しかる
「聞いてる?私は今怒っているんだよ」
先生が顔の位置を下げて、私と目を合わせようとする。私は、ちらりと先生の黒目を見て、やっぱり見なければよかったと机の上に視線を戻した。
正直に言えば、何も悪いことをしたつもりはない。校則を破っても、倫理を犯してもいないので、これほどまでに先生が怒る理由がわからない。この先生が怒るからには私が悪いのだろうが、少なくとも私にとっての悪の定義に入るようなことはしていないのだ。だから、いくらかお気に入りであったこの先生に叱られているこの状況が残念で、先生自身がつまらない先生であったかのように失望感を抱き、ムカムカと不快で不服に思っていた。
先生は私の目を覗き込みながら、まだ何かを伝えようとしている。窓の外に目を逸らせば、下校する生徒たちの背中が見えて、私も早く帰りたくなった。
「ちゃんとこっちを見て。余所見しないで」
それは私のセリフ、とかなんとか、思い浮かんだけれど言うわけがなかった。先生と私は他人なのだ。言葉にせずに伝わることなどない。いくら先生が私を見たつもりでも、本当に見ているのは私ではないように。
そう思うと、なんとなく悲しくなってきた。先生にとっての悪と私にとっての悪はかみ合っていなくて、私の思うことを彼女が知ることはできず、彼女が必死になって伝えようとしてくれていることは、何一つ私の心に響いてこない。ああ、こんなに他人と通じ合うことは難しい。私と先生は、赤の他人でしかない。
あまりに話を聞かないものだから、先生も呆れが許容範囲を越えたのだろう。気づいたら鳥の囀りしか聞こえなかった。何だ、とようやくそちらを見て、気づいた。先生の目が、もう私のことなどどうでもいいと言っている。もう、私の心を見る気もないと。
「然るべきことをしなさい。それだけ」
先生は席を立って、職員室へ戻っていった。ひどく後味の悪い別れで、やってしまったと思ったけれど、依然として自分が悪いとは思えなくて、やっぱり、他人なんて理解できないと思った。
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