第90話 やり残した事
「じゃ、あとは装備だな。おれら兄弟の店に寄ってくれ」
近くで見ていたダネルが声をかけた。
「カカカ、北の採石場までは、どう行く? 今から憲兵の馬車を借りれるよう頼んでみても良いが」
ガレンガイルの提案に腕を組んで考えた。四人と二匹のパーティー。敵はバルマー。
「ダネル、お前の店、結界石あるか?」
「あるぜ。目が飛び出るほど高いが」
「ありったけ、借りてもいいか?」
「借りるって、返すアテはねえだろ。まあいいけどな」
おれは窓口に山積みした依頼書を指差した。
「バルマーを倒せば、死霊も消えるんじゃないかと思う」
「なるほど。山ほどの依頼が片付くわけか。大博打だな。回復石も大半使っちまったし。これで失敗したら、店を畳むことになるぜ」
それは言えてる。
「すまん」
「だから、いいって言ってるだろ」
ガレンガイルが力強くおれの肩を叩いた。感心するように何度もうなずいている。
「良い友を持たれたな」
「良い友? 誰が?」
ダネルが言った。くそっ! おれが言おうとしたセリフ。ガレンガイルが苦笑する。
「では、善は急げだな。憲兵本部に行ってこよう」
「待った」
歩き出そうとしたガレンガイルを止めた。
「夜に行こう」
「ええ?」
おどろいた顔の視線が一斉に集まった。
おれは自分の考えを説明した。昼になれば死霊たちはいない。どこかに帰っているはずだ。それは採石場と考えるのが妥当だろう。
それなら、敵が出払っている夜のほうがいい。わざわざ敵が密集している所につっこむ事はない。
「なるほど。それで結界石なのね」
マクラフ婦人が言った。さすが大ベテランだ。
「夕方に、用意を済ませて、またここへ」
おれの案に、みんながうなずく。
ダネルの店はあとで行くと伝え、おれは家へ帰った。片付けておく事を思い出したからだ。
家に着くと、ベッドの下からくるんだ布を引っ張り出した。兜と手袋だ。誰かに預けておいたほうがいい。
ハウンドが、下から不思議そうな目で見ていた。おれは肩にいるチックをその横に下ろし、自分もしゃがんだ。
「お前らも何か、やり残した事あるか?」
冗談半分で言ってみたが、ハウンドがぴょんと窓から外に出た。あわてて、おれもついて行く。
隣の空き地まで行くと、ハウンドは振り返り、おれの目をじっと見た。黒犬の言いたい事が、なんとなくわかった気がする。
「いいぜ、行っても。夕方までは待てない。急げよ」
おれの言葉がわかっているのか、いないのか。ハウンドはゆっくりと歩いて山の中に入って行った。
あいつが山から下りて来た日、ケガをしていた。縄張り争いか、ボスの座を巡る戦いか。そのカタをつけに行ったんだろう。
それが、お前の「やり残した事」なのか。男だねぇ。
おれは部屋に戻り、帰りがけに買ったビワの実を取り出した。一つを手で割ってチックの前に置く。
本棚から魔法辞典を持ち、外に出た。隣の空き地にある岩の一つに腰掛け、魔法辞典をめくる。
かなり覚えたが、まだまだ辞書の四分の一もいかない。覚えておかないと、アナライザー・スコープを使っても意味がない。また、マクラフ婦人の魔法も確認しておきたかった。
最近わかってきたのだが、単語は統一されているわけではない。人によって呼び名が違ったりする。
案の定、マクラフ婦人のパラメータで見た魔法のいくつかがわからない。「マナ、マナ・フラー、マナ・フロール」は、おれの辞書に載っていなかった。まあ、言葉の響きからして、体力の回復だろうな。
それから二時間ほどだろうか。ハウンドが帰ってきた。今度は傷一つない。息も切らしておらず、堂々とゆっくり歩いて帰ってくる。
そのへんの妖獣とは、もはやレベルが違う。楽勝だったんだろう。
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