第63話 三尉殿は役立たず

 二日目の訓練が始まった。

 とは言え、私達にとっては二日目だけれど全体としては本日が訓練日となるため、防衛大臣が訓示をしているところだ。


「沖田、今日は管制としてエーワックスに乗るんだろ。模擬戦がどんなふうに行われるかしっかり見ておけよ」

「はいっ」


 声をかけてくださったのは管制隊の隊長だ。思ったより長い訓示に瞼が重くなりかけていたところだったので助かった。

 昨夜は千斗星とシミュレーションの話で盛り上がり、それに刺激されてしまった星羽の目が冴えてしまい寝かしつけに苦労した。子供を産んでから睡眠が浅くなっていて、星羽の寝返りでも起きてしまう。かなり寝不足を感じ反省すべき事態だ。


 それはさておき、今日は要撃管制官としてエーワックスに搭乗する。今は補助的な役割が多いけれど、すぐそばで敵と味方の交戦が見れるのは他とないチャンスだ。


「榎本一佐が指揮を取るらしい。俺がここにいる間にアグレッサーの機動、さらに一佐の無線が聞けるとはな」

「楽しみですね」

「ああ」


『諸君の訓練が有意義なものになるよう、そして事故の無いように、健闘を祈る!』


 長い訓示も終わり、なにかと忙しい防衛大臣殿は午前の部だけを視察して帰るそうだ。


「全員、配置につけー!」


 いよいよ実践訓練が始まった。


 午前中は救難訓練が行われ、実際に隊員が海に放り込まれて遭難者の役をした。救難隊の隊員はムキムキに鍛えられた強靭な筋肉を持ち、且つ救命士の資格も持っている。彼らのことをメディックと言う。緊急脱出した場合や撃ち落とされて行方不明になったパイロットの捜索と救難が主な任務だ。

 彼らは自衛隊内だけでなく消防や海上保安庁などからの要請で出動することもある。先に起きた災害でも彼らは出動し、多くの民間人を救った。


(空自、最後の救難の砦かぁ。そう言えば海上自衛隊にもいらっしゃるって聞いた)


 松島基地で広報をしていた時、訓練の様子を見学したことがあった。厳つい集団で簡単には声を掛けづらかったのを思い出す。


「要撃管制はブリーフィングを開始する!」

「はい」


 指揮をとるのは、作戦情報隊の司令である葛城一佐で、共にエーワックスに搭乗することになっている。作戦情報隊とは航空総隊の任務に必要とする作戦の情報収集と処理、及び関係部隊への提供を任務としている部隊のことだ。


「いいか。基本中の基本を覚えておけ。発見、接近、視覚外交戦、視覚内交戦、離脱。この5つが空で行われる動作だ。上がったらそれらの動作を目と体をもって体験してもらう」


 5つの基本動作をこの訓練で行うらしい。それも、アグレッサー部隊を使ってだ。当然ながらアグレッサーの指揮をとるのは榎本一佐だ。

 昨日の戦闘シミュレーションを思うと、今日の訓練がとても恐ろしく感じる。


「さて、コブラ軍団がそろそろ痺れを切らす頃だ。搭乗を開始する」

「はい」




 ◇

 



 ただ今上空1万メートルにて警戒活動中。窓のない大型飛行機は背中に大きな円盤を担いでいる。その円盤で様々な情報を探知する。


「10時の方向、2機の国籍不明機(アンノウン)確認。領空侵犯の恐れあり」

国籍不明機アンノウン確認。スクランブル!」


 ついにアグレッサー部隊が動き始めた。

 私達は手順通りにアンノウンを確認し、アラート待機中の戦闘機にスクランブル発進を命令した。2機に対して我々は4機のF-15を上げた。

 ここからが重要だ。葛城一佐の声が響く。


「今の時点ではアンノウンだが、レーダーがキャッチした情報を細部まで確認しろ。不明で終わらせるな、機種、武装からある程度判断はできる」

「はい!」


 これは単なる防空侵犯措置では済まない可能性もある。むやみに我が国の戦闘機を近づけてはならない。


「F-15、短射程ミサイルサイドワインダー、中射程ミサイルスパロー他、対空ミサイルは我国と同等。尚、国籍は不明」


 訓練であるためか、アグレッサーは国籍不明機のままで行くようだ。


「敵と見なすか、または同盟国と見なすかここからの判断が重要だぞ。相手の行動を見極めろ。上がったうちのイーグルにもすぐに共有するんだ。相手にこちらの動向をバラすなよ!」

