馬蹄の音とともに何台もの幌馬車が通りへ入ってきた!


 ここにいるのが、もうバレたか。おれは剣を抜いた。


 アドラダワー校長は数珠を、ミントワール校長は銀の腕輪をさわった。


「おう? ジジイとババアの寄り合いか?」


 幌の荷台から降りてきたのは・・・・・・親分、じゃなかった網元!


「ロイグさん!」

「おう」


 おれは、ほっとして剣を腰にもどした。


「なぜここへ?」

「なぜって、おめえを助けるためだろうが」


 ロイグさんは、あきれた顔を見せたが同時に眉も寄せた。


「島のあちこちに素人じゃねえ連中が集まってる。この島の異変となりゃあ、原因はどうせ、おめえだろ」


 悲しいけど、それ当たりだ。


 各馬車の幌から人が出てくる。網元のところにいた若い衆。そして漁師さんたちか。


「よく、ここがわかりましたね」

「おめえから話を聞いて情報の網を張ってたからな。ギルドに人が集まり変なやつがいるという。犬と死霊を連れたやつだと」


 それ、おれだ。


「お前は、東の漁村の・・・・・・」


 ニーンストンは剣の柄に手をやった。おっと憲兵と親分、これ「敵対勢力」ってやつだ。


「大丈夫だ、ニーンストン。おれとロイグさんは知り合いだ」

「しかし・・・・・・」

「しゃしゃるんじゃねえ、若造」


 ロイグさんが流し目で副隊長を睨んだ。怖っ。睨まれた副隊長も顔つきがマジになる。おいおいおい。


 ふっとロイグさんが怒気を引っ込めた。


「こいつにゃ、命の借りがあるんだ。今日は引け、わけえの」


 ニーンストンも緊張を解いた。うん? 借り?


「何も貸してませんよ」

「あるだろ、巨大ダコを倒した時」


 ああ、あれか。ずいぶん大げさな・・・・・・


「巨大ダコ!」


 声を上げたのはミントワール校長だ。


「いや、それが笑える話で、巨大ダコが何か吹き出そうとしたから、ロイグさんを突き飛ばしたんです。そしたら墨でした」


 おれは笑ったが、校長は笑わなかった。


「巨大ダコは墨と毒、どちらも持ってます」


 ・・・・・・えっ?


「それって、出る確率おいくら?」

「半々ですわ」


 まじか!


「それでカカカ、どこへ行こうとしてる?」

「ああ、ええと・・・・・・」


 50%のロシアンルーレットをやった心の整理ができてないが、アドラダワー院長をちらりと見た。現地についてから言おうとしたが、裏の事情に詳しいロイグさんには聞いてみたい気もする。


「街外れの住宅街です」

「ほう、誰の家だ?」


 迷う。その名を出すべきか、出さざるべきか。


「誰だ?」

「・・・・・・エドソン治療院」

「なんじゃと!」


 アドラダワー院長が出てきた。


「あやつは若いころから知っておる。敵の黒幕がやつである事は断じてない!」


 そう、反対されると思った。


「ティア!」

「な、なに?」


 ティアがあわてて駆けてくる。


「ティア、あの時、窓の外を見てたよな」

「あの時? カカカを迎えに行った時?」

「そう。何か見てたよな」

「何って、雨でお庭の花が大丈夫かなって」


 おれはアドラダワーを見た。


「院長、妖獣がそこらじゅうにいて、人が避難してるんです。庭の整備なんてします?」


 院長の顔が曇った。だが小さな声で反論する。


「あやつは昔から几帳面で研究熱心な男じゃった。花も・・・・・・」

「几帳面か。そうかもな」


 院長の言葉をロイグさんがさえぎった。


「あの治療院、ここ数年は、ほとんど患者を取ってねえ。その割に、いつも治療院は綺麗だって噂だ」


 やはりそうなのか。あの使われてなかった病室。人気のない院内。いまから思えば薄気味が悪かった。


「じゃあ、治療院に乗り・・・・・・」


 ダネルが来て「乗り込むか」と言おうとした時、笛の音が鳴った。


 通りの向こうから憲兵がこっちを見て呼び笛を吹いている。


「くそっ、俺が行ってきます!」


 ニーンストンが駆け出す。だが呼び笛に呼応するかのように、もう一つの呼び笛が遠くで鳴った。憲兵の詰所がある方角だ。


「こりゃ、すぐに出たほうがいいな」


 ロイグさんの言葉にうなずき、みんなを振り返った。アドラダワー院長が数珠を手にし、何かを唱えている。そして、おれたちの上空に向かって手を一振りした。


「早くにすまんの、エドソン」

「これはこれは、アドラダワー先生」

「なっ!」


 思わず声が出そうになった。おれの口を隣のダネルが塞いだ。院長、ロードベルの魔法をかけたのか!


「昨日、お前さんの治療院の前を通っての」

「それは一声かけてくだされば良かったのに」

「うむ。のぞいてみたが、庭を綺麗にしとるの」

「ありがとうございます」

「そっちは妖獣がおるじゃろう、荒らされんか?」


 エドソン治療師が黙った。院長、まずいって!


「独自の防御結界を張っておりまして」

「ほう、そうか」


 アドラダワー院長はにっこり笑い、おれを見た。いや、院長、それを聞いても・・・・・・


「カカカさん、だめだ、憲兵が集まってくる!」

「馬鹿か、副隊長!」


 叫んだダネルの口をおれが塞いだ。


「憲兵? 誰か、ほかにおりますか」


 こりゃもうダメだ。おれは口を塞ぐダネルの手を払いのけた。


「エドソンさん」

「はい、どちら様でしょう」

「勇者カカカと言います」

「この前の」


 これ、おれ、突撃でいいよな? そういう意味を込めてニーンストンを見た。ニーンストンがうなずく。


 よし。しかし、何て言ったらいいんだろう。


「憲兵三番隊の副隊長、ニーンストンと言います」


 おお、ニーンストンが切り込んだ。さすが先輩刑事!


「おはようございます副隊長殿」

「エドソン」

「はい」

「終わりだ」

「なにがでしょう」

「こっちは精霊となったオリヴィアがいる」


 エドソンが黙った。これは効いた。ニーンストン先輩の切り込みは、おどろくほど直線だ。これでホシは、認めるか、しどろもどろに誤魔化すか。どっちのパターンでくる?


「ほう、憲兵が私に何かできると?」


 あれ? おれの知らないパターンが来た。

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