7月 マヌル・サマー・タイム

 夏ですね。


 梅雨が開けたその翌日から、世界が生まれ変わったみたいに、空の色も、太陽の光も、木々の色も、人の気持ちも何もかもががらっと変わって、特別な季節がやってきたことを感じさせます。

 暑さは嫌いと思っていても、夏になるとどこか嬉しい気持ちになるという人も多いのは、子どもの頃に長い休みを過ごした記憶が体に染みついてるというのもあるかもしれません。

 そのせいか、夏はどことなくノスタルジックです。


 夏の記憶と言っても、地域や世代によって色々と違うかもしれませんが、多くの人が共有しているのは、麦茶とか、風鈴とか、学校のプールとか、花火とか、海水浴、水着、高校野球、虫かご、入道雲、朝のアニメ、旅行、回り灯籠、セミ、ひまわり、スイカ、お祭り、蛍、冷素麺、そんなところかなあ。


 夏といえば麦茶。

 何も特別なものじゃないのに、どうしてこんなに季節の記憶と強く結び付いてるんだろう。子どもの頃に冷蔵庫に入っていたプラスチックのピッチャーとか、水道の水をちょろちょろと流して薬缶を冷やしてた音とか、薄すぎた時や濃すぎた時の味。青や黄色の線のデザインが入ったグラスとか。


 夏といえば入道雲。

 だんだん大きくなって、塔のように高く立ち上がり、やがて上部が広がると、街の上にのしかかってきて、薄暗くなった庭や熱のこもったアスファルトに雨が叩きつける。そのサイクルを二階の窓からずっと眺めていたりもしました。


 夏といえば高校野球。

 だけどまるで興味がありませんでした。自分の県の代表校も知らないくらい(と言っても、まあ毎年ほとんど同じ高校だったんだけど)。でもなんだかどこへ行ってもテレビやラジオで流している時代だったから、あの応援の音や歓声は、自然に耳に入ってたし、寝転んで本を読んだりしているときに、どこか遠く、例えば隣家の窓や、ふすまを開け放った隣の部屋から聞こえてくるのは嫌いじゃありませんでした。


 夏といえばスイカ。

 もうすっかり飽きてしまいました。夏になると祖父が毎日毎日収穫してきて、冷蔵庫にも収まらないし、食べても食べても追いかけてくるほど。黄色いのも、赤いのも、種が多いのも、少ないのも、もうすっかり飽きてしまいました。一生分食べたから、もう二度と食べなくても寂しくないと思います。あるいは寂しくなるのかもしれまぜん。分かりません。


 夏といえば花火。

 これは好きです。赤いの、青いの、大きいの。飛ぶの、回るの、弾けるの。水を張ったバケツに入れるときに「ちゅっ」と鳴る音。硝煙の匂い。


 夏といえば夏の終り。

 多くの人が強い感情とともに思い浮かべるのは、この季節が終わっていく頃の印象かもしれません。少しずつ深みが増してゆく空の青や、早くなってゆく日没や、変わり始めた虫の声。昼間はいくら暑くても、夕方になると忍び寄ってくる涼しい気流。梅雨の間にすでに夏至は過ぎ、地球は冬へと傾いてゆきます。夏の始まりがもう夏の終わりを思い起こさせるのです。


 どれを取っても、今も毎年夏になると私たちの周りにあるのに、まるで既に失われしまい、二度と戻ってこないかのような気がするのはどうしてなのでしょうか。

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