第53話 そして、悪魔到来(前)
モニターには八神さんが乗っているアロー01から送られてきた映像が映っている、
真っ青な広い空、いや、海原なのか。ここにいる私の目にはどちらにも見えた。こんなに晴れた空でも、見分けがつかなくなる西南の空に
穏やかすぎる澄んだ青に悪魔が住んでいようとは思いもしない。
「ああっ! いたぞ!」
その声につられるように皆が一斉に立ち上がった。
視界の下からスーッとシルバーの機体が浮上し、前方に現れた。
(松田さん! 助かった!)
おどけたようにウイングを左右に振ってみせる。安堵の溜息が管制塔内を包み込んだ。
「よくやった!」
きっと松田さんは今後、ヒーローとして皆から語り継がれるだろう。それを不機嫌に眉を歪めて聞く千斗星の顔が浮かぶ。二人は築城基地からのライバルだからと、私は勝手にそう思っている。
「こちら那覇警戒管制。アロー01、03。至急帰還せよ」
『ラジャー!』
ホッとしたのはつかの間で、隊長は再びレーダーとモニターを凝視していた。そう、パイロットの危険は回避できたものの、領空侵犯措置はまだ終わっていないのだ。SU-35は悠々と防空識別圏を航行していた。
「まだ終わっていないぞ。次のスクランブルだ!」
隊長の声に被せるように、与座岳からスクランブル発進指示が入った。待機中のアラート隊員にホットスクランブルが発令された。
「気を緩めるな! アイツはまだ消えていない!」
「はいっ!」
一度使った機体は次の出動まで整備されるためしばらくは飛べない。特に松田さんが乗っていた03機は、異常がないか入念に整備されることになる。
次に待機していた二機がけたたましい音を響かせて離陸していった。
私たちは息つく暇もなく再びレーダーを睨む。
「早期警戒機
AWACSから与座岳を飛ばして直接コンタクトを取ってくるなんて、いったい何があったのか。
私たちはAWACSから転送された情報を見て目を疑った。
「おい、これ……本物か」
隊長がそう言うのも無理はない。レーダーにキャッチされた不明機が先程の一機の他に、複数映っていたからだ。
「嘘だろっ! おい! 飛ばせる機体は幾つあるか確認してくれ」
「はい!」
今しがたスクランブルで二機飛び出した。二機で、一機を相手にするのが航空自衛隊の基本だ。これを見る限りでは最低あと八機は必要。既に帰還した二機はまだ飛べる状態ではない。
映画を見ているような錯覚に陥った。モニターに反応した光が複数現れるなんて、模擬でも見たことがなかったから。
「おいっ、訓練の情報は入っているか!」
「いえ、特に」
上官たちが怒号を撒き散らしながら情報を集めようとしていた。私はレーダーの動きに置いて行かれないよう、かぶり付くのに必死だ。
「アーミングエリア待機中の四機、エプロンにて整備完了している四機が発進可能だと連絡がありました!」
(えっ! それって、千斗星も飛ぶ!)
「分かった。発進可能な機体とライダーの情報をくれ」
「はい!」
配られた紙に機体番号と飛行員情報が載っている。いやが応でも一目で見つけてしまうその名前。アロー05、沖田千斗星。
千斗星は高木二佐とタッグを組んでいる。
今までにないくらい心音が速くなる。私は制服の上からドッグタグを握った。
レーダーの動きを見ていれば私にだって分かる。先程見たSU-35と同じ戦闘機で間違いない。八神さんが施した通告を無視したうえに、インターセプトを仕掛けてきたあの何を考えているか分からない集団。
「よし、離陸準備!」
(千斗星!)