「はい」


 国籍不明機は不気味なほど並列のまま飛行を続けている。航空自衛隊の4機は一定の距離を保った状態で、まだ目視では確認できない場所にいた。


「こちらLarkラークゼロワン。接近してよろしいか」

「Larkゼロワン210度方向より大きく回り込め。領空侵犯をした場合、直ちに追尾警告を実施せよ」

「Larkゼロワン、了解」


 Larkゼロワンは八神さんだ。その僚機ゼロツーに立木さん、千斗星がゼロスリー、松田さんがゼロフォー。

 この上空での訓練中も基地では救難隊が待機しているし、整備隊も次に上げる予定のF-4EJ改ファントムを待機させているはずだ。

 こちらには榎本一佐のアグレッサーがどう仕掛けてくるのか全く知らされていない。私達はありとあらゆるパターンを想定しながら警戒を続けた。


(変な汗が出るわ……あっ!)


「アンノウン1機、領空侵犯! Larkゼロワン、ゼロツー直ちに措置に当たれ。警告実施せよ」

「ラジャー」

「隊長、もう1機も領空侵犯……っ! 市街に向かっています」

「なにっ!」


 高度1万3千メートル、民間機とすれ違う事はないとは言えまさか訓練で民間の建物が立ち並ぶ市街地に向けて行くとは思わなかった。

 私達は焦った。それより2機が離れてしまい両方を探知することが難しくなった。


「おいおい散ったぞ! どうするんだ。優先度を考えろ!」


 葛城一佐の怒号が飛ぶ。


「Larkゼロスリー、ゼロフォー。市街地に向かった不明機を追尾、警告実地せよ。応じない場合は百里基地に強制着陸を求めよ」

「Larkゼロスリー、了解」


 千斗星の冷静な声がイヤホンから聞こえた。松田さんも千斗星に続く。権限のない私はただレーダーを見守り、漏れがないか確認することしかできない。訓練であることを忘れそうになるくらいアグレッサーの機動は恐ろしかった。

 まるであの日の沖縄だ。


(エーワックス1機では間に合わないよ!)


 私は我慢できずに口を開いてしまう。


「付近を警戒中のE2-Cに、市街地に向かった不明機の追跡を任せてはいかがでしょうか! それから陸上レーダーサイトからも情報の吸い上げを。私たちは侵犯機の処置をするゼロワンとゼロツーのアシストを優先すべきです」   


 だって、いくら優秀なエーワックスでも離れた2機を同時に追うことはできない。


「沖田。残念だか君に決定権はない。言われた任務を確実に遂行せよ」

「うっ……はい!」


 葛城一佐さからお叱りを受けてしまった。立場をわきまえなければならない事を私は忘れていた。

 その時、八神さんから無線が入る。


「こちらLarkゼロワン。警告に応じない」

「八神さん! レーザー当ててきましたっ」

「くそっ……うまく躱せ!」

「離脱します!」


 二人の無線が慌ただしいものに変わった。敵役のアグレッサーはレーザー照射を行い敵対行動を見せたのだった。

 それには葛城一佐も堪らず声を荒げた。


「あいつは鬼か! ドクロなんて大人しいもんじゃねえな。よし、ちょっと代われ」


 とうとう葛城一佐が無線を握ってしまう。元イーグルドライバーに火がついたようだ。


(え? 訓練なのに、ちょっと一佐ってば。ねえ、千斗星たちのことはどうすればいいの?)


