第44話 イーグルライダー
昼夜関係なくスクランブルはかかる。
アラートハンガーが開いた。
アラームがなり始めて僅か二十秒程でエンジン音がした。待機所から飛び出したパイロットと整備士が手際よく発進の手順を行った証拠だ。五分以内に離陸と言うが、もっと早く出れるのではないかと想像する。
コックピットに繋がる梯子を駆け上がると同時に、グランドスタッフはミサイルのロックを解除。
二機のイーグルが滑走路へ向かい、管制塔からの指示を待つ。ここまで、三分。
ゴーサインが出るのと同時に噴射口から炎が吹き出し離陸。
「早いな」
気づけば口から驚きと感心の言葉がこぼれていた。すると俺のその言葉を青井が拾って、言った。
「俺とお前なら、もっと早く飛び出せる」
俺が青井の顔を見ると、いつもの冗談を言うときの表情ではなかった。離陸した機体の背中をレーザーのような鋭い眼力で見ている。
(そんな顔、お前もするんだな)
「大した自信だな」
そう言うと、青井は俺の方に視線を戻して笑顔を作った。すこし垂れた目尻がこいつの人懐こっさを引き立てた。
「伊達にウイングマークは取っていない。乗る側の気持ちが分かる整備士って、最強じゃないか!」
「確かに、そうかもしれないな」
青井は俺と共にウイングマークを取得し、T−4の訓練を終えF−2でドッグファイト、計器飛行訓練を乗り越えた。
空の美しさも、残酷さも知っている男だ。
青井となら間違いは起きないだろう。
そう思えた。
「待機解除! ハンガーから出せ」
「はい!」
◇
F-15の機体を牽引車でハンガーから出し、アーミングエリア(滑走路脇の駐機場)へと移動。その間も、青井は運び出される機体から目を離さない。
パイロットは準備が整ったのを確認して、離陸前点検を目視で行う。自分が乗る機体は自分の目で必ず確認をしなければならない。複数の項目を確認し終えたら確認票にサインをする。
そして、コックピットに乗り込む。
そう、オレが乗りこんだ機体は青井の名が刻まれた新しい相棒だ。あいつが整備したと思えば余計に気持ちが上がる。
整備士の合図に従ってエンジンを始動した。
キーンというエンジン音と振動、操縦桿の遊びを体で感じ取る。そうすると大きな鉄の塊が、自分の体の一部になる事を俺は知っている。
(俺の手となれ! 足と、なれ!)
遠くに他の機体の離陸音を聞きながら、俺は青井の指示に従ってウイング、ラダーを動かした。
最終チェックだ。
管制塔と上官の指示を待っていると、先程スクランブル発進した機体が帰ってきた。恐らく大きな問題はなかったのなだろう。帰還した機体を見送って無線の指示に従い滑走路へ入る。
(俺は天衣の指示に応えられる、イーグルライダーになるからな)
俺はフライトスーツの上から、首に下げた
ステンレス製の二枚のプレートには航空自衛隊を表すAの頭文字から始まり、所属、名前、血液型、生年月日など個人情報が刻まれてある。
結婚してから空いたスパースに天衣の名前を刻んでもらった。今までは単に、何かあったときにそれが俺だと知らせるための物だった。しかし、今は違う。
必ず生きて戻るための誓いの証であり、御守りの様な存在と変わった。
そこに天衣の名がある限り、俺は天衣を置いて逝きはしない。
「離陸準備完了。アロー05、風は250度方向から10ノット。離陸を許可する」
「アロー05、ラジャー。今から離陸する」
今日から俺たちF−15のコールサインはアローだ。矢の如くって意味だ。
昔の俺なら矢の如くってなんだよって、心の中で悪態をついたかもしれかいな。
先に離陸したリーダ機の後を追って離陸。基本的に航空自衛隊の戦闘機は単独飛行をしない。必ず二機以上で任務を行う。
風の影響はほとんどなかった。
機首を上げ上昇し雲を突き抜けた瞬間、背中に集まる熱を確認する。
俺は武者震いをした事が無い。その代わりに熱を感じる。うまく説明出来ないが、体中の神経と血液が一瞬で滾って沸きあがるんだ。
そこに震えは一切ない。
(よし! いつも通りだ……!)
「調子はどうだスワロー」
「いつも通りです」
高度42000フィート(約1万3千メートル)まで上昇し巡航飛行に入った時の事だった。
※巡航飛行:燃費のよい速度で飛行すること。
リーダ機を務める高木三佐が突然、タックネームで呼びかけてきた。彼は八神さんと同期だ。
(那覇勤務二年目、だっけ?)
