第32話 牢屋に帰る

 林檎畑からの帰りがけ、死霊退治もついでに終わらす。


 死霊と戦ったのは、これで何回目になるだろうか。これだけ回数をこなすと慣れたものだったが、やっぱりチックの魔法は一回外れた。魔力石を買っておいて良かった。


 乗り合い馬車に乗り、街へ帰る。


 まだ夕方までは間があった。途中で「よろず屋」に寄り、おにぎりを買う。


 馬車の上で揺られながら食べていると、ふと思った。今日の二件、どっちもチック頼みだ。もっと、おれが強くならないと。


 チックを胸から出し、膝に乗せる。おにぎりのカケラを渡すと、器用に食べ始めた。


「ひー!」と隣に座っていた女性が、悲鳴を上げる。あわてて弁解した。


「ああ、大丈夫です。噛まないし、毒もありませんから」


 出まかせもいいとこだが、同席の人たちは安心したようだった。



 街に着くと、憲兵の詰所に戻った。ギルドは後でいいだろう。憲兵に見つかるとやっかいだ。


 詰所に入ると、さきほどの隊長、ガレンガイルがいた。おれを見て、片方の眉を釣り上げる。


 胸ぐらを掴もうとして、肩に止まったチックが目に入り、身を引いた。


「あ、おれの仲間です」


 先に出しておいた。あとで見つかると、面倒になるかもしれないから。


 隊長はおれから目を離さずに、牢屋の扉を開けた。チックって、そんなに見た目が怖いだろうか?


 さきほどの馬車でも、隣の女性が悲鳴を上げた。なんだか「おれの第一印象って大丈夫か?」と不安になってくる。


 おれが中に入ると隊長は扉を閉め、鍵をかけた。あの三バカ兄弟がいない。


「あれ? あいつらは?」

「帰した。ただの喧嘩だからな」


 なるほど、そのへんは寛容なんだな。さすが中世。


「お前は違うぞ、なぜ逃げた?」

「逃げてません。出掛けました」

「脱獄だろう」

「いえいえ、鍵が開いてたんで、出掛けただけですよ。ほら、だから戻って来ました」

「なぜ、戻ってきた?」

「それは捕まってましたから」


 隊長は腕を組んだ。


「なぜ出掛けた?」

「火急と設定された依頼があったからです」

「それでも、脱獄は脱獄だ。すぐ帰れると思うな」

「はい」


 おれは神妙にうなずいた。きちんと帰れば、それほど問題にはならないと予想したんだが、あては外れたかもしれない。いくら待てども、解放される気配はない。


 完全にあては外れたようだ。格子のついた小さい窓から月がよく見える。おれの体内時計だと夜九時ごろだろう。今日は、ここで寝るしかなさそうだ。


 硬い石の床に寝っ転がった。チックが牢屋の中をカサカサ歩きまわっている。


 初めての牢屋だったが、それほど心細くはない。案外、この一匹がいるのが大きいのかも。それでも、そろそろ仲間は必要だ。そうしないと、複数のモンスターに対処できない。


 考えたが、いい案は浮かばなかった。おれはあきらめて目を閉じた。

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