「あのっ、司令! Larkゼロスリーとゼロフォーは」

「ああっ! あー、沖田、お前がやってみろ。そろそろ三尉殿から卒業しないとマズイんじゃないのか。機長! エーワックスを市街地に向けてくれ」

「ラジャー!」


(なんて大胆な! 八神さんたちと離れていったら指示できなくなるのに。それにさっきまで私には決定権がないって……)


「おいっ! 八神サンダーそいつをこっちに誘導しろ。ケツでもふって挑発すれば着いてくるだろ」

「ラジャー! 待ってましたよワンホース!」


(ワンホースって……?)


天衣テール! お前は沖田スワローと松田コーダに集中しろ! 先に仕掛けて構わない。太平洋に引っ張り出せ! 立木マッシュ! サンダーのケツにそいつが着いたら後ろから挟んでロックオンかましてやれ!」

「ラジャー!」


 葛城一佐の指示にエーワックス内は一気に熱くなって特殊な興奮がやまない。まるで葛城一佐がレーダーサイトみたいになっている!


(でも、なんでタックネームを知っているの⁉︎)


 とにかく私は千斗星と松田さんを誘導しなければならない。太平洋に引っ張り出すってどうやってやればいいの!


「こちらエーワックス沖田。Larkゼロスリー、ゼロフォーは我に従っているか!」

「ゼロスリー我に従っている」

「ゼロフォー、同じく我に従っている」

「不明機を太平洋側へ誘き出せ。できるか」

「我にできないことはない。テールが出てきたってことは、なるほどそういう事か」


(え、どういう事?)


「コーダ、訓練でイケるギリギリのラインでアイツをバラすぞ」

「なるほどね。了解! 囮になる」

「宜しく。エーワックス、こちらゼロスリー。敵機を誘き寄せる!」


 私は葛城一佐が言ったことを伝えただけだ。でも、千斗星はそれで何か意図を掴んだように機動を変えた。その意図を命令した私が理解できていないなんて。


(最低っ!)


 その時、後部で『撃破キル』と言う声が聞こえた。八神さんペアは本当にアグレッサーにキルコールした。


「沖田、どうなった。ははん、なるほど。いいんじゃないか」

「えっ」


 レーダー上では松田さんが必死に逃げていた。不明機役のアグレッサーは間もなく松田さんを捕らえようとしている。


「こちらエーワックス……(あっ! 千斗星が下から来ている)」


 私は無線を握り直し、松田さんに声を掛けようとしたその時だった。松田さんがロックオンされる寸前、下から千斗星の機体が垂直にバーナー全開で突き上げたのだ。


「「危ねえっ!」」


 エーワックス内で悲鳴が上がる。でも、葛城一佐だけはその機動を黙って見ていた。

 

「不明機……り、離脱しました」


 訓練上の設定空域を僅かにはみ出てアグレッサーの機体は離脱した。交戦を放棄し、日本の領空から消えたのだ。


「全機、帰投せよ」


 4機ともに帰投を指示し、私達要撃管制隊の乗るエーワックスも機首を基地に向けた。

 途中から何がなんだか分からなくなり、レーダーを睨むのが精一杯だった。しかし、気付かぬうちに私達は5つの基本動作をやっていたのだ。というよりも葛城一佐に身をもって体験させられていたと言うのが正しいと思う。5つ目の最後の離脱を敵機に強いて、無事に訓練は終了した。

 結局のところ私はなんの役にも立っていなかった。意見を述べても下っ端な私の言葉など拾ってはもらえない。葛城一佐が言っていたように、私は三尉という階級から卒業しなければならないと強く思った。


(本当に自分の力と意思で護りたいのなら、上級幹部を目指すしかないってことよね)


 自分の命令で護れるという利点と、自分の命令で仲間を殉職させてしまうかもしれないという欠点がある。後者は絶対にあってはあらないし、あまりにも責任が重すぎる。でも、逃げてばかりもいられない。

 私が戦闘機パイロットを諦めて、なぜこの要撃管制の道を選んだのか、もう一度あの頃に帰って思い出す必要がある。

 あの頃の私は何も怖くなかった。

 千斗星と星羽と、この青き日本の空を護りたい。

 ただそれだけだったから。

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