第70話 行方不明者

 夜の憲兵本部は、数人の警備がいるだけだった。


 ガレンガイルに連れられ、二番隊の隊長室へ入った。


「東の全域が一番隊、西全域が二番隊だ。行方不明者が出ているのは、主に西だ」


 ガレンガイルはそう言うと、書棚の中から紐で綴じられた書類の束を出した。


「こんなにいるのか?」


 綴じられた紙は十枚ではない。百枚はあるだろう。


「それも今年に入ってからだ。こんな事は前代未聞で、我ら三番隊は、二番隊の負担を軽くするために新設された部隊だ。この港町のみを管轄とする」

「見つかった人はいるのか?」

「いない。それもまた、前代未聞だ」


 おれは紙の束をめくった。名前や年齢、特徴などが書いてある。ちょっと見ただけでも共通点はなくバラバラだ。


 部屋の壁に大きく国の地図が貼ってあった。おれから見れば小豆島の地図だ。地図上に赤いピンが無数に刺してある。失踪した人の家か。それは西側の全域に広がっていた。共通点はない。


 だが、なぜ今回は一気に四人なんだろう? 


 学校に侵入までする理由がわからない。焦っているのか?


 または、急にそうする必要があったのか?


 おれは、元いた世界で決算前にするローラー営業を思い出した。業績が悪いと、四国本社からこっぴどく言われる。


 毎年毎年、年末になると近場の会社をしらみつぶしに営業した。会社の近場に行くのは効率がいいからだ。


 あとは、工業団地などの会社が集まっている所。これも効率だ。急いでいる時は、とにかく効率よくまわる事だった。


 急いでいる時は効率よく。小学校を襲ったのは、これと同じではないか?


 おれは壁から地図を引っ剥がした。刺さっていたピンが抜け落ち、床に散らばる。


「おい、カカカ」


 ガレンガイルの言葉は無視して、地図を机の上に置いた。床から十本ほどピンを拾う。それをガレンガイルの前に差し出した。


「一番新しい場所から、順にピンを刺してくれないか」


 ガレンガイルはうなずいて、紙の束を最後からめくった。八本ほど刺さった所で、次を刺そうとするガレンガイルの手を止めた。


「待ってくれ。半円形になっている」

「半円形?」


 ガレンガイルが手を止めて地図を見た。ピンは、南の海岸近くに固まっている。半円形になっていて、その中心がどこか、おれはすぐにわかった。


「エンジェル・ロードだ」

「エンジェル・ロード?」


 いかんいかん。元いた世界の呼び名だ。おれは一つの小島を指差した。


「干潮時に道ができ、歩いても渡れる小さな島があるだろう。半円形の中心はここだ」

「離れ島か。ここは、誰も住んでいないぞ」


 この世界では離れ島と呼ばれているのか。


「知ってる。十分もあれば一周できる小さな島だ。だが、間違いなく中心はここだ」


 ガレンガイルはふいに顔を上げた。


「カカカ、来い」


 ガレンガイルの部屋に移動した。壁に貼った表を見ている。


「ちょうど今が干潮だ。行くか?」

「もちろんだ!」


 ガレンガレンは練兵場を抜け、敷地の端にある建物へおれを案内した。建物を中に入り、すぐわかった。馬房か!


 何頭もの馬が小さな柵の中にいる。ガレンガイルは慣れた手つきで鞍をつけた。おれに手綱を寄越そうとする。あわてて首を振った。


「馬は乗ったことがない」

「一度もないのか?」

「ない!」


 ガレンガイルは今つけた鞍を外し、もっと大きな鞍をつけた。あぶみに足をかけ簡単にまたがると、おれに手を伸ばした。


 くそう! 馬の練習をしとくんだった。おれは隊長の手を握り、あたふたしながら後ろにまたがった。


「ハウンド、ついてこれるか?」


 黒犬に聞いた。短く「ガウ!」と応える。元モンスターだ。二人乗りの馬には負けないだろう。


「行くぞ」とガレンガイルは短く言い、馬の腹を蹴った。

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