私は窓にかけよってエプロンを見たい衝動を抑えた。震える指はバレないように握り込んだ。深呼吸をして、再びヘッドセットを付ける。
Trust!(信じる)
ここにいる仲間を、飛び立つ彼らを、そして自分の力を信じなさい。
「気象隊です。雲は消えました。一時間以内に措置が終われば問題ないかと思います」
「分かった。横田にコンタクト取れ」
横田とは横田基地のことで、私たち航空総体の総司令だ。通常のスクランブルではないため、国防の危機に関わる事であれば幕僚監部に報告をし助言をあおぐ。そして更に上の、航空幕僚長及び防衛大臣へ繋げなければならない。
最悪は、内閣総理大臣にまで巻き込む事になる。
「異常だ。こんなことは、なかなかない」
隊長の独り言が、今はとても恐ろしい。
レーダーに目を戻すと、那覇基地から続々とイーグルが飛び立っていくのが分かった。
彼らの命も私たちは護らなければならない。
「聞いてくれ。私一人で八機同時のコントロールは難しい。お前たちそこから順に二機づつ監視しろ」
「了解」
思わず生唾を呑み込んだ。なぜならば、私が監視するのは、アロー02と05だったからだ。目まぐるしい動きに上官たちは気づいていない。
私と千斗星が身内だと言う事に。
私は目を閉じ、深呼吸を繰り返した。そしてモニターに視線を戻す。これでいい、他人に指示を出しながら千斗星のことを心配するよりも、直接指示できる方がずっといい。
(はじめから覚悟はできてる。大丈夫、大丈夫よ!)
◇
「こちら那覇警戒管制、コンタクトチェック。アロー02、05はチャンネル2に合わせよ」
『こちらアロー02、ラジャー』
『こちらアロー05、ラジャー』
(千斗星の声、無線で初めて聞いた……)
「方位185度、高度13400メートル。機体確認に入れ」
『ラジャー』
千斗星は気づいているだろうか、指示を出しているのが私だと言う事に。無線越しに聞く彼の声はとても落ち着いていた。
『こちらアロー02、ターゲットはSU-27。ロ国連邦と確認』
(え、C国ではなくて? しかも、機種が違う……ここで、まさかのフランカー登場だなんて)
他の、チームからも同機種であると報告がはいった。ロ国連邦の
空自が誇るF-15と比べると、わずかに向こうの性能が上だと聞いたことがある。しかも、相手は血の気の多い人種であるため、下手な刺激は命取りとなりかねない。
「それぞれに手順通り、通告を実施せよ」
「はい!」
モニターにチカチカとロ国連邦の戦闘機と我が航空自衛隊の戦闘機が映る。こちらの方が数は上だ。
しかし、私たちは戦闘をするのではない。ただ、日本の領空から離れてもらうだけだ。
それだけで、いいのに!
―― それぞれに通告を二回実施、変化なし
「くそっ。奴ら何を考えている。警告を実施せよ!」
「了解」
本来は各チームのリーダー機に警告させるのだが、複数に及ぶため今回は那覇管制隊から直接コンタクトを試みた。
『貴機は日本の領空を侵犯しようとしている。進路を変更せよ』
―― 同じく二度警告、変化なし
ここまでして無反応なのは例をみない。非常に不気味である。私達は試されているのだろうか。
「隊長! 司令部より、信号射撃での警告を実施せよと」
「ちっ」
実弾または信号射撃にて威嚇する事を許可された。ここまで発展したのは過去に一度だけだと聞く。
これで効果がなければ、内閣総理大臣の指示待ちとなる。航空自衛隊は相手が意図的に攻撃を仕掛けて来ない限り、こちらから撃墜する事は絶対にない。
(威嚇射撃をするの? それでもし、相手に火がついたら、どうなるの!)
「信号射撃準備!」
「了解っ」
血が脳に勢いよく流れ込み、目の前が真っ赤に染まる錯覚が起きる。私は何度も瞬きをして無線のスイッチへ手を伸ばした。
そして口を、開き「信号射撃準備」と発する。それを、客観的に見ている自分が囁く。
時が止まればいい、これが夢であればいい、全て訓練だったと言われたい。
「那覇管制、アロー02及び05へ告ぐ。信号威嚇射撃準備!」
『アロー02、ラジャー!』
『アロー05、ラジャー!』
(お願い! これで、終わりにしてっ!)
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