「そういえば、元ブルーの五番機って天才なんだってな」
「何が、言いたいのでしょうか」
「八神が言ってた。俺にスワローを撒くのは無理だってな。それが本当か確かめたい。旋回とか編隊飛行とか今更やらなくたってお得意だろう?」
「……(なんなんだよ)」
「無言は肯定と捉える。俺について来れるか」
「(管制の)許可は!」
「ツバメちゃんは
「チッ……」
「威勢がいいなツバメちゃん。行くぞ!」
(こんな訓練ありなのかよ! くそっ、あんたのお望みのままそのケツいただく)
ジェット音が鳴り、高木三佐が俺を引き離しにかかった。俺もすぐにバーナーを焚いてピタリと横についた。高木三佐は振り返って、笑った。
シールドの下の表情なんて見えないが、白い歯をこれでもかと見せつけてきた。
(なんだよ、煽るのか。後悔するなよ!)
俺はブルーインパルス時代、ソロポジションだった。そして、六機編隊飛行なんてざらだった。
翼や後尾がくっつくほどの距離で飛んで来たんだ。
(追尾くらいなんて事はない!)
そうは言っても相手は経験を積んだリーダーだ。決して楽ではないのは分かる。速度、高度を巧みに変えて俺を揺さぶっている。
「へぇ、結構やるな。じゃあこれはどうなかな。ツバメちゃん」
(くっそ、舐めてやがる……!)
「後悔しますよ!」
「おおっと。じゃあ、させてみろよ!」
突然、高木三佐が急降下を始めた。俺も追って高度を下げた。久しぶりにギシギシと体が鳴るようだ。このGの感触はたまらない。体は悲鳴を上げるどころか、喜んでいる。
俺は操縦桿を両手で握りしめ、前を行く高木三佐のイーグルのケツを追った。
―― ピーピーピーピーッ!
低高度アラームが鳴り響いた。
(くっ……まだ上昇しないのかっ!)
目の前にはイーグルのケツとその先には海面が見える。警告を現すアラームがけたたましく鳴り響く中、俺は無意識にロックオン操作に入っていた。
「ロックオン!
「うっ……くそっ!」
その後、俺たちは機首を上げ巡航高度まで駆け上った。
なんて無茶をするんだ。僅かな操縦ミスで命なんて吹き飛ぶと言うのに。
『管制より指示。240度方向に進め、スクランブル発生。だたちに航路を空けよ』
「アロー02、ラジャー」
「アロー05、ラジャー」
機体を反転させ、方向転換し管制の指示のもとその場を離れた。次の指示が来るまで静かに並列して飛んだ。
『速やかに帰還せよ』
タイムアップだ。
俺たちは那覇基地に向けて機体をひるがえした。
『チエック、ギアーダウン。着陸を許可する』
『ラジャー、クリアー、ギアーダウン。着陸する』
―― ゴー、ガッ、ギガガガガッ‼︎
着陸時の衝撃は毎回クるものがある。しかし、それは無事に帰ってきたと言う確かな知らせでもあった。俺はひとり安堵し、整備士である青井の誘導でアーミングエリアに戻ってきた。
―― ヒューーンッッッ……
エンジン停止。
「お疲れ」
「ああ」
飛行後の点検をするのだと、青井は直ぐにコックピットに入れ替わりで乗り込んだ。
「沖田」
呼ばれて振り返ると、高木三佐がやってきた。
「はい」
「お前に俺は撃墜された」
「あっ、すみません!」
追尾しろと言われたが、模擬でも撃墜しろとは言われていない。体が勝手に動いたとは言え、あってはならない行為だ。
「はぁ、初めて死んだよ」
「それは申し訳……」
「俺はロックオンされた事が無かったんだ。今まで一度も! それをあの低空飛行で殺られるなんてっ。くそー! 八神のやつ知ってて俺を死なせやがった」
高木三佐は顔を真っ赤にして俺ではない、八神さんに怒っている。
(何なんだこの人は)
「スワローってタックネーム、負けてねえよ。俺のカイトは泣いてるぜぇ。お前、直ぐに認定されるぞ。もうイーグルはお前を受け入れた」
「は、はぁ」
高木三佐が、バンと強く俺の背中を叩いた。
「じゃあ始末書、書いてくるわ」
「えっ、始末書⁉︎」
(やっぱり、あれマズかったんじゃないか!)
那覇のハメの外し方が群を抜いていて驚く。あの人は大丈夫なのだろうか。
そしてまた、スクランブルのアラームが鳴っている。
(那覇基地、恐るべしだな)
「おおいっ、沖田! なんでこんなに燃料減ってるんだよ! 計画と違うぞ!」
俺は青井のお怒りの言葉を聞こえない振りをして、デブリーフィングに向かった。
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