Ⅱ第二十五話 小物の掃討戦

「ハウンド、妖獣の匂いってわかるか?」


 黒犬は首をひねった。そうだな。あいまいすぎる命令だ。こいつは敵とか獲物とか、はっきりしてないと理解できないだろう。


 右に剣、左に投げ紐を持った。慎重に探しながら歩く。さきほどとは違う空き地の隅、動く生き物がいる。大鼠だ。


「ハウンド、お前は右、おれは左からまわる」


 黒犬は足音を立てずに歩き出した。狩りを始める時の動作だ。


 おれは左から回り込むように近づく。大鼠が気づいた。一匹がこっちに向かってくる。


「絡まれ!」


 黒紐を投げた。前足に巻き付く。


「重り石!」


 左手を握る。大鼠がずざっとこけた。近寄ってトドメを刺す。


 これ、やっぱり狩猟向きだ。相手の足を止めれるというのは大きい。そして掛け声があったほうが、タイミングが取りやすい。


 ハウンドのほうも仕留めたようだ。次の妖獣を探す。


 道の端には溝がある。家の排水が流れるやつだ。その中、もぞもぞ動くのが一匹いた。また大鼠だ。おれらに気づいて向かってくる。


「スパイダーロープ!」


 叫んで投げたが黒紐は外れた。横からガウッ! とハウンドが仕留める。


 あまり長い名前はダメか。「スパイダーロープ」で投げて重力の英語「グラヴィティ!」と、かっこつけようとしたのだが。


 住宅街のあちこちに妖獣はいた。今日は散らばってるので簡単だ。弱い妖獣しかいないので、倒して出てくる宝石も水晶ばかり。まあ、ちりも積もればだから拾ってリュックに入れる。


 妖獣を見かけなくなったので、そろそろ依頼人の所へ行こうか。そう思っていたら、前の十字路を口裂け犬が横切った。


「ハウンド、行くぞ!」


 走って行き、十字路の角からのぞく。トコトコと早足で進んでいた。次の十字路を左へ曲がる。追いかけた。


「ハウンド、向こうからまわれ」


 おれは右から大回りするようジェスチャーしながら言った。ハウンドが風のように駆けて行く。


 大きな足音にならないよう、早足で追いかけた。


 口裂け犬は次に右へ曲がった。追いかけて角からのぞく。犬は止まっていた。その前方にはハウンド。おれも道を塞ぐように真ん中に出た。


 口裂け犬は振り返り、おれにも気づいた。さあ、どっちに来る。


 口裂け犬は、おれのほうへ駆けてきた。壁ぎりぎりを走った。おれの横を駆け抜けるつもりか!


「絡まれ!」


 黒紐を投げた。足に巻き付く。


「重り!」


 掛け声とともに拳を握る。口裂け犬がつんのめった。急いで駆け寄り心臓を一突き! と剣を構えたところで止めた。


 この口裂け犬、獰猛どうもうさがない。犬の赤い目が剣を構えたおれを見た。


 ハウンドが近づいて匂いを嗅いだ。それでも暴れようとはしない。


「おい、噛むなよ」


 おれを見る赤い目に向かって言った。拳を開き、黒紐をほどいた。やっぱりな。戦闘にならない。


「ついてこい」


 わかるかな? そう思いながら歩き出すと、口裂け犬もついてきた。


 住宅街を抜けて、さらに歩き続ける。しばらくすると、山すそに着いた。


「山に行け、山に」


 おれは山を指差した。口裂け犬が山すその草むらに入っていく。斜面を駆け上がると、こっちをくるりと向いた。


 近くの石を拾い、口裂け犬に投げる。石が地面に着くより早く、口裂け犬は逃げだした。


 ハウンドが近づいてきて、おれを見上げる。


「えっ、倒さないの?」


 とでも言っている顔だ。


「お前の目に、ちょっと似てたな」


 おれはそう言ってしゃがんだ。頭を撫でようと思ったら、ハウンドはくるっと反転して歩きだした。うん。君もマクラフ婦人も、相変わらずだね。

 

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