Ⅱ第三十九話 妖獣トーナメント

 妖獣たちによる、一対一のガチンコバトル。


 賞金は変異石。現王者は、あの大猿。例えて言えばそんな感じか。


 なるほど。こんなことを東の山脈でやっているから、ほかの動物が逃げて行ったんだな。


 おれは妖獣たちから距離を取り、茂みの中に隠れた。


 岩のステージにいる鬼火狐、一つ目豚のラブーが低い唸り声で威嚇しあっている。


 ラブーが突進した。鬼火狐はぴょんと避ける。ラブーは方向転換し、もう一度突進した。


 こんどはぶつかる! そう思ったら、鬼火狐は体をひねって尻尾をラブーの横っ面に叩きつけた。ラブーは横に倒れ、フゴー! とのたうち回った。顔の横が黒くなっている。ありゃ松明で殴ってるのと同じだわ。


 起き上がったラブーは一目散に逃げて行った。勝ったのは鬼火狐か。


 次はどんな戦いだろうか。なんだか調査に来たはずが、格闘技の観戦に来ている気分になってきた。


 おっと、大きめなのが出てきたぞ。ツノのデカイ牡鹿だ。いや、牡鹿には翼が生えている。これは強そうだ。


 妖獣たちも同じように感じているのか、誰も岩のステージに上がらない。


 おれの横に伏せていたハウンドが、すくっと立った。そしておれを見つめる。えっ、嘘でしょ。


「俺も血がたぎってきたぜ!」


 そんなオーラ出てますけど・・・・・・


「い、行くなら行ってもいいぜ」


 おれはそういう意味でうなずいた。ハウンドは前を向き、颯爽と歩き出した。まじかよ。


 妖獣たちが一斉にハウンドを見た。匂いだな。結界から出て、ハウンドの匂いが急にしたのだろう。


 翼のついた牡鹿は、大きなツノを右へ左へ降り始めた。これは威嚇だ。


 ハウンドが低い体勢で早足になった。だんだんそれが早くなり、最後は全速力で駆ける。


 岩のステージに飛び乗ると、その勢いで飛びつくかと思いきや、タッタッ! と二つステップして牡鹿の横に回りこんだ。ハウンド素早い!


 首に噛みつこうとしたハウンドに、牡鹿も体をひねり牙を見せた。口を開けた顔と顔がぶつかり双方が飛び退く。


 おれはいつの間にか、コンパスが壊れそうなほど握りしめていた。それをポケットにしまい、手をブラブラ振った。変に力を入れて手の筋が痛い。


 ツノを前にして牡鹿が突進してきた。左右どちかに逃げると思いきや、ハウンドまで突進する。ぶつかるぞ! 腰を浮かしかけた時、ハウンドは大きくジャンプした。


 牡鹿の背中に落ちる。落ちると同時に羽の付け根に噛みついた!


 牡鹿が暴れる。ハウンドはぶんぶん体が振られるが口は離さなかった。前足の爪を背中に突き立てるとバリバリ! と翼を剥ぎ取った。


 おお、ハウンド、お前、まさに野獣だな。おっかねぇ。


 翼をもがれた牡鹿は、変なびっこを引きながら逃げて行った。あれ、長くは生きられないんじゃないかな。大自然って残酷だ。


 ハウンドは岩のステージを降りた。おれの元へ戻ってくるかと思いきや、手前で止まった。おれにケツを向けて岩のステージを見ている。次も戦う気まんまんか。


 岩のステージでは化け猫みたいなのと、ラブーが戦いを始めていた。この島、ラブーが多いな。


 気づいたのがこれ、子供の学芸会を見る親と一緒だ。我が子の出番以外は興味が薄くなっている。


 なんか、ちょっと眠い。だって今、夜中だ。いやこれ、寝たらイカンな。寝たら・・・・・・




 はっと気づいた。うたた寝をしていたらしい。


 ハウンドはどうなった? おれは前を見たがハウンドはいない。いないと思ったら、すぐ横で伏せていた。耳の後ろがバックリ裂けている。左の前足からも血が出ていた。


 お前、負けたのか! おれのおどろいた顔を見たハウンドは、ふて腐れたように前を見た。いや、それより治療だ。おれはあわててリュックから回復石をだす。ハウンドの傷口に手をやり、石を光らせた。


 もう一つ回復石をだし、ハウンドの左足を治療していると空気が変わった。


 ゴウ! と地鳴りのような鳴き声が聞こえ、大猿が岩のステージに上がった。決勝戦か!


 ・・・・・・イヤな予感がした。いつもあるはずの感触がない。おれは胸のポケットをさわった。いない。チックがいない!


 岩の上に目を凝らした。振り上げてる小さなハサミ。あいつ、決勝まで行きやがった!


 ゴウ! と、もう一度、大猿が吠えて手のひらでバチーン! と岩を叩いた。チックが叩かれた。


 助けに行くか! 火炎石を放って切り込んで。そう考えた時、叩いた大猿のほうがドシーン! と倒れた。


 これ、どういう状況なんだろう。おれが迷っていると、ハウンドが立ち上がって歩きだした。


 ハウンドは岩のステージに上がり、大きく遠吠えをした。妖獣たちが逃げて行く。


 これ、嘘でしょ。優勝者は、まさかのチック?


 おれは立ち上がって岩のステージに歩いて行った。ハウンドとチックは、おれに気づかないようだ。そりゃそうだ、結界球を使っていた。


 辺りを見まわすと妖獣の姿はない。おれは結界球を一旦置いて岩のステージに上がった。


 大猿が倒れている。生きてないのは、あきらかだった。チックの毒針か。


 チックのやつ、甲羅の固さが尋常じゃなく強くなってるんじゃなかろうか。固い甲羅と毒針。これ、攻めるには不利だが、守る分には最強なんじゃないか。


 大猿の近くには、ゴルフボールぐらいの黄色い球が転がっていた。少し欠けた部分がある。ギルドで爆発した時に割れた物だ。間違いない。おれが拾った変異石だ。


「チック、でかした」


 赤いサソリに声をかけると、嬉しいのかドヤ顔なのか、ハサミを振り上げた。横のハウンドは無表情だ。性格が悪いかもしれないが、ハウンドの無表情に笑えた。


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